事態の収束
地上へ出たとき、風は静かだった。
さっきまでの振動が、嘘みたいに消えている。
空は高い。
雲も流れている。
帝都は、動いていた。
何もなかったように。
アクセルが周囲を見回す。
「……持ってるな」
レインも街を見る。
人が歩く。
荷が運ばれる。
止まっていない。
「ああ」
短く返す。
崩れてはいない。
だが。
ほんのわずかに、張り詰めている。
気づくかどうかの違い。
それだけの違和感。
⸻
城壁の方から兵が走ってくる。
鎧が鳴る。
息が荒い。
「北外壁、結界再展開完了!」
声が響く。
遅れて別の声。
「魔物侵入、阻止!」
アクセルが息を吐く。
「ギリギリだな」
レインは頷く。
「間に合った」
ノアは城壁の方を見たまま言う。
「戻った」
それで十分だった。
⸻
ルカは、その場に立ったままだった。
都市を見ている。
だが、焦点が合っていない。
小さく言う。
「……誤差ではない」
誰に向けた言葉でもない。
続けない。
ただ、それだけが落ちる。
やがて息を吐く。
顔を上げる。
「……報告を上げます」
それだけ言った。
⸻
その日のうちに呼び出しが来た。
場所は宮殿。
アクセルが歩きながら言う。
「早いな」
「国家だからな」
レインは短く返す。
ノアは前を見たまま言う。
「処理が優先」
カインはいない。
その空白だけが、妙に静かだった。
⸻
広間。
左右に騎士が並ぶ
中央に皇帝がいた。
座っている。
だが、圧はある。
ルカが一歩前に出る。
「帝国研究院、ルカです」
頭を下げる。
クラウスも続く。
レインたちは後ろに立つ。
皇帝はしばらく何も言わない。
視線だけが動く。
順に見ていく。
最後に、レインで止まる。
一拍。
「報告は受けている」
低い声。
抑えられている。
ルカが答える。
「地下管理機構への干渉が発生しました」
「原因は回収した試験機です」
皇帝は頷く。
それ以上は言わない。
沈黙。
重い。
⸻
やがて、皇帝が手を上げる。
側の者が前に出る。
古い冊子を持っている。
擦れている。
ルカの視線が止まる。
「…これは師匠の」
側の者がルカへ差し出す。
「試験機番号から作成者を調査した結果、数年前に亡くなっていることが判明した」
側の者が続ける。
「これは屋敷から発見された研究日誌だ」
短い言葉。
ルカが開く。
ページをめくる。
紙の音。
試験機の実地試験申請。
安全性の保証ができないとして試験機の設置却下。
補正と検証を続ける。
そんな繰り返しの記録だった。
あるページでルカの手が止まる。
「……無断設置」
小さく漏れる。
皇帝が言う。
「断定はできん」
一拍。
「だが、辻褄は合う」
ルカは黙る。
冊子を閉じる。
音が響く。
⸻
皇帝が言う。
「帝国での試験は認めていない」
「理由は同じだ」
短い。
ルカは動かない。
やがて言う。
「……それでも」
一拍。
「必要です」
皇帝はルカを見る。
しばらく。
それから言う。
「……分かっている」
低い声。
「最適化は、必要だ」
一拍。
「それによる歪みも、承知している」
言葉が落ちる。
レインは黙っている。
皇帝の視線が、レインへ向く。
ほんのわずかに長い。
それから戻る。
「だが」
一度切る。
「ここは帝国だ」
それで終わる。
⸻
帝国の、国の為政者としての判断か。
レインは短く返す。
「そうか」
否定しない。
肯定もしない。
⸻
皇帝が言う。
「今回の件は表に出さない」
「研究院で処理するように」
ルカが頷く。
「承知しました」
「戻れ」
それで終わりだった。
⸻
広間を出る。
扉が閉まる。
音が消える。
廊下に出ると、空気が軽い。
だが誰も話さない。
歩く。
足音だけ。
⸻
外へ出たところで、ルカが足を止めた。
わずかに遅れる。
レインは振り返らない。
ルカが言う。
「……解析を続けます」
一度だけ、レインを見る。
何かを言いかけて、やめる。
視線を外す。
「結果は後日、報告します」
それだけ言って、歩き出した。
白衣が揺れる。
すぐに人の流れに消える。
⸻
クラウスが前へ出る。
「宿へ案内する」
短い。
アクセルが肩を回す。
「助かる」
レインは軽く頷く。
「ああ」
⸻
帝都は、動いている。
何もなかったように。
だが。
同じではない。
その中を、白兎の庭は歩いていく。




