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故郷への気持ち


「それで」


 ドランが話を戻すように、机を指で叩いた。


「行き方だったな」


「ああ」


 俺も地図へ視線を戻す。


 ドランは現代の地図を引き寄せた。


 サイファ。


 王都。


 中央大陸の西岸。


 太い指が、サイファから南へ動く。


「ドワーフ大陸へ行く船は」


 一度。


 王都へ続く街道の途中で止まった。


「ポロム港から出てる」


「ポロム港?」


「中央大陸の西にある港町だ」


 指先が、街道から西へ曲がる。


「サイファから王都方面へ南下する」


「途中で西方街道へ入れ」


「そのまま進めば着く」


「王都まで行く必要はないのか?」


「ない」


 ドランが首を横に振った。


「王都から行くなら、そこから西へ向かうことになる」


「だが」


「サイファからなら途中で曲がった方が早い」


 俺は地図の上の道筋を追った。


 サイファから南へ。


 王都へ向かう街道。


 その途中から西へ。


 中央大陸を横断し。


 海へ出る。


「どれくらいかかる?」


「馬車なら五日ってとこだ」


「徒歩なら」


 ドランが俺達を順番に見る。


「もっと見た方がいい」


「曖昧だな」


 アクセルが言う。


「天候もある」


「道の状態もある」


「途中で何も起きなければ早い」


 そこで。


 ドランが俺を見る。


「お前らなら、何か起きるだろ」


「決めつけるなよ」


「今までを振り返ってから言え」


 言い返せなかった。


 王都へ向かった時。


 精霊大陸へ渡った時。


 帝国へ向かった時。


 何も起きなかった旅の方が少ない。


「船は?」


 ノアが尋ねる。


「ポロム港から、四日か五日だ」


「海が荒れれば延びる」


「毎日出ている?」


「いや」


 ドランは首を横に振った。


「荷と人が揃ってから出る船も多い」


「定期船もあるが、時期によっては数日待つ」


「今の季節は?」


 テラが聞く。


「悪くねえ」


「海が大荒れする時期じゃない」


「ただ」


「船が出る日に合わせられるかは別だ」


「先に予定を確認する必要があるな」


 テラが地図を見ながら言う。


「ああ」


 ドランが頷いた。


「ギルドからポロム港へ連絡を入れることはできる」


「次に出る船を聞いておいてやる」


「助かる」


「まだ行く日も決めてないけどな」


「決めてから聞いたんじゃ遅いだろ」


 それもそうだった。


 船の予定。


 ポロム港までの移動。


 向こうで必要になるもの。


 調べることは多い。


「ドワーフ大陸へ渡ること自体は難しくねえ」


 ドランが椅子へ深く腰を下ろした。


「別に人間を追い返してるわけじゃねえからな」


 商人。


 冒険者。


 旅人。


 外から来る者もいるらしい。


「着いたら」


 ドランが地図の西側へ指を置いた。


「まず冒険者ギルドへ行け」


「向こうにもギルドがあるんだな」


 俺が言うと。


 ドランの眉間に皺が寄った。


「当たり前だ」


「ドワーフ全員が鍛冶屋だと思ってるのか」


「思ってないよ」


「少し思ってただろ」


「少しだけ」


「殴るぞ」


「ギルマスが冒険者を殴るなよ」


「元冒険者だ」


「余計に駄目だろ」


 テラが呆れたように息を吐く。


「話を進めろ」


「お前が言うな」


 ドランはそう返しながら、机の引き出しを開けた。


「紹介状を書いてやる」


「いいのか?」


「ああ」


 中から便箋を一枚取り出す。


「港のギルドで見せろ」


「大陸の中を調べるなら、土地の事情を知ってる連中に聞くのが一番早い」


 ノアが頷いた。


「分かった」


「印がどの辺りを指してるかも、大まかにしか分からねえんだろ」


「ああ」


「なら、なおさらだ」


 ドランはペンを手に取った。


「向こうで地図を見せて聞け」


「古い話も、土地のことも」


「こっちで考えてるより早い」


 ペン先が紙へ触れる。


 だが。


 すぐには動かなかった。


「故郷の知り合いには?」


 アクセルが聞く。


 ドランの手が止まる。


「何十年もまともに帰ってねえ」


「知り合いが、まだ同じ場所にいるかも分からん」


「何十年?」


 俺が聞き返す。


「里帰りしてない期間だ」


「長すぎないか?」


「ギルドマスターは忙しいんだよ」


「それだけじゃないだろ」


 俺が言うと。


 ドランは少しだけ黙った。


「帰る時は」


 視線を紙へ落としたまま。


「胸を張って帰りたかった」


 小さな声だった。


「冒険者になると言って出た」


「好き勝手に外を歩いて」


「最後は書類に埋もれてる」


「それをどう説明する」


「普通に」


 俺は答えた。


「ギルドマスターになったって言えばいいだろ」


 ドランの手が止まった。


「サイファの冒険者をまとめて」


「街を守る仕事をしてる」


「十分だと思うけどな」


 一拍。


 ドランは何も言わなかった。


 ただ。


 ほんの少しだけ。


 口元を緩めた。


「……余計なことを言うな」


「褒めたのに」


「頼んでねえ」


 ようやく。


 ペン先が紙の上を走り始めた。


 迷いのない字だった。


 ポロム港。


 冒険者ギルド。


 ドランの名。


 しばらくして。


 書き終えた紙を持ち上げる。


 一度だけ文面を読み返し。


 最後に印を押した。


「これを渡せ」


「向こうで話を聞くなら、役に立つ」


「ありがとう」


 俺が受け取る。


 思ったより厚い紙だった。


 端には。


 小さな槌の印が押されている。


「ドワーフの印?」


「俺の家の印だ」


「まだ使ってるのか」


「使っちゃ悪いか」


「いや」


 俺は紙を見つめた。


 故郷を出て。


 何十年も戻っていない。


 それでも。


 ドランは今も。


 その印を持っている。


「向こうで」


 ドランが言う。


「俺の名前を知ってるやつがいたら」


 一拍。


「元気にしてるとでも言っとけ」


「自分で言えばいいのに」


「うるせえ」


 紹介状を懐へしまう。


 ノアは地図を畳み。


 大切そうに抱え直した。


 ポロム港。


 西の海。


 その先にある。


 まだ見ぬ大陸。


 あの印が何を示しているのか。


 そこに何があるのか。


 今はまだ分からない。


 それでも。


 地図の上にしかなかった道は。


 今。


 サイファから西へ。


 はっきりと伸び始めていた。


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