まずは食と住(ただし無限収納は後出しです)
森の朝は、容赦がない。
寒い。
湿気がまとわりつく。
鳥の鳴き声はやたら元気だが、こっちは異世界二日目だ。
寝不足。
だが、腕の中の白い温もりがある。
ここちゃんは俺の腕から抜け出し、周囲をくんくんと確認している。
胸ポケットのむぎちゃんは、まだ丸まったまま。
「……まず水だな」
《周囲半径二百メートル以内に水源反応》
「便利だな」
《誇ってください》
「誇らない」
歩きながら、空気の流れを感じる。
昨日よりも、少しだけ世界がはっきりしている。
湿気の濃い方向。
地面の傾き。
わずかな水音。
(これが……魔力ってやつか?)
視覚じゃない。
感覚だ。
空気の“重み”が分かる。
《初期適応が進行中です》
やがて、小さな川を発見する。
「よし」
手ですくう。
冷たいが澄んでいる。
《飲用可》
「助かる」
ここちゃんにも少量。
むぎちゃんは目をこすりながら顔を出した。
キュッ。
「おはよう」
その一言で、不思議と胸の重さが消える。
まだ、生きてる。
⸻
次は拠点。
雨風を防げる場所。
《北西方向に岩場確認》
移動。
低い崖の下に窪みがある。
天然の簡易シェルター。
「合格」
落ち葉を集める。
枝を組む。
地面の湿気が強い。
このままだと体温を奪われる。
「……ちょっと待て」
手をかざす。
さっき感じた“何か”を思い出す。
空気の流れ。
押し出す感覚。
地面に意識を向ける。
じわり、と湿気が逃げる。
落ち葉が少し乾く。
「……おお」
《無属性魔力制御:微弱乾燥成功》
「やっぱ魔力か」
《分類上は無属性です》
「名前はどうでもいい」
生活に使えるなら十分だ。
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「……あとは食料」
腹は減る。
ここちゃんの草も必要。
むぎちゃんの種も有限だ。
森を歩く。
鑑定を連発。
《食用可》
《毒》
《不可》
取捨選択。
理系脳フル回転。
罠を仕掛ける。
簡易スネアトラップ。
枝を曲げ、蔦で固定。
「これで小型なら取れる」
《経験値が増加しています》
「なにそれ」
《鑑定精度が使用回数により向上します》
「それは先に言え」
森の奥。
岩肌に白い結晶が露出している。
「……これ」
《岩塩》
数秒、固まる。
「勝ったな」
塩。
文明の基礎。
テンションが一気に上がる。
ここちゃんは草をもしゃもしゃ。
むぎちゃんは胸ポケットから外を観察。
なんとかなる。
本気で、そう思えた。
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夕方。
罠に小型の獣がかかっていた。
申し訳ないが、いただく。
血抜き。
解体。
焚き火の準備。
「火打石とかないよな……」
嫌な予感。
「……ないよな?」
《……無限収納が使用可能です》
時間が止まる。
「は?」
《転生特典の一部です》
「なんで今言う」
《優先度判定の結果——》
「中身は?」
《現在、空です》
「空ぁ?!」
森に叫びが響く。
ここちゃんがぴくりと耳を動かす。
むぎちゃんがキュッと鳴く。
「……役に立たねぇ」
《保存機能としては優秀です》
「今は火だよ火!」
深呼吸。
乾いた枝を選ぶ。
削った棒と火床を用意。
棒を回す。
ゴリゴリ。
手が痛い。
煙は出る。
でも火にならない。
「くそ……」
汗が滲む。
そのとき、思い出す。
さっきの感覚。
空気の流れ。
押し出す力。
「……摩擦、少しだけ補助できるか?」
棒に意識を集中する。
ほんの少しだけ。
力を流す。
摩擦が増す。
煙が濃くなる。
赤い火種。
「いけ……!」
ふっと息を吹きかける。
ぱち、と小さな火が生まれた。
《無属性魔力制御:熱量補助成功》
「魔力って、便利だな」
《分類上は無属性です》
「うるさい」
ようやく肉を焼く。
岩塩を振る。
じゅう、と音がする。
香りが立つ。
一口。
「……うまい」
塩だけ。
でも、生きている味だ。
ここちゃんの頭を撫でる。
むぎちゃんに小さく分ける。
夜。
焚き火の前。
ここちゃんは足元に寄り添う。
むぎちゃんは胸元で丸まる。
今日は、ちゃんと守れた。
異世界二日目。
なんとか生きている。
だが。
森の奥から、低い唸り声が響いた。
重い。
ただの獣じゃない。
何かが倒れる音。
血の匂いが風に乗る。
「……何だ?」
焚き火が、ぱちりと爆ぜた。
俺はまだ知らない。
この森で出会うことになる存在が、
俺の異世界生活を一気に加速させることを。
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