表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
136/150

フィルニル


 朝。


 拠点の空気は静かだ。


 庭の草が風に揺れる。


 ここちゃんが足元を回る。


 きゅる。


 むぎが胸ポケットから顔を出す。


 キュ。


 レインは軽く背中を伸ばす。


「……そろそろ、依頼でも受けるか」


 アクセルが短く答える。


「動くか」


 ノアが言う。


「薬草でいい」


 即決だ。


 重くない。


 今はそれでいい。



 ギルド。


 掲示板の前。


 ミアがすぐに気づく。


「あ、白兎の庭の皆さん!」


 早い。


「今日は依頼ですか?」


「軽いやつな」


 レインが紙を一枚取る。


「……シュミラの葉?」


 ミアがうなずく。


「傷薬の材料です。数も安定してますし、北東の森で採れますよ」


 ノアが言う。


「問題ない」


 アクセルが言う。


「行く」


 決まった。



 森。


 空気が少し冷たい。


 夏の終わり。


 少しだけ、季節が動いている。


 レインはしゃがみ込む。


 目の前の葉に手を伸ばす。


 細長い。


 少し厚みがある。


 指でなぞる。


 その瞬間。


《解析》

《対象:シュミラの葉》

《用途:傷薬の素》

《抽出効率:中》


 レインが止まる。


(……おい)


《解析精度、向上を確認》

《鑑定レベル、上昇》


(今かよ)


 ノアが横から言う。


「どうした」


「いや」


 レインは葉を一枚摘む。


「鑑定レベルが上がった」


 短く。


 それだけ。


 ノアがわずかに目を細める。


「良かったな」


 アクセルが言う。


「取れるならいい」


 評価が雑だ。


 だが間違ってない。



 しばらく薬草を摘みながら進む。


 袋が少しずつ重くなる。


 ここちゃんは近くの草をかじっている。


 むぎはポケットから顔を出して周囲を見ている。


 そのとき。


 ここちゃんが止まった。


 ぴた。


 鼻をひくつかせる。


 くん。


 くん。


 そして。


 すっと距離を取る。


 きゅる。


「……どうした」


 レインが視線を向ける。


 草の奥。


 少しだけ違う葉。


 細く、長い。


 だが、どこか引っかかる。


 近づく。


 匂いが来る。


 強い。


 鼻に残る。


「……なんだこれ」


 葉を摘む。


 指で潰す。


 匂いが一気に広がる。


(これ……)


《解析》

《名称:フィルニル》

《球根植物》

《加熱時、香気増幅》


(フィルニル?)


 レインは地面を軽く掘る。


 白い球根。


見覚えのある形。


 半分に割る。


 さらに匂いが強くなる。


(いや)


(ニンニクだろこれ)


《名称:フィルニル》


(違うわ)


《該当名称:フィルニル》


(いやニンニクだって)


《データベース上、“ニンニク”の登録は存在しません》


(あるわ。俺の中にあるわ)


 指先に匂いが移る。


 強い。


 分かりやすい。


(どう見てもニンニクだろ……)


《再定義しますか?》


(しない)


 一拍。


 レインはため息を吐く。


「……フィルニル、な」


 もう一度匂いを嗅ぐ。


「……強いな」


《汎用性:高》


(だからまとめるな)



 ノアが近づく。


 匂いを嗅ぐ。


 一瞬だけ眉が寄る。


「……強い」


 アクセルも覗き込む。


 少しだけ顔をしかめる。


「なんだこれは」


 レインが肩をすくめる。


「フィルにルっていう植物らしい」


 ここちゃんは少し離れた場所で草をかじっている。


 きゅる。


 明らかに避けている。


「正直だな」


 レインは笑う。


 球根をいくつか袋に入れる。


 シュミラの葉とは別にする。


 それだけ。



 ギルド。


 カウンター。


 ミアが袋を受け取る。


「確認しますね」


 葉を見て、うなずく。


「はい、問題ありません。規定数です」


 手際よく処理される。


 報酬が置かれる。


 いつもの流れ。


 レインは受け取る。


「ありがとな」


「またお願いしますね!」


 今日もいい笑顔だ。


 変わらない。



 拠点へ戻る。


 夕方。


 台所。


 肉を切る。


 塩を振る。


 いつもの流れ。


 レインは袋からフィルニルを取り出す。


 潰す。


 刻む。


 匂いが立つ。


 アクセルが顔を上げる。


「……さっきのか」


「ああ」


 フライパンに油。


 フィルニルを入れる。


 じゅ、と音。


 一気に香りが広がる。


 強い。


 だが、さっきとは違う。


 少しだけ丸くなる。


 アクセルが言う。


「……変わったな」


 レインが肉を入れる。


 焼く。


 香りが重なる。


 油と、肉と、フィルニル。


 混ざる。


 ノアが少しだけ距離を取る。


「強い」


「少なめにしてる」


「それでか」


 焼き上がる。


 皿に取る。


 アクセルが一口かじる。


 噛む。


 一瞬止まる。


 もう一口。


 ゆっくり飲み込む。


「……これ」


 レインが見る。


「どうだ」


 一拍。


「……いい」


 短い。


 だが、はっきりしてる。


 レインの口元が少し上がる。


「だろ」


 ノアも少しだけ食べる。


 眉は寄る。


 だが止まらない。


「……少量なら」


 許容。


 ここちゃんは少し離れた場所で草を食べている。


 むぎはここちゃんの近くで種をカリカリしている。


 キュ。


 レインはフィルニルを見る。


 白い球根。


 ただの新しい素材。


 それだけだ。


 でも。


「……使えるな」


 小さく呟く。


 拠点の中に、また一つ。


 新しい“味”が増えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