故郷を出たドワーフ
翌朝。
サイファ冒険者ギルド。
扉を開く。
朝のギルドは人が多い。
掲示板の前。
受付の列。
依頼へ向かう冒険者達。
いつもの光景だった。
「おはようございます」
受付からミアが声をかけてくる。
「おはよう」
俺も手を上げる。
ミアは俺達の顔を順番に見た。
アクセル。
ノア。
テラ。
カイン。
全員揃っている。
「今日は依頼ですか?」
「いや」
俺は首を横に振る。
「ドランに聞きたいことがある」
「ギルドマスターに?」
「ああ」
ミアが少しだけ首を傾げた。
「何かありましたか?」
「まだ何かあったわけじゃない」
一拍。
「ドワーフ大陸のことを聞きたいんだ」
「ドワーフ大陸?」
ミアが目を瞬く。
「行かれるんですか?」
「まだ決めてない」
隣を見る。
ノアは羊皮紙の束を抱えていた。
「まず、話を聞いてからだ」
「分かりました」
ミアはそれ以上聞かなかった。
隣の受付へ声をかけ。
奥へ消える。
しばらくして戻ってきた。
「執務室へどうぞ」
「仕事中じゃなかったか?」
「書類を見ていたそうです」
一拍。
「皆さんなら構わないと」
「なら良かった」
「ただ」
ミアが少しだけ笑う。
「長くなるなら、覚悟しておけとのことです」
「誰が?」
「皆さんでは?」
俺が首を傾げる。
ミアは答えず。
笑顔のまま奥を指した。
⸻
階段を上がる。
廊下の奥。
執務室の扉を叩く。
「入れ」
低い声が返る。
中へ入る。
執務机。
積まれた書類。
その向こうで。
ドランが顔を上げた。
「朝から揃って何の用だ」
「聞きたいことがある」
「依頼なら下で聞け」
「依頼じゃない」
机の前まで進む。
「ドワーフ大陸のことを教えてほしい」
ドランの手が止まった。
「……故郷の話か」
「ああ」
「何でまた急に」
「王都で調べた遺跡のこと、覚えてるだろ」
「お前らが受けた塩漬け依頼か」
「それ」
俺が横を見る。
ノアが机の空いた場所へ羊皮紙を広げた。
一枚は、遺跡の正面にあった壁画の写し。
もう一枚は、現代の地図。
ドランが椅子から少し身を乗り出す。
「何だ、この形」
「遺跡の壁画」
ノアが答えた。
「調べた結果」
現代の地図へ指を置く。
「古い世界地図の可能性がある」
ドランの眉が動く。
「世界地図?」
「ああ」
「今の大陸とは形が違う」
「でも」
中央大陸。
精霊大陸。
ドワーフ大陸。
ノアの指が順に動く。
「向きと位置を変えると、一部の海岸線が一致する」
ドランが二枚の地図を見比べた。
「大陸そのものが動いたって言うのか?」
「そこまでは分からない」
ノアは首を横に振る。
「地図も完全には一致しない」
「だから、まだ仮説」
カインの故郷については、あえて触れなかった。
あそこは、人に知られないよう魔人達が暮らしている場所だ。
俺達の都合で明かしていい話じゃない。
「それでも調べる理由があるってことか」
「ああ」
今度は。
ノアの指が壁画に残された三角形の印へ移った。
「問題は、こっち」
ドランも印を見る。
「何だ、この三角」
「遺跡の壁画に残されていた」
ノアは一つ目の印を示した。
「古い地図だと仮定して、今の位置に合わせると」
現代の地図へ指を移す。
精霊大陸。
「この辺り」
ドランの目が細くなる。
「どこだ」
「転移迷宮付近」
一瞬。
ドランの表情が変わった。
ノアは壁画へ指を戻す。
別の三角印。
「もう一つ」
現代の地図へ。
「サイファ付近」
ドランが黙った。
精霊大陸。
サイファ。
二つの場所を見比べる。
「あの時の転移か」
「ああ」
俺が頷く。
