フィルニル
朝。
拠点の空気は静かだ。
庭の草が風に揺れる。
ここちゃんが足元を回る。
きゅる。
むぎが胸ポケットから顔を出す。
キュ。
レインは軽く背中を伸ばす。
「……そろそろ、依頼でも受けるか」
アクセルが短く答える。
「動くか」
ノアが言う。
「薬草でいい」
即決だ。
重くない。
今はそれでいい。
⸻
ギルド。
掲示板の前。
ミアがすぐに気づく。
「あ、白兎の庭の皆さん!」
早い。
「今日は依頼ですか?」
「軽いやつな」
レインが紙を一枚取る。
「……シュミラの葉?」
ミアがうなずく。
「傷薬の材料です。数も安定してますし、北東の森で採れますよ」
ノアが言う。
「問題ない」
アクセルが言う。
「行く」
決まった。
⸻
森。
空気が少し冷たい。
夏の終わり。
少しだけ、季節が動いている。
レインはしゃがみ込む。
目の前の葉に手を伸ばす。
細長い。
少し厚みがある。
指でなぞる。
その瞬間。
《解析》
《対象:シュミラの葉》
《用途:傷薬の素》
《抽出効率:中》
レインが止まる。
(……おい)
《解析精度、向上を確認》
《鑑定レベル、上昇》
(今かよ)
ノアが横から言う。
「どうした」
「いや」
レインは葉を一枚摘む。
「鑑定レベルが上がった」
短く。
それだけ。
ノアがわずかに目を細める。
「良かったな」
アクセルが言う。
「取れるならいい」
評価が雑だ。
だが間違ってない。
⸻
しばらく薬草を摘みながら進む。
袋が少しずつ重くなる。
ここちゃんは近くの草をかじっている。
むぎはポケットから顔を出して周囲を見ている。
そのとき。
ここちゃんが止まった。
ぴた。
鼻をひくつかせる。
くん。
くん。
そして。
すっと距離を取る。
きゅる。
「……どうした」
レインが視線を向ける。
草の奥。
少しだけ違う葉。
細く、長い。
だが、どこか引っかかる。
近づく。
匂いが来る。
強い。
鼻に残る。
「……なんだこれ」
葉を摘む。
指で潰す。
匂いが一気に広がる。
(これ……)
《解析》
《名称:フィルニル》
《球根植物》
《加熱時、香気増幅》
(フィルニル?)
レインは地面を軽く掘る。
白い球根。
見覚えのある形。
半分に割る。
さらに匂いが強くなる。
(いや)
(ニンニクだろこれ)
《名称:フィルニル》
(違うわ)
《該当名称:フィルニル》
(いやニンニクだって)
《データベース上、“ニンニク”の登録は存在しません》
(あるわ。俺の中にあるわ)
指先に匂いが移る。
強い。
分かりやすい。
(どう見てもニンニクだろ……)
《再定義しますか?》
(しない)
一拍。
レインはため息を吐く。
「……フィルニル、な」
もう一度匂いを嗅ぐ。
「……強いな」
《汎用性:高》
(だからまとめるな)
⸻
ノアが近づく。
匂いを嗅ぐ。
一瞬だけ眉が寄る。
「……強い」
アクセルも覗き込む。
少しだけ顔をしかめる。
「なんだこれは」
レインが肩をすくめる。
「フィルにルっていう植物らしい」
ここちゃんは少し離れた場所で草をかじっている。
きゅる。
明らかに避けている。
「正直だな」
レインは笑う。
球根をいくつか袋に入れる。
シュミラの葉とは別にする。
それだけ。
⸻
ギルド。
カウンター。
ミアが袋を受け取る。
「確認しますね」
葉を見て、うなずく。
「はい、問題ありません。規定数です」
手際よく処理される。
報酬が置かれる。
いつもの流れ。
レインは受け取る。
「ありがとな」
「またお願いしますね!」
今日もいい笑顔だ。
変わらない。
⸻
拠点へ戻る。
夕方。
台所。
肉を切る。
塩を振る。
いつもの流れ。
レインは袋からフィルニルを取り出す。
潰す。
刻む。
匂いが立つ。
アクセルが顔を上げる。
「……さっきのか」
「ああ」
フライパンに油。
フィルニルを入れる。
じゅ、と音。
一気に香りが広がる。
強い。
だが、さっきとは違う。
少しだけ丸くなる。
アクセルが言う。
「……変わったな」
レインが肉を入れる。
焼く。
香りが重なる。
油と、肉と、フィルニル。
混ざる。
ノアが少しだけ距離を取る。
「強い」
「少なめにしてる」
「それでか」
焼き上がる。
皿に取る。
アクセルが一口かじる。
噛む。
一瞬止まる。
もう一口。
ゆっくり飲み込む。
「……これ」
レインが見る。
「どうだ」
一拍。
「……いい」
短い。
だが、はっきりしてる。
レインの口元が少し上がる。
「だろ」
ノアも少しだけ食べる。
眉は寄る。
だが止まらない。
「……少量なら」
許容。
ここちゃんは少し離れた場所で草を食べている。
むぎはここちゃんの近くで種をカリカリしている。
キュ。
レインはフィルニルを見る。
白い球根。
ただの新しい素材。
それだけだ。
でも。
「……使えるな」
小さく呟く。
拠点の中に、また一つ。
新しい“味”が増えた。




