回収
ティリの街は、前と変わらなかった。
低い石の家。
荷車。
迷宮都市らしい、ゆったりしたざわめき。
馬車が止まる。
車輪の軋む音が、少しだけ残る。
アクセルが先に降りる。
足で地面を確かめる。
「静かだな」
レインも降りる。
周囲を見る。
行き交う人。
慌てる様子はない。
「ああ」
「前と同じだ」
ノアが短く言う。
「先にギルド」
ルカが頷く。
視線は街のまま。
「その方が良いでしょう」
カインが続ける。
「記録の問題がありますから」
レインは軽く頷く。
「だな」
⸻
ティリ冒険者ギルド。
扉を押す。
木が軋む。
昼の時間。
冒険者は数人。
視線が一度だけこちらへ向く。
受付の女が顔を上げる。
レインを見る。
それから後ろの三人へ。
白衣。
騎士。
研究員。
一拍。
「ご用件は」
レインが言う。
「迷宮の件」
女はすぐに頷く。
「少々お待ちください」
奥へ消える。
アクセルが壁にもたれる。
腕を組む。
「相変わらず早いな」
レインは肩をすくめる。
「ここは仕事が早い」
⸻
奥の扉が開く。
足音。
細身の男が出てくる。
ヤムザだ。
足を止める。
「戻りましたか」
レインが言う。
「回収に来た」
ヤムザの視線が後ろへ流れる。
ルカ。
クラウス。
エミール。
ルカが一歩前に出る。
軽く頭を下げる。
「帝国研究院のルカです」
「装置の回収に参りました」
ヤムザは小さく頷く。
「連絡は受けています」
「王都から許可も届いています」
アクセルが鼻を鳴らす。
「仕事が早いな」
ヤムザは淡々と返す。
「国家案件ですので」
一拍。
レインが聞く。
「迷宮は」
ヤムザが帳面を開く。
視線を落とす。
「該当区画は制限しています」
一行だけ指で押さえる。
「一層の隠し通路」
「誰も触れていません」
ルカが頷く。
「助かります」
ヤムザがページをめくる。
「回収後」
顔を上げる。
「簡単で構いません」
「結果の報告をお願いします」
「記録として残します」
レインは片手を上げる。
「分かった」
ヤムザが帳面を閉じる。
「迷宮入口には兵を配置しています」
「通行は問題ありません」
ルカが言う。
「ありがとうございます」
ヤムザはわずかに顎を引く。
「それが仕事です」
⸻
迷宮入口。
兵が一歩引く。
道を空ける。
「許可は出ています」
レインが頷く。
「入る」
石の階段を降りる。
空気が変わる。
湿り気。
冷たい。
迷宮の匂い。
アクセルが言う。
「静かだな」
ノアが答える。
「制限してる」
ルカが足を止める。
床を見る。
「魔力は安定しています」
⸻
一層。
広い通路。
足音が響く。
魔物の気配は薄い。
カインが前を示す。
「この先です」
レインは頷く。
「ああ」
石壁の前で止まる。
アクセルが拳で軽く叩く。
鈍い音。
「ここだったな」
石がずれる。
隙間が開く。
隠し通路。
ルカの目が細くなる。
「……興味深い」
⸻
中へ入る。
短い通路。
足音が変わる。
その先。
小部屋。
中央に装置。
金属枠。
刻印。
そのまま残っている。
レインは一瞬だけ足を止める。
あの時の感覚。
耳鳴り。
揺れる魔力。
今は、何もない。
ルカが近づく。
眼鏡を押し上げる。
「試験機」
一拍。
指が刻印の上で止まる。
「……この状態で残っているとは」
エミールが横に並ぶ。
覗き込む。
「型式一致です」
クラウスは入口に立つ。
外を向く。
動かない。
アクセルが装置を見る。
「動いてないな」
ルカは頷く。
「停止しています」
「問題ありません」
ノアが聞く。
「回収できるか」
ルカが答える。
「可能です」
エミールが工具を広げる。
金属が触れる音。
カインが床に視線を落とす。
「固定枠か」
ルカが頷く。
「試験用の簡易固定です」
⸻
作業は早い。
金属枠が外れる。
留め具が外れる音。
エミールが立ち上がる。
木箱を足元に置く。
蓋を開ける。
中には布が詰められている。
「収まります」
アクセルが装置を持ち上げる。
重さを確かめるように一度だけ動かす。
「軽いな」
ルカが言う。
「小型試験機です」
アクセルが箱へ収める。
金属が布に触れる音。
エミールが蓋を閉める。
留め具を締める。
「回収完了です」
レインが言う。
「終わりか」
ルカは頷く。
「ええ」
だが視線は箱に残っている。
アクセルが肩を回す。
「思ったより早かったな」
ノアが言う。
「停止してたから」
⸻
レインは箱を見る。
もう動かない。
ただの荷物だ。
それで終わったはずだった。
「戻るか」
小さく言う。
白兎の庭は迷宮を出る。




