自家製シャーベット
果物を冷凍スペースへ入れてから、数時間が過ぎた。
窓から差し込む光も、少しずつ赤みを帯びている。
「そろそろ夕方だな」
立ち上がると、カインも頷いた。
「ええ。修理をお願いしていた蛇口を受け取りに行きましょう」
保冷庫の前に座っていたノアが、ゆっくり顔を上げる。
「果物は?」
「まだ出さないぞ」
台所の保冷庫を見る。
「せっかく冷凍してるんだ。帰ってきて、飯を食った後だ」
「……了解」
返事はした。
したけど。
立ち上がったノアの視線は、まだ保冷庫に残っている。
「果物は逃げないぞ」
「分かっている」
「なら行くぞ」
ようやく視線が外れた。
ここちゃんを抱き上げる。
きゅる。
むぎは胸元だ。
みんなで魔道具屋へ向かう。
ノアはもう扉の前にいる。
……そんなに急いでも、帰ってくるまで冷凍スペースは開けられないぞ。
⸻
魔道具屋を訪れると、店主はすぐに奥から蛇口を持ってきた。
「お待たせいたしました」
布の上へ、磨かれた蛇口が置かれる。
「内部の部品を一つ交換し、詰まっていた汚れも取り除いてあります」
店主が蛇口の先を軽く動かした。
「これで、また長く使えると思いますよ」
「助かった」
受け取って確認する。
新しい物へ交換するより、使える物を直して使えるならその方がいい。
「保冷庫はいかがでしたか?」
「問題なく――」
「果物を冷凍している」
俺が答えるより早かった。
横を見る。
ノアは真顔だ。
「おお。さっそく冷凍機能をお使いになったのですね」
店主が嬉しそうに笑う。
「夏場は冷たい甘味を作る方も多いですよ」
「甘味」
ノアの目がわずかに細くなる。
「早く帰る」
「はいはい」
店主に代金を支払い、店を出た。
ここちゃんは腕の中。
むぎは胸元から顔を出している。
その横を、ノアがさっさと歩いていく。
「そんなに急いでも、果物は逃げないぞ」
「分かっている」
「じゃあもう少し普通に歩けよ」
「普通だ」
「行きより速いぞ」
「気のせいだ」
絶対に違う。
カインが横で小さく笑っていた。
⸻
拠点へ戻る。
ここちゃんを床へ下ろす。
むぎも胸元から出ると、すぐ近くで鼻を動かし始めた。
カインへ蛇口を渡す。
「じゃあ、頼む」
「はい。取り付けてしまいましょう」
カインが流し台の下へ潜り込む。
俺も横から覗き込んだ。
「何か手伝うか?」
「大丈夫です」
「本当に手際いいな」
「構造はそれほど複雑ではありませんから」
そう言いながら、迷いなく部品を合わせていく。
しばらくして。
「一度、流してみてください」
「分かった」
蛇口をひねる。
最初に、小さく空気の抜ける音。
その直後。
じょろじょろと水が流れ出した。
「おお」
途中で止まらない。
濁りもない。
「直ったな」
「これで、また普段通りに使えますね」
カインが流し台の下から出てきて、手についた汚れを布で拭う。
一度閉じる。
もう一度開く。
やっぱり問題なく流れた。
「使えるのが当たり前になると、壊れた時に困るな」
「便利な物とはそういうものだ」
テラも蛇口を見る。
「保冷庫も、すぐ同じ扱いになるんじゃないか?」
「まだ買ったばかりだぞ」
「すでに一人、離れられなくなっているが」
テラの視線を追う。
ノアが保冷庫の前にしゃがみ込んでいた。
扉へ手をかける。
「開けるなよ」
ぴたり。
手が止まった。
「確認」
「何の」
「凍結状況」
「飯の後まで待て」
ノアがこっちを見る。
「駄目」
「まだ何も言っていない」
「顔が言ってる」
「……了解」
渋々立ち上がる。
