↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
200/250

自家製シャーベット


 果物を冷凍スペースへ入れてから、数時間が過ぎた。


 窓から差し込む光も、少しずつ赤みを帯びている。


「そろそろ夕方だな」


 立ち上がると、カインも頷いた。


「ええ。修理をお願いしていた蛇口を受け取りに行きましょう」


 保冷庫の前に座っていたノアが、ゆっくり顔を上げる。


「果物は?」


「まだ出さないぞ」


 台所の保冷庫を見る。


「せっかく冷凍してるんだ。帰ってきて、飯を食った後だ」


「……了解」


 返事はした。


 したけど。


 立ち上がったノアの視線は、まだ保冷庫に残っている。


「果物は逃げないぞ」


「分かっている」


「なら行くぞ」


 ようやく視線が外れた。


 ここちゃんを抱き上げる。


 きゅる。


 むぎは胸元だ。


 みんなで魔道具屋へ向かう。


 ノアはもう扉の前にいる。


 ……そんなに急いでも、帰ってくるまで冷凍スペースは開けられないぞ。


⸻


 魔道具屋を訪れると、店主はすぐに奥から蛇口を持ってきた。


「お待たせいたしました」


 布の上へ、磨かれた蛇口が置かれる。


「内部の部品を一つ交換し、詰まっていた汚れも取り除いてあります」


 店主が蛇口の先を軽く動かした。


「これで、また長く使えると思いますよ」


「助かった」


 受け取って確認する。


 新しい物へ交換するより、使える物を直して使えるならその方がいい。


「保冷庫はいかがでしたか?」


「問題なく――」


「果物を冷凍している」


 俺が答えるより早かった。


 横を見る。


 ノアは真顔だ。


「おお。さっそく冷凍機能をお使いになったのですね」


 店主が嬉しそうに笑う。


「夏場は冷たい甘味を作る方も多いですよ」


「甘味」


 ノアの目がわずかに細くなる。


「早く帰る」


「はいはい」


 店主に代金を支払い、店を出た。


 ここちゃんは腕の中。


 むぎは胸元から顔を出している。


 その横を、ノアがさっさと歩いていく。


「そんなに急いでも、果物は逃げないぞ」


「分かっている」


「じゃあもう少し普通に歩けよ」


「普通だ」


「行きより速いぞ」


「気のせいだ」


 絶対に違う。


 カインが横で小さく笑っていた。


⸻


 拠点へ戻る。


 ここちゃんを床へ下ろす。


 むぎも胸元から出ると、すぐ近くで鼻を動かし始めた。


 カインへ蛇口を渡す。


「じゃあ、頼む」


「はい。取り付けてしまいましょう」


 カインが流し台の下へ潜り込む。


 俺も横から覗き込んだ。


「何か手伝うか?」


「大丈夫です」


「本当に手際いいな」


「構造はそれほど複雑ではありませんから」


 そう言いながら、迷いなく部品を合わせていく。


 しばらくして。


「一度、流してみてください」


「分かった」


 蛇口をひねる。


 最初に、小さく空気の抜ける音。


 その直後。


 じょろじょろと水が流れ出した。


「おお」


 途中で止まらない。


 濁りもない。


「直ったな」


「これで、また普段通りに使えますね」


 カインが流し台の下から出てきて、手についた汚れを布で拭う。


