観測者
夕食の後だった。
片付けを終えたレイン達は椅子を持ち出し、庭へ出ていた。
夜風が心地良い。
空には星が見える。
ここちゃんはレインの足元で丸くなり。
むぎはテラの肩の上で欠伸をしていた。
とりとめのない話が続く。
月例市。
燻製。
ポルチーニ。
最近の依頼。
笑い声も混じる。
だが。
その話題が途切れた時だった。
「話さなければならないことがあります」
カインが口を開いた。
穏やかな声だった。
だが。
どこか覚悟を決めたような響きがあった。
自然と全員の視線が集まる。
カインは少しだけ間を置いた。
そして。
「私は」
一拍。
「魔王の配下でした」
沈黙が落ちた。
夜風だけが庭を抜けていく。
「……魔王?」
最初に声を出したのはレインだった。
思わず聞き返してしまう。
アクセルも眉をひそめる。
テラも驚いていた。
「存在するのか」
ぽつりと呟く。
カインは静かに頷いた。
「ただ」
「皆さんが想像する魔王とは少し違います」
夜空へ視線を向ける。
「何事にも干渉しません」
「争いも好みません」
「命令すらほとんど出しません」
一拍。
「ただ見ているだけです」
「見ているだけ?」
レインが首を傾げる。
「はい」
カインが頷いた。
「一度だけ」
「自らを観測者と呼んでいました」
観測者。
聞き慣れない言葉だった。
ノアだけが僅かに目を細める。
だが何も言わない。
カインは続けた。
「私は」
「地図から消えた国で生まれました」
静かな声だった。
「今では存在すら忘れられています」
「魔王が治める国です」
レイン達は黙って聞いている。
「私は蝙蝠魔人です」
「本来の姿には羽と耳があります」
カインが自分の頭へ触れる。
「魔人は人とは距離を置いて生きています」
「恐れられるからです」
「見つからないように」
「存在を悟られないように」
「そう教えられて育ちました」
火の消えた炭焼台を見る。
赤い火が僅かに残っていた。
「私には擬態の才能がありました」
「人間へ姿を変えることが出来た」
「だから」
一拍。
「魔王の目耳として使われました」
誰も口を挟まない。
「時折司令が届きます」
「どこへ行け」
「誰を見ろ」
「何を調べろ」
それだけ。
「理由は教えられません」
「目的も知りません」
「何故それを調べるのかも」
「私は知りませんでした」
ただ。
それが役目だった。
カインはそう言った。
長い沈黙が落ちる。
星空を見上げる。
風が吹く。
むぎが小さく身じろぎした。
ここちゃんは眠そうに目を細めている。
そして。
カインは静かにレインを見た。
「レインさん達へ近付いたのも」
一拍。
「魔王からの司令でした」
夜の静けさが。
少しだけ重くなった気がした。