その足元へ、ここちゃんが寄っていった。
きゅる。
保冷庫の方へ鼻先を向ける。
少し離れたところでは、むぎもこっちを見ていた。
「お前らも気になるのか?」
しゃがんで、ここちゃんの頭を撫でる。
耳がゆっくり後ろへ倒れた。
むぎはというと。
保冷庫より、台の上に残してある果物の方を見ている。
「むぎは、まだ残ってる方が気になるみたいだな」
「合理的」
ノアが真顔で言った。
「食べられる可能性が高い方を選んでいる」
「お前と同じだな」
「違う」
「どこがだよ」
⸻
夕食は手軽に済ませることにした。
肉を一口ほどの大きさに切って、串へ刺す。
塩。
それから香りの強い葉を細かく刻んで、少しだけ。
火へかざす。
じゅう。
肉から落ちた脂が弾けた。
香ばしい匂いが広がる。
「もう食えるか?」
アクセルが寄ってきた。
「まだだ」
「焼けてるだろ」
「表面だけだ」
串へ伸びてきた手を叩く。
「熱いぞ」
「それくらい分かってる」
「じゃあ待て」
ここちゃんとむぎは、火から少し離れたところにいる。
ここちゃんは座って耳を動かし。
むぎは小さな鼻をひくひくさせていた。
焼けた串を皿へ並べる。
パンも切って、テーブルへ。
「よし」
席へ着く。
アクセルがすぐに串を取った。
大きく肉へ齧りつく。
「うまい」
「まだ熱いだろ」
「熱い方がうまい」
「舌やけどしても知らんぞ」
テラも肉を一つ口へ入れる。
「味付けは薄いが、肉の味が分かるな」
「文句なら自分で作れ」
「褒めている」
「そう聞こえないんだよ」
横でカインが笑う。
「香りもよいですね」
ノアも黙々と食べていた。
ただ。
いつもより速い。
「ノア」
「何だ」
「急いで食うと喉に詰まるぞ」
「急いでいない」
「速いぞ」
「通常範囲」
「どこの通常だよ」
最後の肉を口へ。
しっかり噛む。
パンも食べる。
飲み込む。
「ごちそうさま」
椅子が引かれた。
「早いな!」
もう立っている。
ノアは何事もなかったように台所へ向かった。
隠す気あるのか、あれ。
「分かりやすいな」
アクセルが残った串を持ったまま言う。
「待ち切れなかったんだろう」
テラも後ろ姿を見る。
「昼からずっと保冷庫を気にしていたからな」
「果物だろ」
「同じようなものだ」
そうか?
ノアはもう保冷庫の前へしゃがみ込んでいる。
厚い扉を開ける。
白い冷気がゆっくり流れ出した。
さらに下の、小さな冷凍スペース。
そこへ手をかける。
「どうだ?」
俺も席を立った。
みんなも自然と集まってくる。
冷凍スペースの中には、昼に入れた皿が並んでいた。
赤い実。
すり潰した黄色い果肉。
小さく刻んだ丸い果物。
どれも固まっている。
表面には薄く霜までついていた。
「凍ってるな」
赤い実へ手を伸ばす。
「待って」
ぱし。
「痛っ。何だよ」
「全員で食べる」
「一個くらいいいだろ」
「駄目」
「厳しいな」
ノアは皿を一つずつ取り出す。
落とさないよう、妙に慎重だ。
テーブルの中央へ並べる。
ここちゃんも寄ってきた。
鼻をひくひくさせながら、椅子の脚へ前足をかける。
むぎもその近くで、小さな鼻を動かしている。
「お前らはこっちな」
凍らせていない果物を指す。
「冷たいのはやめとこうな」
きゅる。
キュ。
「あとで少しだけ切るから」
ノアはもう人数分のスプーンを並べていた。
早い。
凍った黄色い果肉は、そのままだと硬い。
少し砕いて、器の中で混ぜる。
ざらりとした柔らかな塊になった。
赤い実も細かく潰す。
「これなら食いやすそうだな」
カインが器を覗き込む。
