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結界の警報


 翌朝。


 朝食を終えると。


 俺たちは庭へ出た。


 昨日組み立てたテントは。


 片づけずに、そのまま残してある。


 一晩置いてみたが。


 傾いてもいない。


「ちゃんと立ってるな」


「当たり前だ」


 アクセルが言う。


「俺が杭を打ったからな」


「昨日、倒しかけてただろ」


「あれは途中だった」


 テラがテントの布を押す。


「風も強くなかったし」


「本番でどうなるかは、まだ分からないけどな」


「今日はこっちだろ」


 アクセルが腰の魔法袋へ手を入れる。


 取り出したのは。


 ドランから譲り受けた横長の箱。


 地面へ置き。


 蓋を開ける。


 四本の金属製の杭。


 中央に置く魔導具。


 昨日買った魔石を一つ用意した。


「どのくらい離して打つ?」


 アクセルが杭を持ち上げる。


「二つのテントを囲めるくらいだな」


 庭の広さを確認する。


 拠点の庭はテントを二つ並べても。


 まだ余裕がある。


 だが。


 広く囲いすぎれば。


 結界具の力が足りなくなる可能性もある。


「説明は聞いたけど」


 テラが箱の中を覗く。


「細かいところまでは分からないな」


「とりあえず試すしかないか」


 俺が言う。


 カインが杭を一本手に取った。


 金属の表面を確認する。


「下の方に線があります」


 三本の細い線。


 四本とも同じ位置に刻まれていた。


「ここまで地面へ入れる目印でしょうか」


「たぶんな」


 アクセルが杭を持ち直す。


「じゃあ」


「まずはその通りにやってみるか」


⸻


 四本の杭を。


 二つのテントを囲むように配置する。


「そこだと狭くないか?」


 俺が言う。


「十分だろ」


 アクセルが答える。


「入口のすぐ前に杭があるぞ」


「避ければいい」


「夜に引っかかるだろ」


「引っかからない」


「お前は引っかかる」


「引っかからない」


「昨日、テントの紐に引っかかってただろ」


「あれは紐が悪い」


「紐は動いてないぞ」


 アクセルから杭を受け取り。


 もう少し外側へ移す。


 テントの周りを歩けて。


 携帯用の炉も置ける。


 その程度の広さ。


「このくらいか」


「いいと思います」


 カインが四本の位置を見比べる。


 アクセルが。


 一本ずつ地面へ打ち込んだ。


 金属音が庭へ響く。


 最後の一本まで。


 刻まれた線の位置を揃える。


「中央は、この辺りでいいか?」


 ノアが二つのテントの間へ視線を落とす。


「ああ」


「真ん中なら問題ないだろ」


 中央の魔導具を置く。


 上部の蓋を開けると。


 中に魔石を収める場所があった。


「入れるぞ」


 俺が魔石を持ち上げる。


 全員が少し離れた。


「何で離れる」


 アクセルが言う。


「何が起きるか分からないだろ」


「結界が張られるだけだ」


「たぶんな」


「お前も分かってないじゃないか」


 魔石をはめ込む。


 直後。


 魔導具の表面を走る溝に。


 薄い光が灯った。


 光は四方向へ分かれ。


 地面を這うように伸びていく。


 四本の杭へ届いた瞬間。


 それぞれの杭も。


 淡く光った。


「結界は張れたか?」


 ノアが杭の外側へ視線を向ける。


 目を凝らしても。


 壁のようなものは見えない。


「見た目じゃ分からないな」


 テラが言う。


「触ってみるか」


 アクセルが外側へ回る。


「軽くな」


「分かってる」


 俺たちは少し離れて見守った。


 アクセルが手を伸ばす。


 何もない空間で。


 その手が止まった。


「お」


 さらに押す。


 見えない壁が。


 手を押し返しているようだった。


「どうだ?」


 テラが尋ねる。


「硬くはない」


 アクセルが力を込める。


「少し沈む」


「でも、抜けない」


「殴るなよ」


「分かってる」


「その構えをやめろ」


 アクセルは拳を下ろした。


 代わりに。


 指先で何度か押している。


「これなら」


「寝てる間に何かが入ってくるのは防げそうだな」


「弱い魔物なら、ですけどね」


 カインが結界の境目を見ながら言う。


「強い魔物に襲われれば」


「結界だけでは止めきれないでしょう」


「でも」


 ノアが中央の魔導具へ視線を戻す。


「触れれば警報が鳴るんだろう?」


「ああ」


 俺はドランの説明を思い出す。


「外から何かが触れるか」


「攻撃を受ければ鳴るって言ってた」


 アクセルが笑う。


「じゃあ試すか」


 嫌な予感がした。


⸻


「一回だけだぞ」


「分かってる」


「軽く触れろよ」


「ああ」


「絶対に殴るなよ」


「分かってるって」


 ここちゃんは。


 テントの中で丸くなっている。


 むぎは俺の胸ポケットの中。


 今さら。


 少し嫌な予感が強くなった。


「ここちゃん達、離した方がよくないか?」


 俺が言った時には。


 アクセルの指先が結界に触れていた。


 次の瞬間。


 ギイィィィン!


