国境砦
翌朝。
白兎の庭はサイファを出た。
門はすでに開いている。
朝の空気は冷たい。
石畳が、まだ夜の冷えを残している。
商人の荷車が数台、外へ向かっていた。
木輪がきしむ。
アクセルが腕を上げて伸ばす。
「北だな」
「ああ」
ここちゃんが腕の中で耳を動かす。
きゅる。
むぎが胸ポケットで小さく鳴く。
キュ。
レインは振り返る。
サイファの外壁。
朝日を受けて、白く浮いている。
見慣れた景色だ。
アクセルが顎で門の外を示す。
「戻ってくるんだろ」
レインは軽く笑う。
「拠点だからな」
ノアが短く言う。
「行こう」
カインが空を見てから続ける。
「天気は安定しています」
レインは一度だけ頷く。
「じゃあ行くか」
白兎の庭は門を抜けた。
《進路:北方山脈方面。気象安定》
(分かってる)
⸻
門を出たところで、壁にもたれている男がいた。
ドランだ。
腕を組んだまま視線だけ寄越す。
アクセルが足を止める。
「見送りか」
ドランは鼻を鳴らす。
「違う」
一拍。
「帰ってこい」
短い。
レインは手を上げた。
「当然」
ドランはそれ以上何も言わない。
風が背中を押す。
街の空気が、少し遠くなる。
⸻
街道は北へ続く。
踏み固められた土。
石がところどころ浮いている。
荷車をいくつか追い越す。
小さな村を一つ抜ける。
干した布が風に揺れていた。
昼を過ぎるころには、森に入る。
木々が影を落とす。
足音が少し柔らかくなる。
⸻
その日の夜。
林の中で野営する。
火が灯る。
枝が弾ける。
アクセルが薪を組む。
ノアは周囲を見ている。
カインが水袋を並べる。
レインは火を見る。
揺れる炎。
しばらく火の音だけが続く。
アクセルが薪をいじりながら言う。
「で」
一拍。
「あの装置だ」
レインが視線を上げる。
「帝国のやつだな」
カインが頷く。
「刻印は間違いありません」
アクセルが続ける。
「でもよ」
「なんで王国の迷宮にある」
ノアが短く言う。
「設置された」
アクセルが鼻を鳴らす。
「誰がだ」
カインが少し考える。
「帝国の関係者か」
「あるいは」
一拍。
「持ち込まれた可能性もあります」
レインが言う。
「帝国は知らないって言ってたな」
ノアが火を見る。
「公式ではない」
短い。
アクセルが肩をすくめる。
「勝手にやったやつがいるってことか」
カインが続ける。
「もしくは記録に残っていない」
レインは火を見る。
揺れる炎。
「どっちにしても」
一拍。
「面倒だな」
アクセルが笑う。
「それは最初からだ」
ここちゃんが腕の中で丸くなる。
きゅる。
むぎが胸ポケットから顔を出す。
キュ。
火の匂いが少し強くなる。
レインは北の空を見る。
星は少ない。
⸻
翌日。
昼前。
森が切れる。
風が強くなる。
アクセルが足を止める。
「見えた」
レインも目を細める。
山だ。
灰色の岩が、壁のように続いている。
影が濃い。
その麓に石壁。
塔が四つ。
門が一つ。
国境砦だ。
⸻
門の前。
王国兵が槍を立てている。
穂先が光を弾く。
一人が手を上げた。
「止まれ」
レインたちは足を止める。
兵士が歩み寄る。
「所属」
レインが答える。
「冒険者。サイファ」
兵士の視線が順に動く。
アクセル。
ノア。
カイン。
そして。
ここちゃん。
「……うさぎ?」
レインは軽く頷く。
「うさぎだ」
むぎが胸ポケットから顔を出す。
キュ。
兵士が一瞬だけ言葉を失う。
それから、わずかに息を吐く。
「白兎の庭か」
アクセルが短く答える。
「そうだ」
兵士は振り返る。
門へ手を上げる。
「通れ」
門が開く。
重い音。
石の通路。
足音が反響する。
レインは一歩踏み出す。
足裏の感触が変わる。




