焼きたて
朝。
少しだけ、空気が変わっている。
冷たい。
だが、刺すほどじゃない。
ここちゃんが後ろをついてくる。
きゅる。
むぎが胸ポケットで鳴く。
キュ。
ここちゃんを抱き上げる。
食卓でお茶を飲むノアと、まだ少し眠そうなアクセルに声をかける。
「パンでも買いに行くか」
レインが言う。
アクセルが頷く。
「ああ」
ノアもマグカップを置いて頷く。
「そうだな」
⸻
通りに出る。
朝早い時間でも人の数は大きく変わらない。
だが、匂いが少し違う。
甘い。
少し重い香り。
パン屋の前で足が止まる。
扉を開ける。
「いらっしゃいませ――あ!」
顔が上がる。
パン屋の娘だ。
「買いに来てくれたんだ!」
レインは軽く手を上げる。
「しばらくぶりだな」
ここちゃんが腕の中で耳を動かす。
きゅる。
「うさぎさんも元気!」
身を乗り出す。
「触っていい!?」
「優しくな」
ここちゃんを少し下げる。
娘がそっと撫でる。
ここちゃんが目を細める。
きゅる。
「かわいい……」
変わっていない。
⸻
娘がぱっと顔を上げる。
「そうだ!新作あるよ!」
一つ、パンを持ち上げる。
丸い。
少しだけ色が濃い。
「これ!」
差し出される。
袋越しでも分かる。
甘い匂い。
少しだけ、重い。
レインが聞く。
「何だこれ」
娘が胸を張る。
「栗を入れて焼いたの!」
少し誇らしげだ。
「じゃあ3つもらうよ」
レインは代金を払い、その場で一口かじる。
ほくっとした食感。
甘さがゆっくり広がる。
少しだけ、笑う。
「……いいな」
アクセルもかじる。
「食える」
ノアが言う。
「甘い」
娘が満足そうに頷く。
「でしょ!」
⸻
ほかのパンも購入し、袋を受け取る。
まだ温かい。
外へ出る。
ここちゃんが袋に顔を近づける。
きゅる。
甘い匂いがするから気になるようだ。
「ここちゃんは食べられないぞ」
むぎは胸ポケットで静かに寝ている。
魔法袋に袋を入れてもらった。
⸻
パンを片手に少し歩く。
風が抜ける。
さっきより、少しだけ冷たい。
レインはパンをもう一口かじる。
甘さが残る。
「うまいな」
小さく言う。
アクセルが横で言う。
「ああ」
ノアが短く言う。
「自然の甘さだ」
⸻
拠点へ戻る。
庭に出る。
椅子に座る。
いつもの並び。
もう、迷わない。
レインはパンを置く。
ここちゃんが寄ってくる。
きゅる。
むぎが胸ポケットから顔を出す。
キュ。
⸻
なんでもない朝の光景。
それでいい。
白兎の庭は、続いている。




