兎が本体扱いされました
ギルドの空気は、まだざわついていた。
「まさかあれは……」
「虹色霊花だぞ……?」
「新人が持ち込む代物じゃねえ……」
ざわざわと小声が飛び交う。
さっきまでの動揺は消えていない。
そんな中。
奥の扉が開く。
レインが、ギルドマスターの部屋から出てきた。
一斉に視線が集まる。
静まり返る空気。
(うわ、全部こっち向いた……)
レインは無意識に背筋を伸ばす。
その瞬間。
腕の中から白い影が跳ねた。
ぴょん。
ここちゃん。
ふわり、と床に降り立つ。
そして。
とことこと、冒険者たちの方へ歩いていく。
「おい……」
誰かが息を呑む。
白い毛並みが灯りを受けてきらりと光る。
黒くて大きな瞳が、くり、と上を向く。
上目遣い。
淡いピンクの小さな鼻。
ほんのり色づいた唇。
「きゅる」
空気が、崩れた。
「……かわいい」
ひとりが呟く。
次の瞬間。
「目、でか……」
「黒目がち……反則だろ……」
「鼻……あれピンク……」
ここちゃんが、ぴょん、と近くの冒険者に近寄る。
後ろ足で立ち、冒険者の膝に前足を乗せた。
小さなおてて。
ふわ。
その冒険者が固まる。
「……無理」
「鼻血出る……」
完全制圧。
虹色霊花の緊張も、疑念も。
すべて溶けていく。
ここちゃんは、もう一度。
大きなお目目で、きゅる。
追撃。
「……神獣」
「いや、天使」
「兎だろ」
⸻
そのとき。
後方の冒険者のひとりが、ぽつりと言った。
「……なあ」
皆がそちらを見る。
「瞬狼が守ってるのって、新人じゃなくて」
視線が、ここちゃんへ。
「この兎なんじゃないか?」
静まり返る。
「人間は……なんだ……」
少し考えてから、彼は言った。
「神輿みたいなもんだろ」
沈黙。
「……つまり?」
「兎を乗せて運ぶ役」
一拍。
「なるほど!」
「そうか!」
「それなら納得だ!」
「瞬狼が従う理由も説明つく!」
「守るのは兎か!」
ざわざわざわ。
一気に理屈が完成したらしい。
レインは数秒固まったあと、思わず声を出す。
「えええええ!? それで納得しちゃうのかよ!?」
誰も聞いていない。
ここちゃんがまた、きゅる、と鳴く。
全員撃沈。
アクセルが腕を組んだまま、静かに言う。
「……まあ、間違ってはいない」
「どこがだ」
ここちゃんがレインの足元へ戻る。
黒い瞳で見上げる。
純粋。
無垢。
圧倒的破壊力。
ギルド掲示板にはその日のうちに書き足された。
【瞬狼を従えた可愛いうさぎ】
その下に。
(人間は神輿)
俺の扱いが雑すぎる。
だが――
虹色霊花の疑念は、きれいに消えた。
ここちゃんが、すべて上書きした。
少し安堵したところで不意に思う
アクセル知らんって言ってたけど…
一目見てざわついていたことから考えると冒険者ならあの花のこと知ってる雰囲気だったよな…?
アクセルはいつも通り平然と立っている。
…やはり、駄狼だ。
レインは小さく息を吐く。
「……まあ、平和ならいいか」
胸ポケットで、むぎちゃんが静かに目を開けた。
キュ。
すべてを、見ている。
街の生活は、今日も波乱含みだ。
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