肩慣らし
数日後。
テラは白兎長椅子に座っていた。
本を読んでいる。
最近ずっとだ。
朝も。
昼も。
夜も。
「気に入りすぎだろ」
俺が言う。
テラは本から目を離さない。
「良いからな」
即答だった。
アクセルが鼻を鳴らす。
「認めたか」
「認めた」
こちらも即答だった。
⸻
翌朝。
テラが本を閉じた。
「森へ行きたい」
俺は顔を上げる。
「依頼か?」
「いや」
テラは立ち上がる。
「肩慣らしだ」
数日しか経っていない。
だが本人は本気らしい。
アクセルが笑う。
「行くか」
「行く」
話は早かった。
ノアも立ち上がる。
「同行する」
ここちゃんが、きゅる、と鳴く。
むぎもキュと続いた。
⸻
森の奥。
肩慣らしと言いながら。
テラの肩には、むぎが乗っていた。
のんびりしたものである。
魔物が現れても。
テラが矢を放つ。
一射。
二射。
終わり。
肩慣らしも終わりである。
「鈍ったんじゃなかったのか」
「鈍った」
説得力がなかった。
⸻
さらに森を進む。
背の高いブナの木が増えてきた。
風が吹く。
葉が揺れる。
その時だった。
ぐい。
テラの長い髪が引っ張られた。
「ん?」
肩を見る。
むぎが髪を両手で掴んでいる。
真剣な顔だった。
キュ。
さらに。
ぐい。
「どうした」
むぎは前を指す。
キュ。
キュ。
テラは少しだけ首を傾げた。
「向こうか」
肩からむぎを優しく持ち上げる。
そして地面へ下ろした。
⸻
むぎは一直線に走った。
とことこ。
とことこ。
向かった先は一本のブナの木。
その根元だった。
落ち葉の間。
そこに茸が生えている。
丸々としていた。
むぎは駆け寄る。
両手で抱える。
持ち上がらない。
もう一度。
持ち上がらない。
キュ!
少し悔しそうだった。
テラが近付く。
「欲しいのか?」
むぎが勢いよく振り返る。
キュ!
即答だった。
テラは小さく笑う。
茸を手に取った。
「お前が食べていいかはレインに聞いてからだな」
キュ!
返事らしかった。
⸻
「何を見つけたんだ」
俺も近付く。
受け取る。
見覚えはない。
《鑑定》
《茸類》
《食用可》
《毒性反応なし》
「食えるらしい」
アクセルが茸を見る。
「茸だな」
「茸だ」
テラが頷く。
ノアも見る。
「茸だな」
全員知っていた。
茸である。
それ以上は分からなかった。
俺は茸を鼻へ近付ける。
香りを嗅ぐ。
ナッツのような香ばしさ。
それに。
森。
湿った土。
そんな野性的な香りが混ざっていた。
嫌な匂いではない。
むしろ良い。
だが。
見覚えはなかった。
⸻
周囲を見る。
同じ茸が何本も生えている。
「せっかくだ」
「持って帰るか」
むぎが嬉しそうに鳴いた。
キュ!
自分の成果だと胸を張ってるように見えた。
⸻
夕方。
拠点。
採取した茸を並べる。
まずは食べてみることにした。
「無難に焼くか」
余計なことはしない。
油を引く。
切った茸を並べる。
じゅう、と音が鳴った。
⸻
しばらくして。
香りが立つ。
俺の手が止まった。
生の時とは違う。
濃い。
深い。
部屋いっぱいに広がる芳醇な香り。
独特の旨味を思わせる匂い。
思わずもう一度吸い込む。
その瞬間だった。
⸻
前世。
季節限定。
クリームパスタ。
レストラン。
ファミレス。
何度も食べた。
⸻
「おいおい」
思わず笑った。
アクセルが振り向く。
「どうした」
俺は茸を見る。
もう一度香りを嗅ぐ。
間違いない。
「ポルチーニじゃねぇか」
立ち上がる。
テラが首を傾げる。
「知っているのか」
「知ってるどころじゃない」
俺は外套を掴んだ。
「市だ」
「は?」
「急ぐ」
アクセルが眉をひそめる。
ノアが言う。
「何が必要だ」
俺は即答した。
「ミルクとチーズ」
そして走り出す。
今夜の献立は決まった。
ポルチーニクリームパスタである。