「うるさっ!」


 金属を何枚も重ねて。


 耳元で叩いたような音。


 庭だけではない。


 白兎の庭全体が。


 震えているように感じる。


 ここちゃんが。


 テントの中から飛び出した。


 耳を立て。


 そのまま拠点へ駆け込む。


 ソファの下へ滑り込んだ。


 胸ポケットの中でも。


 むぎが激しく動く。


「止めろ!」


「どうやってだ!」


「魔石抜け!」


 俺が中央の魔導具へ駆け寄る。


 慌てて蓋を開け。


 魔石を外す。


 途端に。


 音が止まった。


 庭に。


 急な静けさが戻る。


「……うるせえ」


 テラが耳を押さえている。


「寝てても飛び起きるって言ってただろ」


 結界の外で。


 アクセルが笑っていた。


「確かに起きるな」


「何でお前は楽しそうなんだよ」


「すごい音だった」


「ここちゃんが逃げただろ!」


 拠点へ戻る。


 ソファの下。


 奥へ潜り込んだここちゃんが。


 こちらを見ている。


 目が。


 明らかに怒っていた。


「ここちゃん」


 近づく。


 一歩。


 奥へ下がられた。


「ごめんって」


 さらに一歩。


 今度は顔ごと逸らされた。


「完全に怒ってる」


 テラが後ろから言う。


「アクセルが鳴らしたんだぞ」


「お前も止めなかっただろ」


「試す必要はあった」


「なら同罪だ」


「何でだよ」


 胸ポケットから。


 むぎが顔を出す。


 周囲を確かめ。


 すぐに引っ込んだ。


「むぎも警戒してる」


「次に試す時は」


 カインが苦笑した。


「ここちゃんとむぎが離れた場所にいる時にしましょう」


「もう試さない」


 音の大きさは。


 十分に分かった。


 野営中に鳴れば。


 全員が確実に目を覚ます。


 周囲に他の旅人がいれば。


 そいつらまで起こしそうだ。


《警報性能、確認完了》


(ここちゃんに嫌われた)


《一時的な警戒反応と推測》


(本当か?)


《好物の提供を推奨》


(それで許してくれるかな)


《成功率、算出不能》


(そこは高いって言ってくれよ)


