遅い
サイファの空気は、少しだけ冷えていた。
朝の風が変わる。
通りを抜ける匂いも、少しだけ乾いている。
拠点の庭。
草の色が、ほんの少し落ち着いた。
ここちゃんがその上を跳ねる。
きゅる。
むぎが物置の上から見ている。
キュ。
⸻
サイファでの日々は変わらない。
依頼を受ける。
森へ行く。
拠点に戻る。
食べる。
寝る。
それだけだ。
変わったのは、少しだけ。
台所に並ぶ瓶が増えたこと。
知らない食材が、当たり前に混ざること。
そして。
食卓の椅子が、増えたこと。
⸻
夜。
食事を終え、それぞれが庭に出る。
風は冷たい。
だが、嫌ではない。
アクセルが空いた椅子を見る。
一つ。
そしてもう一つ。
並んでいる。
何も言わない。
ただ一瞬だけ、視線が止まる。
⸻
レインは背もたれに軽く体を預ける。
空気が静かだ。
「……そろそろ来てもいい頃だな」
ぽつり。
ノアが言う。
「距離がある」
「分かってる」
レインは肩をすくめる。
「精霊大陸まで片道五日。往復で十日以上。準備もある」
言いながらも、少しだけ間が空く。
完全に割り切れているわけじゃない。
⸻
風が抜ける。
草が揺れる。
ここちゃんがレインの足元に来る。
きゅる。
むぎがポケットから顔を出す。
キュ。
⸻
そのとき。
アクセルが小さく言った。
「……遅い」
短い。
それだけ。
だが、はっきりしている。
レインが横を見る。
アクセルは空いた椅子を見ている。
それだけだ。
⸻
ノアが言う。
「きっと来る」
断言に近い。
アクセルは何も返さない。
ただ。
視線は外さない。
⸻
レインは夜の空気を吸う。
少し冷たい。
「そうだな」
小さく言う。
「約束を違える男じゃない」
軽く。
だが、嘘はない。
⸻
風が抜ける。
少し冷たい。
だが、拠点の空気は変わらない。
椅子は空いている。
だが。
埋まる場所だと、誰も疑っていない。
ただ。
少しだけ。
遅いだけだ。




