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戻りたい場所


 夜風が静かに吹いていた。


 誰も口を開かない。


 カインの言葉を待っていた。


「司令は固定の観測でした」


 カインが静かに言う。


「魔王はレインさんの無属性魔法を知っていました」


「だから私に観測を命じた」


 理由は教えられない。


 いつもそうだった。


 何故それを調べるのか。


 何故それが重要なのか。


 魔王は何も語らない。


 ただ命じるだけ。


 カインは従うだけ。


「そして私は固定を観測しました」


「報告も済ませています」


 そこでカインの視線が僅かに動く。


 テラの肩。


 そこで丸くなっているむぎ。


 一瞬だった。


 本当に一瞬。


 だが。


 レインは見逃さなかった。


「役目は終わったはずでした」


 カインは続ける。


「だから私は帰りました」


「元の生活へ」


 静かな声だった。


 昔から変わらない生活。


 魔王の国。


 隠れて暮らす魔人達。


 存在を知られないように。


 人から距離を置いて。


 静かに生きる。


「皆穏やかでした」


「争いもありません」


「不自由もありません」


 一拍。


「それなりに平和でした」


 カインは夜空を見上げる。


「ですが」


 小さく笑った。


「どこか閉鎖的でした」


 誰も外へ出ようとはしない。


 誰も変化を望まない。


 それが当たり前だった。


「私は人間として外へ出ることもありました」


「他の大陸へ行くこともありました」


「ですが」


 言葉を探すように少し間を置く。


「いつも感じていたんです」


「ここは私の居場所ではない、と」


 レイン達は黙って聞いていた。


「魔人の国でも」


「外の世界でも」


「私はどこか浮いていました」


 カインは苦笑する。


「今思えば」


「昔からそうだったのかもしれません」


 夜風が吹く。


 ここちゃんの耳がぴくりと動く。


 むぎはテラの肩で丸くなったままだ。


「ですが」


 カインの表情が少しだけ柔らかくなった。


「皆さんと過ごして」


「初めて心地良いと思えたんです」


 レインは何も言わない。


「一緒に食事をして」


「依頼へ行って」


「馬鹿みたいな話をして」


 少しだけ笑う。


「皆で何かを作って」


「失敗して」


「また作って」


「笑って」


 カインは首を横に振った。


「私は」


「こんなに笑ったことがありませんでした」


 その言葉に嘘はなかった。


「報告を終えて戻った後も」


「何度も思い出しました」


 食卓。


 拠点。


 炭焼台。


 串焼き。


 くだらない会話。


 何気ない日々。


「そして気付いたんです」


 一拍。


「あそこへ戻りたい、と」


 それは初めて抱いた感情だった。


「心からそう思いました」


 長い沈黙が落ちる。


 カインはゆっくり立ち上がった。


 そして。


 深く頭を下げる。


「だから私は魔王へ告げました」


「この国から、そしてあなたの側を離れると」


 夜風だけが静かに流れる。


「魔王は止めませんでした」


「理由も聞きませんでした」


「ただ」


 少しだけ笑う。


「送り出してくれました」


 そして顔を上げる。


「だから私は」


「自分の意思で、ここへ戻ってきました」


 その言葉は。


 誰かに許しを求めるものではなかった。


 ただの本音だった。


 レインはしばらく黙っていた。


 それから。


 小さく息を吐く。


「そうか」


 それだけだった。


 だが。


 カインは少しだけ肩の力を抜いた。


 その一言で十分だった。


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