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研究院


 馬車が止まる。


 レインはそのまま降りた。


 足が石畳に触れる。


 さっきまでの振動が、そこで切れた。


 ここちゃんが腕の中で耳を動かす。


 きゅる。


 むぎが胸ポケットで小さく鳴く。


 キュ。


 顔を上げる。


 人がいる。


 行き交っている。


 だが。


 動きが少ない。


 ぶつからない。


 迷わない。


 最短で動く。


 それだけだ。


 視線が合わない。


 合っても、残らない。


 声は聞こえる。


 だが平坦だ。


 服も崩れていない。


 直す動きすらない。


(……なんだこれ)


 一瞬、視界がずれる。


 誰が誰か、分からなくなる。


 戻る。


 また分からなくなる。


 アクセルが隣で小さく言う。


「……気味が悪いな」


 レインは頷く。


「人、だよな」


 ルカはそのまま歩く。


 振り返らない。


「研究院ですから」


 それだけ言う。


 前を進む。


 白い建物が近づく。


 塔がいくつも伸びている。


 入口は開いたままだ。


 中へ入る。


 空気が変わる。


 少し冷たい。


 一定だ。


 足音が軽い。


 響かない。


 レインはわずかに眉を寄せる。



 奥に受付。


 列ができている。


 白衣の人間が並んでいた。


 間隔が揃っている。


 誰も前を詰めない。


 誰も乱れない。


「並ぶのか」


 アクセルが言う。


 ルカは一度だけ列を見る。


 それから最後尾へ入った。


「規則があります」


 クラウスは何も言わず横に立つ。


 レインたちも続く。


 前の人間が書類を出す。


 受け取る。


 確認する。


 返す。


 同じ動きが続く。


 止まらない。


 カインが言う。


「手続きが多いですね」


 ルカが答える。


「記録のためです」



 順番が来る。


 受付が顔を上げる。


 ルカを見る。


 クラウスを見る。


 レインたちを見る。


 一度だけ。


「研究院ですか」


 ルカが書類を出す。


「ティリ迷宮の件です」


 受付が目を通す。


 刻印を確認する。


 帳簿を開く。


 ペンが走る。


「確認します」


 奥へ合図。


 扉が開く。


 白衣の男が出てくる。


 歩くのが速い。


「ルカ」


「戻りました」


 男は箱を見る。


 刻印を見る。


 それからレインたちを見る。


 一瞬だけ、止まる。


「発見者か」


「そうだ」


 短く返す。


 男は書類を受け取る。


 目を通す。


「案内する」


 背を向ける。


「来い」


 ルカが動く。


 レインたちも続く。



 廊下へ入る。


 白い壁。


 長い通路。


 人が行き交う。


 だが、ぶつからない。


 誰も立ち止まらない。


 すれ違うだけだ。


 アクセルが低く言う。


「……静かすぎるな」


 レインは前を見る。


 歩きながら、ふと思う。


 ここにいる人間は――


 誰も、迷っていない。


 それが、引っかかった。



 やがて、重い扉の前で止まる。


 案内の男が振り向く。


「ここだ」


 扉の向こう。


 レインは一瞬だけ視線を止める。


 息を吸う。


 そこが、今回の調査の中心だった。


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