ドランなら説明する必要はない。
あの日。
森に突然現れた迷宮。
大陸を越えて転移してきたノア。
スタンピードの予兆。
そして。
ノアがコアを破壊したことで消えた迷宮。
全部知っている。
大陸間転移を街だけで抱え込める話ではないと判断し。
王都へ報告したのもドランだ。
「まだある」
ノアが別の羊皮紙を広げた。
「遺跡の地下に残されていた文字」
指先が、書き写された文字を順に追う。
「門」
「位置」
「移動」
一拍。
「管理者」
「それと」
俺は遺跡で見たものを思い出す。
「壁に魔法陣があった」
ドランがノアを見る。
「どんな魔法陣だ」
「転移迷宮の転移罠と同じ」
短い答え。
ドランの顔から、さっきまでの軽さが消えた。
ノアは続ける。
「転移迷宮で転移罠を踏んだ」
「転移した先は、サイファ」
壁画の二つの印を見る。
「その両方が」
「印の位置と重なる」
ドランは何も言わなかった。
壁画。
現代の地図。
文字。
順に視線を動かしていく。
「つまり」
やがて低い声が落ちる。
「あの大陸間転移に、この遺跡が関係してるかもしれねえと」
「その可能性は高いと考えてる」
ノアが答えた。
「だが」
「まだ分からない」
「転移の仕組みも」
「この印が何を示しているのかも」
「確かめられていない」
「ああ」
ドランが顎髭を撫でる。
「ここまでは分かった」
「それで」
俺は地図を見る。
「もう一つあるんだ」
ノアが壁画の別の三角印を指した。
そこから。
現代の地図へ位置を移す。
指先が止まる。
ドワーフ大陸。
「この辺り」
ドランも地図へ目を落とした。
「……俺の故郷か」
「ああ」
「だから、調べたい」
ノアはドワーフ大陸を見たまま続けた。
「そこに何があるのかは分からない」
「遺跡があるとも限らない」
「でも」
一拍。
「ノアの転移と印が関係しているなら」
俺も地図へ視線を落とす。
「確かめる価値はあるだろ」
ドランはしばらく黙っていた。
やがて。
深く息を吐く。
「なるほどな」
「それで朝から揃って来たわけか」
「ああ」
「行く方法も知らないからな」
「胸張って言うな」
「昨日テラにも言われた」
「だろうな」
「おい」
横を見る。
テラは腕を組んだまま何も言わない。
否定もしない。
⸻
ドランが椅子へ座り直す。
「ドワーフ大陸へ渡ること自体は難しくねえ」
「そうなのか?」
「ああ」
「別に人間を追い返してるわけじゃねえからな」
商人。
冒険者。
旅人。
外から来る者はいるらしい。
「では」
カインが静かに口を開いた。
「閉鎖的な土地というわけではないのですね」
「そう思ってたのか?」
ドランが聞く。
「外では」
カインは言葉を選ぶように少し間を置いた。
「ドワーフ製の武器や魔道具はよく見かけます」
「ですが、ドワーフ本人を見かける機会は多くありません」
「ああ」
ドランは納得したように頷く。
「それでか」
「違うのか?」
テラが尋ねる。
「違う」
ドランははっきりと言った。
「外の者を嫌ってるわけじゃねえ」
「商人も来る」
「冒険者も来る」
「腕のいい職人を訪ねて、人間が工房へ足を運ぶこともある」
ノアが顔を上げた。
「なら」
「なぜ外でドワーフを見かけない?」
「出たがるやつが少ねえんだ」
ドランは椅子の背へ体を預ける。
「ドワーフは自分の土地が好きだ」
「山も」
「鉱山も」
「工房も」
「家族もな」
そこで暮らし。
そこで働く。
それで満足する者が多い。
品物は外へ出る。
だが。
作った本人まで外へ出る理由はない。
「技術を外へ漏らすのを嫌うって話は?」