⸻


 結界具を片づけるため。


 もう一度魔石をはめ込み。


 結界が張られることだけ確認する。


 すぐに魔石を外した。


 杭を地面から抜く。


 使った魔石を見る。


 光はほとんど失われていなかった。


「触っただけなら」


「消耗は少ないみたいだな」


 テラが魔石を見る。


「警報も一度だけだ」


「予備は十個ある」


「十分そうだ」


 道具を箱へ戻し。


 アクセルの魔法袋へ収める。


「使い方は分かった」


 ノアが箱を見ながら言う。


「杭を打つ」


「中央に魔導具を置く」


「魔石を入れれば結界が張られる」


「外から触れれば警報」


「それだけ覚えておけばいいな」


「ああ」


 テラが頷く。


「細かい機能があったとしても」


「今はこれで十分だ」


「俺でも覚えられる」


 アクセルが言う。


「そこは威張るところじゃない」


 ノアが横目で見る。


「赤と青を間違えた」


「テントの話だろ」


「似たようなものだ」


「違う」


「次に間違えたら同じ」


「間違えない」


 反論しながら。


 アクセルが箱を魔法袋へ押し込んだ。


「野営の時は」


 カインが言う。


「寝る前に私が周囲を確認します」


「その後に結界を張る」


「あとは、お香ですね」


「ああ」


「風上に置くんだったな」


「はい」


「炉は?」


 アクセルが聞く。


「結界の中で使うのか?」


「テントから離せばいいだろ」


 テラが答える。


「火を使うんだから」


「寝床の近くには置くな」


「分かってる」


「飯を作る場所くらいは」


 俺も庭を見ながら言う。


「結界の中に取れるだろ」


「広さも足りてるしな」


 アクセルが満足そうに頷く。


「なら問題ない」


「お前」


「寝床より飯の方が大事になってないか?」


「どっちも大事だ」


「否定はしないけどな」


⸻


 昼を過ぎて。


 テントを片づける。


 昨日より。


 ずっと早かった。


 棒を外し。


 布を畳み。


 杭をまとめる。


 一つ目は。


 それなりに綺麗に包めた。


 二つ目も。


 同じように畳もうとする。


「入らない」


 アクセルが布を押し込んでいる。


「畳み方が違うんだろ」


「同じだ」


「明らかに膨らんでるぞ」


「押せば入る」


「破れるからやめろ」


 ノアが布を広げ直す。


 折り目を確認し。


 端を揃え。


 迷いなく畳み直した。


 さっきまで入らなかった布が。


 簡単に包みへ収まる。


「何でだ」


「見てなかったからだろう」


「見てた」


「なら、次は一人でやればいい」


「できる」


「今できなかっただろ」


 俺が言う。


「次はできる」


「その自信はどこから来るんだよ」


 次がいつになるかは。


 出発後だ。


 その時も。


 同じやり取りをしていそうな気がする。


 片づけたテントを。


 アクセルの魔法袋へ入れる。


 残りの荷物も確認した。


 結界具。


 魔石。


 魔物避けのお香。


 携帯用の炉。


 燃料。


 毛布。


 地面へ敷く布。


 薬。


 それぞれの着替え。


 食料は。


 保冷庫ごと無限収納の中。


 ここちゃんの草。


 むぎの食べ物。


 水。


 忘れてはいない。


「足りない物は?」


 俺が尋ねる。


「果物」


 ノアが言う。


「昨日買った」


「もう少し追加したい」


「七種類も入ってるだろ」


 ノアは少し考える。


「ドワーフ大陸に、同じ果物があるとは限らない」


「だから七種類も入れたんだろ」


「もう一種類あってもいいと思う」


「何で増やす前提なんだよ」


《現在、果物は七種類》


(数えてたのか)


《在庫管理は重要です》


(無限収納でも?)


《種類の把握と容量は別問題です》


(それはそうだけど)


 ノアがこちらを見る。


「くさえもんは?」


「七種類あるって」


「なら、あと一種類」


「何でそうなる」


 ノアは立ち上がった。


「買いに行く」


「待て」


「一種類だけだぞ」


「ああ」


 返事が早い。


 たぶん。


 一種類では終わらない。


⸻


 結局。


 果物は二種類増えた。


「一種類って言ったよな?」


「一つずつ買った」


「二種類あるだろ」


「一種類ずつ」


「そういう意味じゃない」


 ノアは。


 果物の入った袋を抱えたまま。


 何も聞こえないふりをした。


 追加の果物も。


 保冷庫へ収める。


《果物、九種類》


(増えたな)


《在庫は充実しています》


(最初から止める気なかっただろ)


《否定しません》


(正直だな)


 これで。


 本当に準備は終わった。


 後は。


 出発するだけ。


⸻


 夜。


 夕食を終え。


 全員が早めに部屋へ戻った。


 明日の朝。


 サイファを出る。


 王都へ向かう街道を南下し。


 途中から西へ。


 ポロム港まで。


 五日の旅。


 その先には。


 海がある。


 そして。


 まだ見たことのない。


 ドワーフ大陸がある。


 自分の部屋へ戻り。


 寝台へ座る。


 ここちゃんは。


 いつものように隣へ上がってきた。


 だが。


 昼間のことを。


 まだ少し根に持っているのか。


 俺に背中を向けている。


「ここちゃん」


 頭を撫でる。


 逃げはしない。


 もう一度。


 耳の付け根を撫でる。


 少しずつ。


 体から力が抜けていく。


「明日からまた旅だぞ」


 ここちゃんの耳が。


 ゆっくり動いた。


「今度はテントもある」


「結界もある」


「前より、ちゃんと寝られると思う」


 返事はない。


 それでも。


 背中は。


 少しずつ俺の方へ近づいてきた。


 胸ポケットの中では。


 むぎが丸くなっている。


「ドワーフ大陸か」


 どんな場所なのか。


 まだ分からない。


 遺跡が見つかる保証もない。


 ノアの仮説が。


 正しいとも限らない。


 だが。


 確かめたいと言った。


 なら。


 行ってみればいい。


《明朝の出発を確認》


(ああ)


《睡眠を推奨》


(分かってる)


《寝坊の可能性》


(しないよ)


《過去の傾向から――》


(寝る)


 布団へ入る。


 ここちゃんも。


 俺の横で丸くなる。


 明日。


 白兎の庭を出る。


 目的地は。


 西の港。


 ポロム港。


 新しい旅が。


 もうすぐ始まる。


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