ソファ
昼下がり。
白兎の庭の拠点は静かだった。
ノアは本を読んでいる。
アクセルは剣の手入れ。
むぎはレインの胸ポケット。
ここちゃんは窓際で伸びていた。
そして。
テラは椅子に座り、本を読んでいた。
ページをめくる音だけが響く。
しばらくして。
テラが本を閉じた。
立ち上がる。
そのまま腰を伸ばした。
ぐっと背筋を反らす。
レインが顔を上げる。
「どうした」
「いや」
テラは肩を回した。
「長く座ると腰にくるな」
レインは椅子を見る。
木製。
どこにでもある椅子だ。
アクセルが手を止める。
「硬いからな」
「そうかもしれない」
テラは否定しなかった。
レインは周囲を見回す。
家具屋で見たの長椅子は木のベンチ。
その上にクッションを置いているだけ。
王都でも。
精霊大陸でも。
帝国でも。
大きな違いはなかった。
「精霊大陸には木を編んだ椅子もある」
テラが言った。
「編んだ椅子?」
「ああ。木や蔓を使う」
レインは少し興味を持つ。
「座り心地は?」
「悪くない」
テラは少し考えた。
「だが長時間は厳しいな」
ノアも頷く。
「こちらの椅子と大差ない」
「吊るして使う寝具もあるぞ」
「寝具?」
「布を張ったものだ」
テラが両手で形を作る。
「揺れる」
「ああ、ハンモックか」
「そう呼ぶのか」
レインは腕を組んだ。
なるほど。
工夫はある。
だが。
長時間座る前提ではない。
読書。
書き物。
考え事。
そういう用途には向かない。
「クッション置けば多少は良くなるんだろうけどな」
座面はどうにかなる。
問題は。
「背もたれがなぁ」
長時間座るならそこだ。
前世の記憶がよぎる。
柔らかい座面。
背中を預けられる背もたれ。
読書。
昼寝。
最高だった。
「ソファがあればなぁ」
「ソファ?」
ノアが顔を上げた。
「何だそれ」
「柔らかい椅子みたいなもんだ」
「椅子なのか」
「説明は難しい」
レインは腕を組んだ。
木枠。
柔らかい座面。
背もたれ。
その辺までは覚えている。
その時。
脳裏に浮かんだ。
ベッド。
そして。
ポケットコイル。
「あ」
ノアが嫌な予感を察した顔をした。
「その顔はやめろ」
「何か思いついた顔だ」
「思いついた」
「そうか」
ノアは本を閉じた。
諦めたらしい。
レインは立ち上がる。
「ちょっと行ってくる」
⸻
最初に向かったのは鍛冶屋だった。
店へ入る。
親父が顔を上げる。
そして。
レインを見る。
紙を見る。
またレインを見る。
「またお前か」
「挨拶みたいになってるな」
「嫌な予感しかしねぇ」
レインは図面を出した。
親父が受け取る。
見る。
沈黙。
「……何だこれ」
「コイルだ」
「それは分かる」
親父は図面を叩いた。
「今度は何に使う」
「椅子」
「は?」
レインは真顔だった。
親父は天井を見上げた。
「ベッドの次は椅子か」
「そうなるな」
「ならねぇよ」
⸻
次は大工。
図面を広げる。
大工が見る。
首を傾げる。
「空洞だな」
「ああ」
「何でだ」
「中に入れる」
「何を」
「コイル」
大工が止まった。
「……鍛冶屋は何て言ってた」
「またお前か」
「だろうな」
⸻
最後は家具屋だった。
「長いクッションが欲しい」
店主が瞬きをする。
「長い?」
「ああ」
レインは両手を広げた。
店主は黙った。
「でかいな」
「あと背もたれ用も欲しい」
「背もたれ用?」
「長いやつ」
店主はさらに黙った。
「何を作る気だ」
「ソファ」
「ソファ?」
「柔らかい椅子だ」
レインは適当だった。
店主は理解を諦めた顔をする。
「固定はどうする」
「紐で縛ればいいんじゃないか?」
店主が少し嫌そうな顔をした。
「まぁ、一旦作ってみるか」
「頼む」
綿。
布。
クッション。
次々に注文していく。
店主は最後まで納得していなかった。
⸻
夕方。
拠点へ戻る。
レインは机に図面を広げた。
ノアが覗き込む。
テラも来る。
アクセルも見る。
「作るのか」
テラが言う。
「ああ」
レインは頷いた。
「腰が楽になるかもしれん」
テラが少し笑った。
「楽しみにしている」
さて。
職人達には迷惑をかけることになるだろう。
だが。
便利になるなら問題ない。
たぶん。
きっと。
恐らく。
家具屋だけは、紐で固定という部分が引っ掛かっている気がした。




