山の向こう
迷宮の階段を上がる。
湿った空気が背中から離れていく。
地上に出る。
風が抜ける。
乾いた空気。
地下とは違う。
アクセルが首を回す。
骨が小さく鳴る。
「思ったより早かったな」
レインは息を一つ吐く。
肩の力を抜く。
「装置、止まってたからな」
後ろで音がする。
ルカが箱の留め具を確かめている。
指先で金具を押し、ずれを確かめる。
視線は箱から離れない。
エミールが横から覗き込む。
蓋の刻印に指を沿わせる。
「封印具も正常です」
クラウスが振り向く。
「では戻るか」
レインは迷宮入口を一度だけ振り返る。
暗い穴。
もう何もない。
すぐに視線を外す。
「ギルドに声だけ掛ける」
⸻
ティリの冒険者ギルド。
扉を押す。
木が鳴る。
昼の時間。
中は落ち着いている。
受付の女が顔を上げる。
「戻られたんですね」
レインは手を軽く上げる。
「回収終わった」
女はすぐ頷く。
奥へ入る。
⸻
奥の扉が開く。
ヤムザが出てくる。
箱へ一度視線が落ちる。
「早かったですね」
レインは肩をすくめる。
「装置が止まってた」
ヤムザは帳面を開く。
「状態は」
ノアが答える。
「問題なし」
「停止済み」
ペンが走る。
帳面が閉じられる。
「回収完了として報告します」
ルカが頷く。
「こちらも研究院へ連絡します」
ヤムザは短く言う。
「その方が早いでしょう」
レインが言う。
「俺たちは砦に戻る」
ヤムザが頷く。
「お気をつけて」
⸻
馬車は北へ向かう。
ティリの街が後ろで小さくなる。
森を抜ける。
山が近づく。
灰色の岩が視界を埋める。
やがて。
見慣れた石壁が現れる。
国境砦だ。
門が開く。
馬車がそのまま中へ入る。
広場。
兵舎。
変わらない光景。
白兎の庭は砦へ戻った。
⸻
指揮所。
机と地図。
年配の騎士がこちらを見る。
クラウスが一歩前に出る。
「帝国研究院調査団だ」
騎士は箱へ視線を落とす。
「それが装置か」
ルカが答える。
「ええ」
騎士は地図を指でなぞる。
「道は一つだ」
「夜は通さない」
「明朝だ」
ルカが頷く。
「構いません」
レインも頷く。
「それでいい」
⸻
一泊して、翌朝。
空気が冷たい。
砦の北側へ出る。
岩肌に口を開けた通路が見える。
暗い。
奥が見えない。
アクセルが言う。
「山の中か」
クラウスが前に出る。
「帝国へ続く道だ」
レインは一度だけ振り返る。
砦。
王国の旗。
ここまでが王国だ。
視線を前へ戻す。
「行くか」
⸻
馬車がトンネルへ入る。
車輪の音が岩壁に跳ね返る。
中は冷えていた。
光が少ない。
水滴の音。
進む。
しばらくして、空気が変わる。
ノアが言う。
「魔力が違う」
ルカが答える。
「境界です」
やがて光。
出口。
馬車が外へ出る。
レインは目を細める。
景色が違う。
整っている。
揃っている。
規則的だ。
門の前に兵。
鎧も紋章も違う。
クラウスが言う。
「帝国だ」
兵たちの視線は静かだった。




