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ノアの思索


 保冷庫が拠点へ来てから、しばらくの間。


 下段の冷凍スペースは、ほとんどノアのためにあるようなものだった。


「今日は何だ?」


 台所を覗く。


 ノアは皿の上へ並べた紫色の実を、一つずつ確かめていた。


「紫の実」


「昨日も食べてなかったか?」


「昨日は潰してから凍らせた」


 ノアは皿を持ち上げる。


「今日は、そのまま凍らせる」


「違いがあるのか?」


「調べる」


 その前は柑橘。


 さらに前は、黄色い果肉。


 市場で見つけた果物を買ってきては、切り方や潰し方を変え、凍らせて食べ比べる。


 ノアは毎回、真剣だった。


「甘さは弱い」


「だが、香りは残っている」


「少し溶けた頃が最適」


 そんな言葉を呟きながら、一口ずつ味わっていた。


 アクセルは呆れ、テラは苦笑し、カインは途中から記録用の紙まで用意した。


 俺も何だかんだ言いながら、毎回一緒に食べた。


 だが。


 市場で手に入る果物を一通り試した頃から。


 ノアの様子が変わった。


 庭の木箱へ座り、何もない空を見つめている。


「ノア」


 呼んでも、すぐには反応しない。


「……何?」


「何じゃねえよ」


 隣へ腰を下ろす。


「さっきからずっと固まってるぞ」


「考えていた」


「何を?」


 ノアは少しだけ視線を下げた。


「まだ、まとまっていない」


 それ以上は何も言わなかった。


 食事中も同じだった。


 パンを持ったまま動きを止め、じっとテーブルの上を見つめている。


「食べないのか?」


 テラが尋ねると、ノアは瞬きをした。


「食べる」


 そう答えて口へ運ぶ。


 だが、しばらくするとまた手が止まる。


 そして二日前から。


 とうとう、ほとんど部屋から出てこなくなった。


 朝食の時間になっても姿を見せない。


 昼になっても、扉は閉じたまま。


 夜になるとようやく現れ、静かに席へ座る。


 必要な分だけ食べると、短く告げた。


「……ごちそうさま」


 そのまま誰とも目を合わせず、部屋へ戻っていく。


 扉が閉まる音を聞きながら、アクセルが首の後ろをかいた。


「何かあったのか、あいつ」


「果物の食べすぎで腹でも壊したか」


 テラが腕を組む。


「腹を壊した者が、あれだけ普通に夕食を食べるか?」


 カインが苦笑した。


「顔色も悪くありませんでした」


「じゃあ、何してるんだよ」


「何かを調べているようには見えますね」


 廊下の奥へ目を向けた。


 ノアの部屋。


 扉の向こうから、時折紙を動かすような音がする。


 だが、それだけだ。


 怪しい音もない。


 煙が漏れてくることもない。


「聞いても、まとまってないとしか言わないしな」


 足元にいたここちゃんが、廊下へ向かって歩き出す。


 ノアの部屋の前まで行くと、扉へ鼻先を近づけた。


 くんくんと匂いを嗅ぎ、耳を立てる。


 少し離れた場所では、むぎも立ち上がって同じ方を見ていた。


「二匹も気になるみたいだな」


 しゃがみ、ここちゃんの背中を撫でる。


 ここちゃんは扉から離れず、その場へ座り込んだ。


「中にいるのは分かってるんだろ」


 返事の代わりに、鼻が小さく動く。


 その夜も。


 翌朝も。


 ノアは部屋からほとんど出てこなかった。


 三日目の夕食。


 カインが作った温かい煮込み料理が、テーブルの中央から湯気を上げていた。


 全員が席についた頃。


 廊下から足音が聞こえる。


 ノアが現れ、いつもの席へ静かに座った。


「今日は出てきたな」


 アクセルが声をかける。


「夕食だから」


「それは見れば分かる」


 ノアは何も返さず、スープを口へ運んだ。


 俺たちは何度も視線を交わした。


 いつ話を切り出すべきか。


 だが、無理に聞けば、また部屋へ戻ってしまいそうだった。


 食事は静かに進んだ。


 ノアが最後の一口を飲み込む。


 スプーンが皿の上へ置かれた。


 いつもなら。


 ここで立ち上がり、短く挨拶をして部屋へ戻る。


 だが。


 ノアは動かなかった。


 両手を膝の上へ置いたまま、しばらく俯いている。


「……ノア?」


 呼ぶ。


 ノアはゆっくりと顔を上げた。


 アクセル。


 テラ。


 カイン。


 ここちゃんとむぎ。


 最後に、俺。


 順番に全員の顔を見つめる。


 いつもの静かな目。


 だが、その奥には迷いが残っていた。


 それでも。


 ノアは小さく息を吸った。


「……遺跡の件で」


 一度、言葉を止める。


 そして。


 真っ直ぐに俺を見据えた。


「話したいことがある」

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