 一度閉じる。


 もう一度開く。


 やっぱり問題なく流れた。


「使えるのが当たり前になると、壊れた時に困るな」


「便利な物とはそういうものだ」


 テラも蛇口を見る。


「保冷庫も、すぐ同じ扱いになるんじゃないか?」


「まだ買ったばかりだぞ」


「すでに一人、離れられなくなっているが」


 テラの視線を追う。


 ノアが保冷庫の前にしゃがみ込んでいた。


 扉へ手をかける。


「開けるなよ」


 ぴたり。


 手が止まった。


「確認」


「何の」


「凍結状況」


「飯の後まで待て」


 ノアがこっちを見る。


「駄目」


「まだ何も言っていない」


「顔が言ってる」


「……了解」


 渋々立ち上がる。


 その足元へ、ここちゃんが寄っていった。


 きゅる。


 保冷庫の方へ鼻先を向ける。


 少し離れたところでは、むぎもこっちを見ていた。


「お前らも気になるのか?」


 しゃがんで、ここちゃんの頭を撫でる。


 耳がゆっくり後ろへ倒れた。


 むぎはというと。


 保冷庫より、台の上に残してある果物の方を見ている。


「むぎは、まだ残ってる方が気になるみたいだな」


「合理的」


 ノアが真顔で言った。


「食べられる可能性が高い方を選んでいる」


「お前と同じだな」


「違う」


「どこがだよ」


⸻


 夕食は手軽に済ませることにした。


 肉を一口ほどの大きさに切って、串へ刺す。


 塩。


 それから香りの強い葉を細かく刻んで、少しだけ。


 火へかざす。


 じゅう。


 肉から落ちた脂が弾けた。


 香ばしい匂いが広がる。


「もう食えるか?」


 アクセルが寄ってきた。


「まだだ」


「焼けてるだろ」


「表面だけだ」


 串へ伸びてきた手を叩く。


「熱いぞ」


「それくらい分かってる」


「じゃあ待て」


 ここちゃんとむぎは、火から少し離れたところにいる。


 ここちゃんは座って耳を動かし。


 むぎは小さな鼻をひくひくさせていた。


 焼けた串を皿へ並べる。


 パンも切って、テーブルへ。


「よし」


 席へ着く。


 アクセルがすぐに串を取った。


 大きく肉へ齧りつく。


「うまい」


「まだ熱いだろ」


「熱い方がうまい」


「舌やけどしても知らんぞ」


 テラも肉を一つ口へ入れる。


「味付けは薄いが、肉の味が分かるな」


「文句なら自分で作れ」


「褒めている」


「そう聞こえないんだよ」


 横でカインが笑う。


「香りもよいですね」


 ノアも黙々と食べていた。


 ただ。


 いつもより速い。


「ノア」


「何だ」


「急いで食うと喉に詰まるぞ」


「急いでいない」


「速いぞ」


「通常範囲」


「どこの通常だよ」


 最後の肉を口へ。


 しっかり噛む。


 パンも食べる。


 飲み込む。


「ごちそうさま」


 椅子が引かれた。


「早いな!」


 もう立っている。


 ノアは何事もなかったように台所へ向かった。


 隠す気あるのか、あれ。


「分かりやすいな」


 アクセルが残った串を持ったまま言う。


「待ち切れなかったんだろう」


 テラも後ろ姿を見る。


「昼からずっと保冷庫を気にしていたからな」


「果物だろ」


「同じようなものだ」


 そうか?


