仮説のピース
ノアは懐から、折り畳まれた羊皮紙を数枚取り出した。
食卓の上に置き、一枚ずつ丁寧に広げていく。
「これは……」
身を乗り出した。
一枚には、歪んだ大きな陸地の輪郭。
もう一枚には、見慣れた三つの大陸。
中央大陸。
精霊大陸。
そして、ドワーフ大陸。
さらに別の紙には、細かな線や印が何度も書き直されていた。
「地図か?」
ノアが頷く。
「一枚は、遺跡の正面にあった壁画の写し」
指先で、歪んだ陸地の輪郭をなぞる。
「もう一枚は、現代の地図」
「この数日、部屋にこもっていたのは、これを調べていたからですか?」
カインが紙の上へ視線を落とす。
「そう」
ノアは短く答えた。
「手に入る地図を集めた」
「古いものも、新しいものも」
「形の違いを一つずつ比べた」
アクセルが腕を組み、壁画の写しを覗き込む。
「それで、何が分かった」
ノアは一枚の薄い紙を取り上げた。
壁画の輪郭だけを写し取ったものらしい。
「遺跡の壁画は、ただの模様ではない」
「大陸を描いた古い地図」
テラが二枚を見比べる。
「だが、今の地図とは形が違う」
「違って見える」
ノアは現代の地図の上へ、薄い紙を重ねた。
そのまま少しずらし、角度を変える。
「中央大陸を、ここ」
さらに別の写しを動かす。
「精霊大陸を、この位置」
最後にドワーフ大陸の輪郭を合わせていく。
紙の上で。
三つの大陸が、少しずつ一つの形へ近づいていった。
眉を寄せる。
「……形がつながってる?」
「完全ではない」
ノアは重なった海岸線を指で示した。
「だが、向きを変えれば、いくつもの部分が一致する」
精霊大陸の端。
中央大陸の南側。
ドワーフ大陸の長く突き出した海岸。
それぞれが、まるで最初から隣り合っていたかのように重なっている。
「つまり何だ」
アクセルが地図を睨む。
ノアは一拍置いた。
「太古の昔」
「世界は、一つの巨大な大陸だった可能性がある」
誰もすぐには言葉を返さなかった。
食卓に、静かな空気が落ちる。
「一つの大陸……」
重ねられた地図を見つめた。
今は海で隔てられた三つの大陸。
それらが、かつて一つだった。
すぐには信じられない話だ。
だが。
紙の上にある輪郭は、ただの思いつきでは片づけられなかった。
ノアはしばらく地図を見つめたあと、首を横へ振った。
「まだ、証明にはならない」
「ここまで合っててもか?」
アクセルが聞く。
「一つ足りない」
ノアは重ねた地図の中央付近を指差した。
三つの大陸に囲まれた場所。
そこには、不自然な空白が残っていた。
「どう動かしても、ここが埋まらない」
「壁画には陸地がある」
「だが、現代の地図には何もない」
俺も空白を覗き込む。
確かに。
三つの大陸だけでは、壁画の形にならない。
真ん中に、大きな穴が開いている。
「地図に描かれていない島でもあるのか?」
「島では小さすぎる」
ノアは首を振る。
「大陸に近い規模が必要」
「そんなものがあれば、地図に載ってるだろ」
アクセルが言う。
「普通なら」
ノアの目が細くなる。
「でも、見つからない」
「だから仮説のまま」
その時。
黙って地図を見ていたカインが、ゆっくりと手を伸ばした。
「……この空白」
細い指先が、何も描かれていない部分へ触れる。
「私には、心当たりがあります」
全員の視線がカインへ集まった。
「心当たり?」
聞く。
カインは地図を見つめたまま、静かに息を吐いた。
「私が生まれ育った国です」
その声には。
いつもの柔らかさとは違うものが混じっていた。
遠い記憶へ手を伸ばすような。
わずかな痛みを押し込めるような。
「魔王の国か?」
テラが眉を寄せる。
「ですが」
カインは続けた。
「今の地図には、その国も」
「国があった陸地も描かれていません」
カインの横顔を見つめた。
かつて存在していた国。
だが。
今は地図から消えている。
「そこには、大きな陸地がありました」
「中央大陸や精霊大陸ほどではありません」
「それでも、島と呼べる大きさではなかった」
カインは羊皮紙の端に置かれていたペンを手に取った。
「正確な形ではありませんが」
「覚えている範囲であれば、描けます」
誰も止めなかった。
カインの手が動く。
空白の中へ。
細い線が一本引かれる。
そこから緩やかに曲がり。
内側へ入り。
再び外へ膨らむ。
迷いのない線だった。
幼い頃に見た海岸。
