弓のにいちゃん
昼前。
サイファの通りは、いつものように賑わっていた。
荷車の音。
鍛冶屋の金槌の音。
焼いたパンの匂い。
石畳の上を、人が行き交う。
その中を、白兎の庭は歩いていた。
レインが前。
アクセルとノアが続く。
そして、その少し後ろ。
テラが歩く。
長い髪。
背には弓。
姿勢は静かで、無駄がない。
その肩の上に、むぎがいた。
キュ。
小さく鳴く。
通りを歩く人の視線が、自然と集まる。
一度、テラを見る。
次に、肩を見る。
そして、もう一度テラを見る。
明らかに二度見だ。
「……見られてるな」
レインが小さく言う。
ノアが短く返す。
「珍しい」
アクセルは気にしない。
「目立つ」
その通りだった。
エルフ自体、この街では珍しい。
しかも男で、背に弓。
雰囲気は静かで、顔も整っている。
気軽に声をかけにくい。
少し離れたところから見られて終わる――はずだった。
キュ。
むぎが肩の上で小さく鳴く。
その瞬間。
子どもの声が飛んだ。
「わあっ! ハムスターだ!」
早い。
視線が一気に変わる。
「ほんとだ!」
「かわいい!」
「乗ってる!」
子どもたちが駆け寄ってくる。
テラの足が止まる。
肩の上のむぎは逃げない。
むしろ、少しだけ胸を張っている。
「弓のお兄ちゃん!」
男の子が目を輝かせる。
「近くで見せて!」
その呼び方に、レインは思わず口元を緩めた。
弓のお兄ちゃん。
ひどく雑だ。
でも悪くない。
テラは一瞬だけ目を瞬かせた。
それから、しゃがむ。
静かに膝を折る。
子どもと目線が近くなる。
「驚かせるな」
声は穏やかだ。
固くない。
近くで見ると、むぎはますます小さい。
子どもたちの顔が、さらに近づく。
「すごい……」
「乗ってる……」
「おとなしい……」
テラは肩を少し傾けた。
むぎが落ちないよう、片手はさりげなく添えている。
「触るなら、ゆっくりだ」
子どもたちが一斉にうなずく。
「うん!」
指先が、そっと伸びる。
むぎは逃げない。
キュ。
少し得意げだ。
テラの表情が、わずかにやわらぐ。
口元だけ。
だが、はっきりと分かる。
優しい顔だった。
その様子を、通りの大人たちが見ている。
「あの弓の兄ちゃん、優しいな」
「見た目は静かで怖そうだったが」
「むぎ乗せてる時点で怖くはないだろ」
冒険者まで笑っている。
「弓のにいちゃん、もう馴染んでるじゃねぇか」
別の声が返る。
「むしろ肩のやつが強い」
キュ。
むぎが鳴く。
抗議かもしれない。
テラは子どもの手元を見ながら、小さく言う。
「そこは嫌がる」
「ごめん!」
「こっちなら平気だ」
促し方が自然だ。
慣れている。
レインが横で小さく息を吐く。
「……子ども相手、慣れてるな」
ノアが言う。
「意外ではない」
アクセルは短く言う。
「そういうやつだ」
それで十分だった。
ここちゃんはレインの腕の中で耳を動かしている。
きゅる。
少しだけ羨ましそうにも見える。
「お、うさぎさんもいる!」
子どもの一人が気づく。
空気がさらにやわらぐ。
テラは立ち上がる前に、むぎがずれないよう軽く肩を支えた。
動作は丁寧だった。
「ギルドに行くぞ」
アクセルが言う。
テラがうなずく。
「ああ」
子どもたちが手を振る。
「弓のお兄ちゃん、またね!」
テラが少しだけ振り返る。
大きくは振らない。
だが、手は上がる。
「ああ」
短い返事。
それで十分だ。
通りをまた歩き出す。
さっきまでと同じ石畳。
同じ街。
だが、空気は少し違っていた。
「弓のにいちゃんだ」
今度は別の場所から聞こえる。
もう広がっている。
早い。
サイファはこういう街だ。
ギルドへ着くころには、テラはもう“珍しい旅人”ではなかった。
肩にむぎを乗せた、弓のにいちゃんだった。
扉を開ける。
ミアが顔を上げる。
一瞬、止まる。
テラを見る。
むぎを見る。
もう一度テラを見る。
「……増えてる! ……って、副団長さんじゃないですか!」
やっぱりそこか。
レインは苦笑した。
「ああ。登録、頼む」
ミアの顔がぱっと明るくなる。
「はい! 白兎の庭、新メンバーですね!」
テラは静かに立っている。
肩の上で、むぎがキュ、と鳴いた。
それが、妙に誇らしげに聞こえた。