俺が聞く。
「隠してるって言い方は気に入らねえな」
ドランは顎髭を撫でた。
「自分の腕と時間で積み上げたもんを」
「何の苦労もせず盗もうとするやつが嫌いなんだ」
「教えを乞う」
「弟子として働く」
「腕を認められる」
「そこまでやれば、教える職人もいる」
一拍。
「だが」
「完成品だけ見て」
「製法を寄越せと言われりゃ」
「誰だって腹が立つだろ」
「職人気質ってことか」
「そういうことだ」
ドランが頷く。
「だから」
「勝手に工房へ入るな」
「道具へ触るな」
「鉱山も同じだ」
「何もない岩山に見えても」
「誰かの仕事場かもしれねえ」
「勝手に掘れば」
「殴られても文句は言えんぞ」
「掘らないよ」
「お前は掘らなくても」
ドランがアクセルを見る。
「そこのでかいやつが岩を壊しそうだ」
「俺は頼まれなきゃ壊さない」
「頼まれても加減しろ」
「失礼だな」
「実績があるから言ってる」
アクセルが不満そうに腕を組んだ。
⸻
「じゃあ」
俺はドランを見る。
「何でドランは外へ出たんだ?」
「俺か」
「ああ」
ドランは少しだけ黙った。
「冒険者になりたかった」
短い答えだった。
「子供の頃から」
「外の話を聞くのが好きでな」
「中央大陸」
「精霊大陸」
「見たこともねえ魔物」
「知らねえ街」
少しだけ。
目が遠くなる。
「そういう話を聞くたび」
「山の向こうへ行ってみたいと思ってた」
「珍しかった?」
ノアが聞く。
「珍しかったな」
ドランは苦笑する。
「周りは皆」
「何を作るか」
「どの鉱山で働くか」
「どの工房へ入るか」
「そんな話ばかりしてた」
一拍。
「俺だけ」
「どこへ行くかを考えてた」
「反対されたのか?」
俺が尋ねる。
「心配はされた」
「馬鹿だとも言われた」
「親父には鍛冶を継げと言われた」
「母親には危ないからやめろと言われた」
だが。
止められはしなかった。
「故郷が嫌で出たわけじゃねえ」
「今でも好きだ」
ドランは机の端に置かれた古い金槌を見る。
「ただ」
「外へ出なきゃ」
「俺が見たいものは見られなかった」
アクセルが椅子の背へ腕を回す。
「それで冒険者になったのか」
「ああ」
「色々回って」
「最後にここへ来た」
「今はギルドマスター」
ノアが言う。
「そういうことだ」
ドランは顔をしかめる。
「冒険者をやってたはずなのに」
「気づけば書類と喧嘩する毎日だ」
机の上。
積まれた紙の山。
「夢とは違ったな」
テラが言う。
「うるせえ」
⸻
「里帰りは?」
俺が尋ねる。
ドランは今度こそ。
少し長く黙った。
「ほとんどしてねえ」
「帰れないのか?」
「帰ろうと思えば帰れる」
「だが」
机の上を見回す。
「ここを何日も空けられん」
昔は。
好きな時に出て。
好きな場所へ行けた。
今はそうもいかない。
「帰りたくないわけではない?」
カインが静かに聞く。
「帰りたくないわけじゃねえよ」
ドランは小さく笑った。
「だが」
一拍。
「今の俺の仕事場はここだ」
その言葉に。
俺は少しだけカインを見た。
カインも何も言わなかった。
ただ。
穏やかにドランを見ていた。
第1、2章を大幅に改稿しました。
物語の流れや設定はそのままに、文章や会話、描写を中心に全体を見直しています。
今後もしばらく既存話の改稿を進めていきますが、通常の更新もこれまで通り毎日続ける予定です。
以前から読んでくださっている方にも、これから読み始める方にも、少しでも読みやすく楽しんでいただけたら嬉しいです。
引き続き本作をよろしくお願いします。




