初めてのテント
まず向かったのは。
冒険者向けの道具を扱う店だった。
通りの端。
武器屋と防具屋の間にある。
以前から何度か前を通っているが。
中へ入るのは初めてだ。
扉の上には。
丸めた毛布と。
鍋。
それから。
何に使うのか分からない縄が吊るされている。
「ここか」
「そうですね」
カインが看板を見上げた。
「お香も扱っていると思います」
扉を開ける。
中には。
外から見えていた以上に。
色々な物が置かれていた。
毛布。
水筒。
小さな鍋。
火打ち石。
携帯用の炉。
折り畳まれた布。
木箱へ詰められた魔石。
棚の奥には。
薬草や香草を束ねた物も並んでいる。
「いらっしゃい」
奥から出てきたのは。
髭の短い男だった。
「旅支度か?」
「ああ」
「五人で使えるテントが欲しい」
「五人?」
男が俺たちを順番に見る。
「一つで入れないこともないが」
「荷物まで入れるなら窮屈だぞ」
「二つに分けるつもりだ」
「なら」
男は店の隅へ向かった。
積まれていた布の中から。
二つの大きな包みを引き出す。
「五人用だ」
「同じ物が二つある」
床へ置かれた包みは。
思っていたより大きい。
それでも。
アクセルの魔法袋へ入れるなら問題はない。
「これがテントか?」
アクセルが片方を持ち上げる。
「思ったより重いな」
「五人用だからな」
男が包みを開く。
中から。
折り畳まれた棒と。
何本もの杭。
厚手の布が出てきた。
「骨組みを組んで」
「布を被せる」
「周りへ杭を打てば終わりだ」
「難しくない?」
ノアが棒を一本持ち上げる。
「慣れればすぐだ」
「初めてなら」
男は少し考えた。
「店の裏で一度組んでみるか?」
「助かる」
⸻
店の裏。
空き地へ。
テント一つ分の道具を広げた。
「まず」
男が棒をつなげる。
「同じ印同士を合わせる」
棒の端には。
赤。
青。
黄色。
小さな色が付けられていた。
「赤と赤」
「青と青」
「そこを間違えなきゃ」
「骨組みにはなる」
「簡単だな」
アクセルが赤い棒を手に取る。
「それは青だ」
テラが言った。
「赤だろ」
「端を見ろ」
「青だな」
「簡単って言った直後に間違えるなよ」
俺とテラで棒をつなぎ。
カインが布を広げる。
ノアは。
説明書代わりの板を見ながら。
棒の位置を指示している。
「そこは逆」
「こっち?」
「反対」
「こうか?」
「違う」
「ノアがやった方が早くないか?」
「覚えないと」
「次も私がやることになる」
「正しい」
しばらくして。
ようやく形になった。
入口の布を持ち上げる。
中は。
かなり広い。
「これなら余裕があるな」
テラが中を覗き込む。
「五人でも寝られそうだ」
「二つ買うんだろ?」
アクセルが言う。
「ああ」
「一つに全員で詰まる必要はないからな」
寝る人数を分けても。
荷物を置く場所は十分に残る。
ここちゃんとむぎが動き回っても。
狭くはないだろう。
「これを二つ」
「あと」
俺は店内に見えていた物を思い出す。
「あの携帯用の炉も欲しい」
「炉?」
「いつも焚き火だろ」
火を起こせる場所を探し。
薪を集め。
石を並べる。
それでも困ってはいなかった。
だが。
使える道具があるなら。
持っておいてもいい。
「雨上がりや」
「薪が湿っている時には役に立つぞ」
店主が言う。
「少ない燃料でも使える」
「鍋も置けるのか?」
「ああ」
「火力は焚き火ほど強くねえが」
「煮炊きには十分だ」
「なら、それも一つ」
「二つじゃなくていいのか?」
アクセルが聞く。
「一度に鍋を何個使うんだ」
「肉を焼く」
「鍋じゃないだろ」
「横で焼けばいい」
「結局焚き火する気じゃないか」
テラが呆れた顔をした。
店へ戻る。
携帯用の炉を一つ選び。
燃料も余裕を持って買う。
それから。
棚の奥から。
細長い筒がいくつか出された。
「魔物避けのお香だ」
「一晩で一本」
「火をつけて」
「野営地の風上へ置く」
「匂いは?」
アクセルが聞く。
「人には少し苦い程度だ」
「魔物には?」
「嫌な匂いらしい」
「全部に効くわけじゃないが」
「獣型には効きやすい」
カインが筒を一本手に取る。
蓋を開け。
中の香りを確かめた。
「これなら問題ないと思います」
「何本いる?」
「ポロム港までの分と」
「ドワーフ大陸へ着いてからも使うことを考えるなら」
「多めにあってもよいかと」
「じゃあ二十本」
店主が少し目を見開く。
「結構買うな」
「長旅だからな」
それから。
結界具に使う魔石も選ぶ。
ドランの話では。
一晩結界を張るだけなら。
そこまで消耗しない。
だが。
何かに攻撃されれば。
その分だけ魔力を使う。
「予備もいるな」
テラが言う。
「何個だ?」
「十個あれば足りる?」
ノアが魔石を見つめる。
「余るくらいでいいだろ」
アクセルが答えた。
「余ったら、他にも使える」
五人用のテント二つ。
携帯用の炉。
炉の燃料。
魔物避けのお香。
魔石。
追加の毛布。
地面へ敷く厚手の布。
買った物は。
アクセルの魔法袋へ収めた。
