旅支度
それから二日後。
朝食を終えた頃。
拠点の扉が叩かれた。
「レインさん」
聞き慣れた声に。
扉を開ける。
「おはようございます」
立っていたのはミアだった。
「おはよう」
「ギルドマスターから伝言です」
ミアが一枚の紙を差し出す。
「ポロム港から返事が届きました」
「船の予定か?」
「はい」
次にドワーフ大陸へ向かう船が出るのは。
八日後。
「八日後か」
後ろからテラが紙を覗き込んだ。
「ポロム港までは、馬車で五日だったな」
「ああ」
余裕を持って向かうなら。
準備に使えるのは二日ほど。
「次の船は?」
ノアが尋ねる。
「その十二日後だそうです」
ミアが答えた。
一度逃せば。
かなり待つことになる。
急ぐ必要はあるが。
間に合わない日程ではない。
「みんな」
俺は振り返った。
「改めて聞くけど」
「ドワーフ大陸へ行くってことでいいんだよな?」
「今さらだな」
アクセルが答える。
「俺は行く」
「俺も同行する」
テラが続いた。
「遺跡の調査なら、多少は役に立てる」
「私も参ります」
カインも頷く。
「ドワーフ大陸には興味がありますから」
最後にノアを見る。
「行く」
返事は早かった。
「決まりだな」
紙を折り畳む。
「二日で準備する」
「それと」
ミアが口を開いた。
「ギルドマスターが、全員で顔を出せと」
「何かあるのか?」
「来たら話す、とだけ」
ドランらしい。
「分かった」
「今から行く」
⸻
サイファ冒険者ギルド。
受付へ声をかけると。
ミアに裏手の倉庫へ案内された。
扉を開く。
木箱。
古い武器。
使われていない家具。
その奥で。
ドランが横長の箱を床へ下ろしていた。
「来たか」
「それが、例の来たら話すってやつか?」
「ああ」
箱の表面には。
小さな槌の印が刻まれている。
ドランが金属の留め具を外し。
蓋を開けた。
中に入っていたのは。
四本の金属製の杭。
それから。
手のひらより少し大きな魔導具だった。
「何だ、これ」
アクセルが箱を覗き込む。
「野営用の結界具だ」
「結界?」
「四隅に杭を打つ」
ドランが一本を持ち上げた。
「中央にこいつを置いて、魔石を入れる」
「そうすりゃ」
「杭で囲んだ範囲に、簡単な結界が張られる」
「攻撃を防げるのか?」
「数回程度だ」
「弱い魔物ならな」
「強い攻撃なら、一撃で壊されることもある」
完全に守ってくれる物ではない。
それでも。
眠っている間に。
一度でも攻撃を防いでくれるなら大きい。
「それだけじゃねえ」
ドランが中央の魔導具を指で叩いた。
「外から何かが結界に触れるか」
「攻撃を受ければ、警報が鳴る」
「どのくらいの音だ?」
テラが尋ねる。
「寝てても飛び起きるくらいにはうるせえ」
テラが金属の杭を眺めた。
「中央大陸では見たことがないな」
「ほとんど流通してねえからな」
ドランは腕を組む。
「ドワーフ大陸じゃ」
「冒険者が野営で使う道具としては、そこまで珍しくねえ」
「向こうで作って」
「向こうで使われる」
「わざわざ中央大陸まで運ぶ商人は少ねえんだ」
「これはドランの物か?」
「ああ」
短く答える。
「冒険者だった頃に使ってた」
「今は必要ねえ」
使い込まれてはいるが。
杭に大きな傷はない。
中央の魔導具にも。
細かな擦れがある程度だった。
「くれるのか?」
「そのために出した」
「故郷から持ってきた物だろ?」
「使わねえ道具を倉庫で腐らせる方が無駄だ」
ドランが蓋を閉じる。
「持っていけ」
「ただし」
「魔石は自分たちで用意しろ」
「一晩使った程度なら、すぐに空にはならねえ」
「だが」
「結界が攻撃を受ければ、その分だけ消耗する」
「壊れたら?」
「向こうの工房で直せ」
「中央大陸じゃ」
「触れる職人を探す方が面倒だからな」
「分かった」
「ありがとう」
「アクセル」
「おう」
アクセルが箱を持ち上げ。
腰の魔法袋へ収めた。
「船は八日後だ」
ドランが言う。
「ポロム港までの道も」
「特別危険な場所を通るわけじゃねえ」
「だが」
「旅は何が起きるか分からん」
「使わずに済めば、それが一番だ」
「ああ」
「大事に使う」
ドランは鼻を鳴らした。
「道具は使ってこそだ」
「大事に抱えて歩くなよ」
「分かってるよ」
⸻
拠点へ戻る。
食卓へ紙を広げ。
全員が席についた。
ここちゃんは。
ソファで丸くなってる。
むぎは。
胸ポケットの奥で動かない、たぶん寝てる。
「出発まで二日」
俺は紙の上へ指を置いた。
「必要な物を決めよう」
「結界具に使う魔石」
テラが最初に言った。
「あとは」
「使い方を一度試しておいた方がいい」
「本番で初めて使って、動きませんでしたじゃ困るからな」
