帝国調査団
砦の中は思ったより広かった。
石壁に囲まれた中庭。
兵舎。
倉庫。
訓練場。
人の数は多くない。
だが、兵の動きが揃っている。
無駄がない。
アクセルが周囲を見回す。
「軍だな」
レインは軽く頷く。
「ああ」
兵士が前を歩く。
「こちらだ」
中庭を横切る。
靴音が石に響く。
建物の一つへ向かう。
石造りの二階建て。
扉の前にもう一人兵士が立っている。
中に入る。
机。
椅子。
地図。
窓の向こうに山脈が見える。
兵士が振り返る。
「ここで待て」
それだけ言って出ていく。
扉が閉まる。
⸻
アクセルが椅子を引く。
軋む音。
「硬い」
レインは少しだけ笑う。
「座るなよ」
アクセルはすでに腰を下ろしていた。
ノアが窓際に寄る。
外を見る。
「山が近い」
レインも視線を向ける。
北方山脈。
灰色の岩が、壁みたいに立っている。
目で追うが、切れ目がない。
「越えられそうにないな」
アクセルが背もたれに体を預けたまま言う。
「大軍は無理だ」
レインは視線を外す。
アクセルが顎で山を示す。
「帝国はあの向こうか」
カインが頷く。
「ええ」
一拍。
「この砦の奥に山中通路があります」
レインが振り返る。
「通路?」
カインは静かに続ける。
「古いものです」
「ドワーフが掘ったと聞きます」
アクセルが眉を上げる。
「ドワーフか」
レインは一度だけ山を見る。
灰色の岩。
切れ目のない壁。
その向こうに通路。
少しだけ間。
(……ドワーフって、ああいうのもやるのか)
符写盤を思い出す。
(技術国家、ってやつか)
レインは小さく息を吐く。
「なるほどな」
カインが続ける。
「大軍は通れません」
「小隊や荷車程度です」
レインが短く頷く。
「だから砦があるのか」
「通路を押さえるためです」
カインの声は穏やかだった。
⸻
扉が開く。
足音が三つ。
レインたちは立つ。
最初に入ってきたのは、細身の男だった。
白衣。
緑のくせ毛。
黒縁眼鏡。
部屋を一度見回す。
その視線は速い。
だが迷いがない。
「白兎の庭ですね」
レインが答える。
「レインだ」
男は軽く頷く。
「ルカ」
「帝国研究院です」
アクセルが腕を組む。
「研究者か」
ルカはそのまま頷いた。
「そうです」
一拍。
「今回の調査を担当しています」
後ろの男が一歩前に出る。
槍を背負っている。
鎧が小さく鳴る。
「クラウス」
一拍。
「近衛騎士団所属だ」
最後に、若い男が頭を下げた。
「エミールです」
「研究院で助手をしています」
⸻
ルカがレインを見る。
「ティリ迷宮」
「試験機を発見したのはあなた方ですね」
「ああ」
ルカは眼鏡を押し上げる。
「報告は読んでいます」
一拍。
「非常に興味深い」
アクセルが肩をすくめる。
「壊してないぞ」
ルカは首を振る。
「停止している」
「それで十分です」
ノアがルカを見る。
「これからどうする」
ルカは地図へ視線を落とす。
指で一点を示す。
「ティリ迷宮へ向かいます」
「装置はまだ現地にある」
「まず状態を確認する」
アクセルが言う。
「戻るのか」
「ええ」
ルカは頷く。
「発見者にも同行してもらう」
「状況を確認するためです」
カインが静かに言う。
「合理的ですね」
ルカの口元がわずかに上がる。
「研究院の装置ですから」
⸻
レインがルカを見る。
「出発はいつだ」
クラウスが短く答える。
「明日」
ルカが続ける。
「今日は砦で休みます」
「明朝、出発です」
レインは一度だけ頷く。
「分かった」
⸻
ここちゃんが腕の中で鳴く。
きゅる。
エミールが目を丸くする。
「……うさぎ?」
レインは軽く肩をすくめる。
「うさぎだ」
むぎが胸ポケットから顔を出す。
キュ。
エミールが小さく笑う。
「報告通りですね」
ルカがそれを見る。
一瞬だけ目を細める。
「面白い」
短く言う。
「実に」
⸻
レインは窓の外を見る。
山は動かない。
その向こうに何があるかは、まだ見えない。