ノアは完成したものを見つめた。
満足そうに頷く。
「自家製シャーベット」
「冷凍した果物を潰しただけだろ」
「自家製シャーベット」
「そこは譲らないのか」
テラが苦笑する。
ノアが最初に黄色い果肉をすくった。
口へ入れる。
一瞬。
目が少しだけ見開かれた。
「……冷たい」
「そりゃそうだ」
「甘い」
もう一口。
ゆっくり味わう。
「美味しい」
短い。
でも。
口元が少し緩んでる。
「そんなにか」
俺も同じものをすくった。
口へ。
「冷たっ」
舌に触れた瞬間、一気に冷える。
そのあとから、果物の甘さと香りが広がってきた。
「おお」
ただ冷やしただけとは少し違う。
潰した果肉が口の中で溶けていく。
「これ、うまいな」
アクセルは赤い実を食べている。
「少し酸っぱい」
「嫌か?」
「いや」
もう一口。
「肉の後なら、これくらいでいい」
テラは丸い果物。
細かく刻んであるから、そのまま噛める。
「悪くないな」
カインは器をゆっくり混ぜていた。
「少し溶けると、また感じ方が変わりますね」
「本当か?」
俺も少し待ってから食べてみる。
「あ。さっきより甘い気がする」
「冷たさが少し和らいだからでしょうか」
「へえ」
横を見る。
ノアは三種類を順番に食べていた。
一口ずつ。
妙に真剣だ。
「どれが一番うまい?」
手が止まった。
黄色。
赤。
丸い果物。
一つずつ見る。
しばらく考えて。
「全部」
「選べないのかよ」
「それぞれ違う」
黄色を指す。
「これは甘い」
次に赤。
「これは酸味がある」
最後に丸い果物。
「これは食感が残る」
「本当に比較してたんだな」
「当然」
昼から言っていた性能確認と比較。
どうやら。
ただ食べたかっただけではないらしい。
少なくとも、本人の中では。
「ここちゃん、むぎ。待たせたな」
凍らせていない果物を、小さく切る。
二匹の前へ、それぞれ少量。
ここちゃんはすぐに鼻先を寄せた。
一口齧る。
ゆっくり食べ始める。
むぎも自分の分を両手で抱えた。
小さな口で夢中になって齧っている。
「お前らは常温な。腹冷やしたら困るから」
ノアがここちゃんの頭を撫でる。
「常温でも甘い」
「お前が食べるなよ」
「食べない」
言いながら、視線はシャーベットに戻っている。
まあ。
そっちがあるなら取らないか。
皿に並んでいたシャーベットは、あっという間になくなった。
最後に残った溶けかけの果汁まで、ノアがきれいにすくい取る。
「満足したか?」
「した」
空になった皿を見る。
「また作る」
「明日も?」
「果物が残っている」
「そのために買ったんだろ」
「比較は一度では不十分」
「また始まったよ」
笑いながら、保冷庫を見る。
高かった。
それは間違いない。
買う時はかなり迷ったし、今でも値段を思い出せば安いとは思わない。
でも。
満足そうに空の皿を見ているノア。
常温の果物を食べ終えて、近くで寛いでいるここちゃんとむぎ。
アクセルも、さっきまで赤い実の皿を名残惜しそうに見ていた。
テラとカインも、どうやら気に入ったらしい。
「高かったけど」
「何がだ?」
アクセルがこっちを見る。
「保冷庫」
扉へ手を置く。
「いい買い物だったな」
「だから、最初から買えばいいと言っただろ」
「金があるから買ったんじゃない」
「分かってる」
「本当に分かってるか?」
「結果がよければ同じだ」
「同じじゃない」
思わず笑った。
保冷庫の中には、まだ果物が残っている。
明日も。
たぶんノアは、また何か凍らせるんだろう。
……比較のために。
たぶん。