「それはそうだな」
庭なら。
杭を打つ場所もある。
警報まで鳴らす必要はないが。
結界が張れるかくらいは確認できる。
「その結界具ですが」
カインが口を開いた。
「かなり役に立つと思います」
「そうだな」
「それと」
カインは一度。
俺たちの顔を見回した。
「私」
「索敵魔法を使えます」
アクセルが眉を上げる。
「初耳だな」
「お話ししていませんでしたから」
カインは穏やかに答えた。
「周囲の音や」
「魔力の揺らぎを広く捉えることができます」
「どのくらいの範囲?」
ノアが尋ねる。
「野営地の周囲であれば」
「動くものや」
「大きな魔力を持つ存在は探知できます」
「寝てる間も使えるのか?」
アクセルが聞く。
「いいえ」
「眠る前に周囲を確認することはできますが」
「眠っている間も維持し続けることはできません」
「それでも十分だろ」
テラが言う。
「寝る前に危険がないか分かるだけでも違う」
「はい」
「そして」
カインは続けた。
「魔物避けのお香も用意した方がよいかと」
「魔物避け?」
「魔物が嫌う匂いを出すお香です」
「すべての魔物に効くわけではありませんが」
「近づいてくる数は減らせます」
「中央大陸でも売ってるのか?」
「冒険者向けの道具を扱う店であれば」
「置いていると思います」
カインが指を一本ずつ立てる。
「眠る前に、私が周囲を確認する」
「魔物避けのお香を焚く」
「結界を張る」
「何かが近づけば」
「結界が攻撃を防ぎ、警報を鳴らす」
俺は腕を組んだ。
「それなら」
「交代で見張りをしなくてもいいのか?」
「絶対に安全とは言えません」
カインはそう前置きした。
「ですが」
「警報が鳴れば、全員で対応できます」
「毎晩誰か一人が起き続けるよりは」
「皆で休んだ方がよいかと」
「寝不足で歩く方が危険だからな」
テラも頷く。
「俺は起きてても平気だぞ」
アクセルが言う。
「お前」
「前に見張り中に寝ただろ」
「あれは目を閉じてただけだ」
「寝てた」
ノアが言った。
「寝息も聞こえた」
「寝息じゃない」
「何だったんだよ」
「呼吸だ」
「全員してるわ」
カインが小さく笑った。
「じゃあ」
俺は紙へ書き込む。
「結界具用の魔石」
「魔物避けのお香」
「それから」
少し考える。
「テントも買うか」
「テント?」
アクセルが首を傾げた。
「今まで使ってなかっただろ」
「ああ」
今までは。
火を囲み。
毛布に包まり。
交代で見張りをしながら寝ていた。
それで済むなら。
それで済ませてきた。
だが。
今回は。
全員が同じ時間に眠れそうだ。
「どうせみんな寝られるなら」
「テントで寝た方がいいだろ」
「それはそうだな」
テラが頷く。
「人数も増えたし」
「五人で入れる物はあるか?」
「大きな物を一つより」
カインが少し考える。
「二つに分けた方が扱いやすいと思います」
「設営も簡単でしょう」
「じゃあ二つ」
「俺は広い方でいい」
アクセルが言った。
「お前が入った方が狭くなるんだよ」
「なら一人で使う」
「何でそうなる」
「広く寝られる」
「全員広く寝たいんだよ」
テラが呆れた顔をする。
「それで」
アクセルが言った。
「食料は?」
「やっぱりそこか」
「肉は多めだ」
「果物」
ノアが続く。
「それも多め」
「魚も欲しいな」
俺は紙へ書き足した。
「野菜」
テラが言う。
「パンも必要ですね」
カインも続く。
肉。
魚。
野菜。
果物。
パン。
調味料。
飲み物。
無限収納がある。
保冷庫ごと持っていけば。
保存の心配もない。
旅の途中でも。
船の上でも。
食べる物には困らないようにしておきたい。
「食料は余裕を持って買う」
「保冷庫ごと収納に入れる」
「シャーベットも作れる」
ノアが言った。
「船の上でも作るのか?」
「作る」
「揺れてても?」
「作る」
迷いがない。
「分かったよ」
「果物も多めな」
ノアが満足そうに頷く。
《旅程に対し、食料量は過剰となる可能性》
(入るからいいだろ)
《否定はしていません》
(じゃあ言うなよ)
《確認です》
(はいはい)
頭の中の声を流し。
紙を見る。
テント。
魔石。
魔物避けのお香。
食料。
それぞれの旅道具。
「まずは」
俺は立ち上がった。
「テントを見に行くか」
「その後に魔石とお香」
「最後に市場だな」
「果物」
ノアが念を押す。
「忘れない」
「肉もだ」
「分かってるよ」
出発まで。
あと二日。
急ではある。
だが。
無理な日程ではない。
必要な物を。
一つずつ揃えていけばいい。
ドワーフ大陸へ向かう旅は。
もう。
地図の上だけの話ではなくなっていた。




