蒼の転移罠(閑話①:ノア視点)
時は遡り。
精霊大陸。
転移迷宮・第七層。
魔力が、乱れていた。
「……おかしい」
私は足を止める。
空気が重い。
精霊たちのさざめきが、揺らいでいる。
迷宮内部の魔力流動が一定ではない。
通常なら均衡しているはずの循環が、波打っている。
不規則。
外部干渉の痕跡。
「コア付近で異常?」
S級任務としての調査。
単独行動。
問題はないはずだった。
この階層で出る魔物も、罠も、私にとっては脅威ではない。
魔物が襲いかかる。
私は指先を上げる。
「退いて」
風が裂き、炎が走る。
数体が消える。
迷宮は揺らがない。
だが――
床の魔力紋が、不自然に瞬いた。
「……?」
一瞬、違和感。
紋様の構造が、この迷宮の術式と一致していない。
「――転移陣?」
気づいた瞬間には、遅い。
足元に、幾何学的な蒼い陣式が浮かび上がる。
精霊術式とは異なる構造。
精霊との共鳴を前提としない、閉鎖型転移式。
古い。
そして、意図的。
「転移……トラップ」
対象者をどこかへ飛ばすための罠。
魔力が圧縮される。
視界が歪む。
精霊との接続が、一瞬切断される。
――嫌な感覚。
空間が裏返る。
光。
圧縮。
無音。
そして。
――再構築。
足元に魔力が戻る。
空気が違う。
湿度。
匂い。
魔力の質。
精霊の気配が、薄い。
まるで、大気そのものが異なる。
「……ここは?」
即座に魔力感知を広げる。
構造解析。
迷宮内部。
だが、精霊大陸の術式体系ではない。
魔力循環が荒い。
土地に馴染んでいない。
大陸外。
その可能性が脳裏をよぎる。
だが。
思考する暇はなかった。
周囲に魔物。
ゴブリン。
牙狼。
小型魔獣。
十数体。
しかも興奮状態。
魔力暴走の兆候。
(転移直後に戦闘か)
ため息ひとつ。
判断は一瞬。
状況把握は後。
「邪魔」
指先を上げる。
足元に蒼の陣が広がる。
「――大精霊魔法」
風が収束し、炎が螺旋を描き、雷が絡み、氷が走る。
複合展開。
魔物は、一瞬で消えた。
静寂。
焦げた匂い。
砕けた氷片。
そして――
視界の端に、人影。
銀の耳を持つ獣人。
黒髪の青年。
そして、白い兎。
青年は、驚いている。
だが。
――恐怖が、薄い。
転移直後の戦場。
初対面での精霊魔法。
それでも、崩れない。
(……妙な立ち位置)
前に出すぎない。
だが、退きすぎない。
戦場の中心に、自然といる。
精霊は、彼の周囲でわずかに揺れた。
意図的ではない。
無意識。
それが、余計に不自然だった。
「……ここは?」
私は問いかける。
黒髪が答える。
「サイファ近郊の森だ」
聞いたことのない地名。
やはり。
「……精霊大陸ではない」
転移罠は、大陸を越えた。
だが今は――
解析よりも優先すべきものがある。
足元から伝わる、別の振動。
迷宮の核が、乱れている。
「……暴走前兆」
戦いは、まだ終わっていなかった。
私は視線を上げる。
黒髪の青年と、目が合う。
彼は頷いた。
まるで、状況を共有しているかのように。
「やるなら急ごう」
その言葉に、躊躇はない。
――面白い。
まだ何者かは分からない。
だが。
転移の先で出会った黒髪は。
静かに、戦場の軸に立っていた。
そして私は、コア破壊を選ぶ。
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