肩の上
朝。
庭の草はまだ少し濡れていた。
夜の冷えが、わずかに残っている。
風は弱い。
静かな朝だ。
ここちゃんが庭を跳ねる。
きゅる。
草をはみ、少し進み、また止まる。
いつもの動きだ。
テラは庭先の石段に腰を下ろしていた。
長い髪が肩から流れている。
視線は、ここちゃんを追っていた。
「よく食べるな」
ぽつりと、テラが言う。
俺は扉の横にもたれて、それを見た。
「ああ。草があると、だいたいああだな」
テラが小さくうなずく。
「いい庭だ」
短い。
だが、本気だと分かる。
ここちゃんがまた草をはむ。
きゅる。
耳がゆっくり動く。
テラが少しだけこちらを見る。
「ここは落ち着く」
それだけだった。
でも、分かる。
この庭は、そういう場所だ。
風が抜ける。
草が揺れる。
その音だけで、少し肩の力が抜ける。
胸ポケットの中で、むぎが小さく動いた。
キュ。
顔を出す。
鼻が忙しく動く。
「おはよう、むぎ」
手を差し出す。
むぎはいつも通り、そこへよじ登ってきた。
そのまま、そっと地面へ下ろす。
「……ん?」
小さい足で、ちょこちょこ進む。
真っ直ぐ。
俺じゃない、いつもの桶でもない。
テラの方だ。
珍しい。
むぎは基本、自分から俺以外にはあまり近づかない。
テラも気づく。
視線が落ちる。
「……どうした?」
静かな声。
むぎは止まらない。
石段を登る。
布の裾に前足をかける。
さらに、よじ登る。
テラの手がすっと動いた。
掴まない。
だが、落ちたらすぐ支えられる位置に添う。
近い。
それだけだ。
テラはむぎを見たままぽつりと言う。
「小さい」
一拍。
「軽い」
むぎはのそのそ進む。
膝。
腰。
腕。
そして肩。
そこまで行って、ようやく止まった。
キュ。
小さく鳴く。
テラの長い髪が肩から流れている。
むぎが前足で細い髪をつかむ。
立つ。
肩の上で、ちんまりと立ち上がった。
キュ。
どこか誇らしげだ。
俺は思わず笑った。
「なんだその顔」
テラも少しだけ目を細める。
「高いのがいいらしい」
むぎは肩の上で動かない。
揺れも少ない。
ちょうどいい場所を見つけたらしい。
ここちゃんが草の上から顔を上げる。
きゅる。
少しだけ、こちらを見る。
だが、すぐにまた草へ戻る。
興味はある。
でも、草の方が大事らしい。
「慣れてるな」
俺が言う。
テラが肩の感触を確かめるように、ほんの少しだけ動く。
むぎは落ちない。
髪と肩の境目にうまく収まっている。
「無理に掴まない方が安定する」
テラが言う。
「へぇ」
「鳥と似ている」
「鳥?」
「肩に乗る小動物は、そうする」
そんな経験まであるのか。
副団長、何やってたんだ。
むぎがもう一度、キュ、と鳴く。
上機嫌だ。
ここちゃんが、ぴょん、と跳ねる。
朝の光が庭に落ちる。
風が髪を揺らす。
テラの肩の上で、むぎが少しだけ胸を張る。
俺はそれを見ながら、小さく笑う。
「……馴染むの早いな」
テラがこちらを見る。
「どっちがだ」
肩の上で、むぎがキュ、と鳴く。
俺は笑う。
「両方だな」
テラは何も言わない。
ただ、わずかに口元が緩んだ。
朝の庭は静かだった。
でも、少しだけ。
昨日までとは違っていた。