「次は市場だな」
「肉」
アクセルが言う。
「果物」
ノアが続く。
「まだ店を出てもないぞ」
⸻
市場では。
いつも以上に買った。
肉。
魚。
野菜。
果物。
パン。
干し肉。
硬い焼き菓子。
調味料。
水。
酒。
「酒も必要か?」
テラが瓶を見る。
「必要だろ」
「誰が飲むんだ」
「俺」
「旅の途中で飲むなよ」
「夜ならいいだろ」
「警報が鳴って起きられないほど飲むな」
「そこまでは飲まない」
アクセルが。
肉を追加する。
ノアが。
果物を追加する。
俺が。
それ以外を追加する。
カインは。
途中で乾燥させた薬草と。
小さな瓶をいくつか選んだ。
「それは?」
「腹を壊した時の薬と」
「船酔いに効く薬です」
「船酔いか」
精霊大陸へ向かった時も。
帰りの商船でも。
特に困った者はいなかった。
「前は平気だっただろ」
アクセルが言う。
「あの海は穏やかですから」
カインが小瓶を手に取った。
「今回は」
「海が荒れる可能性もあると聞いています」
「カインは船に慣れてるのか?」
「商人をしていた頃は」
「何度も乗りました」
カインは並んだ小瓶を確認する。
「普段は平気な者でも」
「大きく揺れれば酔うことがあります」
「四、五日乗るんだ」
テラが頷いた。
「備えておいて損はないな」
「俺は大丈夫だ」
アクセルが言う。
「前も平気だった」
「海が荒れても同じことを言えるといいですね」
「言える」
「薬を飲みながら言うなよ」
「飲まない」
ノアが小瓶を一つ手に取った。
「多めに買う」
反対する者はいなかった。
⸻
買った物を。
一度拠点へ運ぶ。
人目がなくなってから。
食料を保冷庫へ収め。
保冷庫ごと無限収納へ入れた。
テントや魔石。
携帯用の炉も。
旅に持っていく物は。
同じように収めていく。
「これで全部?」
ノアが尋ねる。
「食料はな」
「まだいる?」
「いるなら言ってくれ」
「果物」
「もう十分あるだろ」
「種類が足りない」
「量じゃなくて種類の話かよ」
《現在、果物は七種類》
(数えてたのか)
《在庫管理は重要です》
(無限収納でも?)
《種類の把握と容量は別問題です》
(それはそうだけど)
ノアがこちらを見ている。
「くさえもんは何て?」
「果物は七種類あるって」
「少ない」
「少なくない」
⸻
夕方。
庭で。
買ったテントをもう一度組み立てた。
今度は。
店主の手はない。
「赤と赤」
俺が棒を差し出す。
「青だぞ」
テラが言う。
「……青だな」
「お前も間違えるのか」
「似てるんだよ」
「全然違う」
ノアが横から棒を取る。
迷わず組み合わせていく。
「ノア」
「やっぱり全部やった方が早くないか?」
「駄目」
「覚えて」
カインが布を被せ。
アクセルが杭を打つ。
一本。
二本。
三本。
四本目を打ったところで。
布が大きく傾いた。
「おい」
テラが入口を押さえる。
「引っ張りすぎだ」
「緩いと飛ぶだろ」
「片側だけ引っ張るな」
「飛ばないようにした」
「倒れかけてるぞ」
それでも。
一度目よりは早く。
二つのテントが庭に並んだ。
「でかいな」
入口を開け。
中へ入る。
厚手の布を地面へ敷き。
その上に毛布を広げる。
三人で入っても。
まだ十分に余裕がある。
「これなら広く寝られる」
アクセルが満足そうに言う。
「最初から全員そのために買ったんだよ」
外で毛布に包まるだけとは。
かなり違う。
「ここちゃん」
呼ぶと。
ソファからこちらを見ていたここちゃんが。
ゆっくり降りる。
庭へ出て。
見慣れない物を警戒しながら。
テントの周りを一周した。
入口の前で止まり。
鼻を動かす。
「入るか?」
手を差し出すと。
ここちゃんは。
俺の手ではなく。
テントの布へ顎を擦りつけた。
「先に自分の物にしたな」
テラが笑う。
そのまま。
ここちゃんが中へ入る。
毛布の上を一周し。
奥で丸くなった。
「気に入ったらしい」
「どっちがここちゃんのテント?」
ノアが聞く。
「もう決まったみたいだな」
胸ポケットが。
小さく動いた。
むぎも起きたらしい。
顔だけを出し。
庭に増えた二つのテントを見る。
「むぎも入るか?」
胸ポケットから出すと。
手のひらの上で鼻を動かす。
だが。
地面へ降ろす前に。
ここちゃんがテントの奥から顔を出した。
むぎは少し考え。
そのまま俺の腕を登って。
肩へ移動した。
「今日は見学か」
新しいテント。
携帯用の炉。
新しい結界具。
新しい大陸へ向かう準備。
少し前まで。
俺たちは。
毛布一枚と焚き火で十分だと思っていた。
だが。
人数が増えた。
持てる物も増えた。
頼れるものも増えた。
「明日は結界具も試すか」
「ああ」
テラが頷く。
「ちゃんと結界が張れるか、確認しておいた方がいい」
「警報まで鳴らすなら昼間にしろよ」
「近所迷惑になるからな」
「鳴らさずに試せるのか?」
アクセルが聞く。
「それも含めて明日確認だな」
庭に並んだテントを見る。
出発まで。
あと二日。
旅支度は。
少しずつ。
整い始めていた。