 ノアはもう保冷庫の前へしゃがみ込んでいる。


 厚い扉を開ける。


 白い冷気がゆっくり流れ出した。


 さらに下の、小さな冷凍スペース。


 そこへ手をかける。


「どうだ?」


 俺も席を立った。


 みんなも自然と集まってくる。


 冷凍スペースの中には、昼に入れた皿が並んでいた。


 赤い実。


 すり潰した黄色い果肉。


 小さく刻んだ丸い果物。


 どれも固まっている。


 表面には薄く霜までついていた。


「凍ってるな」


 赤い実へ手を伸ばす。


「待って」


 ぱし。


「痛っ。何だよ」


「全員で食べる」


「一個くらいいいだろ」


「駄目」


「厳しいな」


 ノアは皿を一つずつ取り出す。


 落とさないよう、妙に慎重だ。


 テーブルの中央へ並べる。


 ここちゃんも寄ってきた。


 鼻をひくひくさせながら、椅子の脚へ前足をかける。


 むぎもその近くで、小さな鼻を動かしている。


「お前らはこっちな」


 凍らせていない果物を指す。


「冷たいのはやめとこうな」


 きゅる。


 キュ。


「あとで少しだけ切るから」


 ノアはもう人数分のスプーンを並べていた。


 早い。


 凍った黄色い果肉は、そのままだと硬い。


 少し砕いて、器の中で混ぜる。


 ざらりとした柔らかな塊になった。


 赤い実も細かく潰す。


「これなら食いやすそうだな」


 カインが器を覗き込む。


 ノアは完成したものを見つめた。


 満足そうに頷く。


「自家製シャーベット」


「冷凍した果物を潰しただけだろ」


「自家製シャーベット」


「そこは譲らないのか」


 テラが苦笑する。


 ノアが最初に黄色い果肉をすくった。


 口へ入れる。


 一瞬。


 目が少しだけ見開かれた。


「……冷たい」


「そりゃそうだ」


「甘い」


 もう一口。


 ゆっくり味わう。


「美味しい」


 短い。


 でも。


 口元が少し緩んでる。


「そんなにか」


 俺も同じものをすくった。


 口へ。


「冷たっ」


 舌に触れた瞬間、一気に冷える。


 そのあとから、果物の甘さと香りが広がってきた。


「おお」


 ただ冷やしただけとは少し違う。


 潰した果肉が口の中で溶けていく。


「これ、うまいな」


 アクセルは赤い実を食べている。


「少し酸っぱい」


「嫌か?」


「いや」


 もう一口。


「肉の後なら、これくらいでいい」


 テラは丸い果物。


 細かく刻んであるから、そのまま噛める。


「悪くないな」


 カインは器をゆっくり混ぜていた。


「少し溶けると、また感じ方が変わりますね」


「本当か?」


 俺も少し待ってから食べてみる。


「あ。さっきより甘い気がする」


「冷たさが少し和らいだからでしょうか」


「へえ」


 横を見る。


 ノアは三種類を順番に食べていた。


 一口ずつ。


 妙に真剣だ。


「どれが一番うまい?」


 手が止まった。


 黄色。


 赤。


 丸い果物。


 一つずつ見る。


 しばらく考えて。


「全部」


「選べないのかよ」


「それぞれ違う」


 黄色を指す。


「これは甘い」


 次に赤。


「これは酸味がある」


 最後に丸い果物。


「これは食感が残る」


「本当に比較してたんだな」


「当然」


 昼から言っていた性能確認と比較。


 どうやら。


 ただ食べたかっただけではないらしい。


 少なくとも、本人の中では。


「ここちゃん、むぎ。待たせたな」


 凍らせていない果物を、小さく切る。


 二匹の前へ、それぞれ少量。


 ここちゃんはすぐに鼻先を寄せた。


 一口齧る。


 ゆっくり食べ始める。


 むぎも自分の分を両手で抱えた。


 小さな口で夢中になって齧っている。


「お前らは常温な。腹冷やしたら困るから」


 ノアがここちゃんの頭を撫でる。


「常温でも甘い」


「お前が食べるなよ」


「食べない」


 言いながら、視線はシャーベットに戻っている。


 まあ。


 そっちがあるなら取らないか。


 皿に並んでいたシャーベットは、あっという間になくなった。


 最後に残った溶けかけの果汁まで、ノアがきれいにすくい取る。


「満足したか?」


「した」


 空になった皿を見る。


「また作る」


「明日も?」


「果物が残っている」


「そのために買ったんだろ」


「比較は一度では不十分」


「また始まったよ」


 笑いながら、保冷庫を見る。


 高かった。


 それは間違いない。


 買う時はかなり迷ったし、今でも値段を思い出せば安いとは思わない。


 でも。


 満足そうに空の皿を見ているノア。


 常温の果物を食べ終えて、近くで寛いでいるここちゃんとむぎ。


 アクセルも、さっきまで赤い実の皿を名残惜しそうに見ていた。


 テラとカインも、どうやら気に入ったらしい。


「高かったけど」


「何がだ?」


 アクセルがこっちを見る。


「保冷庫」


 扉へ手を置く。


「いい買い物だったな」


「だから、最初から買えばいいと言っただろ」


「金があるから買ったんじゃない」


「分かってる」


「本当に分かってるか?」


「結果がよければ同じだ」


「同じじゃない」


 思わず笑った。


 保冷庫の中には、まだ果物が残っている。


 明日も。


 たぶんノアは、また何か凍らせるんだろう。


 ……比較のために。


 たぶん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。