国の端。
陸地の形。
記憶の中に残る輪郭を、カインは少しずつ羊皮紙へ移していく。
ノアは、その手元を黙って見つめていた。
最後の線がつながる。
カインがペンを置いた。
「このような形です」
ノアはすぐに壁画の写しを持ち上げた。
カインが描いた陸地の上へ重ねる。
少し位置をずらす。
角度を変える。
そして。
動きが止まった。
「……合う」
カインが描き足した陸地。
その輪郭が。
壁画に残された空白へ、ぴたりと収まっている。
まるで。
最初からそこにあるべき一片だったかのように。
「はまったな」
アクセルが低く呟いた。
「ああ」
テラも地図を見つめたまま頷く。
「これで、形が全部つながった」
完成した輪郭を見下ろした。
三つの大陸。
そして、地図から消えたカインの故郷。
四つの陸地が合わさり。
一つの巨大な大陸を形作っている。
ノアは指先で、つながった線をゆっくりとなぞった。
「まだ、完全な証明ではない」
「でも」
顔を上げる。
「仮説は、限りなく正解に近づいた」
「大昔に大陸は、本当に一つだった可能性が高い」
俺も地図を見つめた。
最初に残っていた空白まで埋まり。
壁画に描かれていた陸地の形が、ようやく一つにつながっている。
そのまましばらく眺めていると。
ノアが壁画の写しへ手を戻した。
「この仮説が正しい場合」
指先が、三角形の印の一つで止まる。
「次は、この印」
俺もそちらへ目を向けた。
見覚えがある。
遺跡の正面。
巨大な地図のような壁画に、いくつも刻まれていた印。
あの時は。
何を示すものなのか分からなかった。
「遺跡には」
ノアが続ける。
「魔法陣があった」
頭に、地下で見た光景が浮かぶ。
壁に刻まれた魔法陣。
それを見たノアが、すぐに口にした言葉。
転移迷宮の転移罠と同じだ。
「それに」
今度はテラが口を開いた。
「壁の文字だな」
テラは指を折るように、一つずつ言葉を並べる。
「門」
「位置」
「移動」
一拍。
「管理者」
「ああ」
ノアが頷く。
「魔法陣」
「文字」
「壁画」
指先が、三角の印へ戻る。
「あの時は、無関係とは思えなかった」
「でも、つながらなかった」
俺も覚えている。
ノアは遺跡で何度も。
魔法陣と。
壁画と。
文字を見比べていた。
それでも。
答えは出なかった。
「今は違うってことか?」
「そう」
ノアは完成した古い地図を見た。
「大陸の位置が分かれば」
「この印が、今のどこに当たるのかも比べられる」
壁画にある印の位置を確かめ。
現代の地図へ指を移す。
「一つは、ここ」
指先が、精霊大陸の一角で止まった。
テラが地図へ顔を寄せる。
「……転移迷宮の辺りか」
「そう」
ノアが頷く。
俺には分からない。
転移迷宮そのものへ行ったことはない。
だが。
テラの言葉と。
ノアの反応で十分だった。
ノアは壁画へ指を戻す。
別の三角印へ。
「もう一つは」
位置を確かめ。
再び現代の地図へ。
「サイファ付近」
視線が止まった。
サイファ。
新しく現れた迷宮。
薬草採取の途中。
急に走り出したむぎを追いかけ。
飛び込んだ迷宮の中で。
ノアと出会った。
青い光。
魔法陣。
そこに現れたノア。
そして。
ノアは言っていた。
精霊大陸の転移迷宮を調査中。
転移罠を踏み。
気付いたらサイファだったと。
「……じゃあ」
二つの印を見比べた。
「ノアの転移は、これが関係してるってことか?」
ノアも、二つの地図へ視線を落とす。
「その可能性は高いと考えてる」
もう一度、遺跡で見たものを思い返した。
転移迷宮の転移罠と同じ魔法陣。
門。
位置。
移動。
そして。
転移する前と。
転移した先。
その二つに重なる印。
あの時。
意味の分からなかったものが。
少しずつ、一つにつながっていく。
テラが腕を組んだ。
「なら、他の印も確かめる価値はあるな」
「ああ」
壁画へ視線を戻した。
残る印の一つを指す。
「これは?」
ノアが位置を確かめる。
古い地図。
現代の地図。
二つを見比べながら、指を移した。
その指先が止まる。
「ここ」
ドワーフ大陸。
俺も、その場所を見つめた。
まだ見ぬ土地。
ミスリル。
魔道具。
精巧な金属加工。
これまで何度も名前だけは聞いてきた大陸。
そして。
古い地図に残された、同じ三角の印。
「なら」
ドワーフ大陸へ指を置いた。
「次に確かめるなら、この大陸か」




