4.子供だから恥ずかしくないもん
シーケンス先生に師事してから五年の月日が経過した。
当たり前ではあったが、一般的な魔術理論については今更教わる必要などある訳がなく、「予習してきましたァ!」「その本は読みましたァ!」を繰り返し続けた結果、いつしか授業自体がなくなっていた。ここ数年は、先生の本来の専門である魔道具開発に関する技術について学ばせてもらっている。この辺りは元々専門外なので、何もかもが新鮮で非常に興味深い。やっぱり新しい学びってのはいくつになっても良いものだな。まだ十一歳だけど。
少ない魔力を効率的に運用する訓練についても成果は上々である。最初の頃こそ、かつての感覚が抜けないまま野放図に魔術を放ち瞬間で魔力切れなどというド素人ムーブをかましまくっていた俺であったが、今や自分に最適な出力配分も身に着け、いっぱしの魔術師らしく振舞えるようになってきた。先生は戦闘畑の人じゃないのでいまだ実戦訓練は行った事がないが、魔力量の少ない魔術師には鬼門である長時間の経戦能力もそこそこついていると思う。
「これで中等科に進学しても安心ですね!!」
「えっ?」
ほくほく顔で来春に迫った念願の成就を喜ぶ俺に、先生は何故か怪訝な顔をした。
「えっ、とは?」
「……え? あの、中等科に行くつもりなんですか?」
「えっ?」
先生の素っ頓狂な答えに今度は俺が同じ疑問詞を発してしまう。
しばし互いに唖然としたまま顔を見合わせていたが、俺は動揺も露に先生の意図の追及を開始した。だって本気で何言ってんだかわかんない。
「え? ちょっ、どういう事です? 五年前、中等科になったら学校行かせてくれるって父上言ったんですけど!? 今更また行かせねーよとかそりゃなくないですか!?」
「あの、いや、中等科で今更何学ぶつもりなんです? せめて高等科に飛び級……いや高等課程もいらないか、セラヴィス様の学力なら特例で入学要件整えて貰う事だって出来ると思うので、研究科に直通でいいのではないですか?」
「嘘でしょ待って嫌です」
研究科というのは高等科以降、学院に残って学問を修める者が所属する最上位の機関なんだが……俺な? 前世、冒険者稼業続けながらもずっとそこに籍だけは置いててな? 実際研究したり教鞭取ってたりしたのはそのうちごく一部だが、在籍期間で言ったら半世紀は優に超える、それこそ終生の住処であったガチの古巣なんだわそこ。いや全然悪い所じゃなくまさしくホームというべき場所なんだけどね? でも出来れば今生では前世でやってないことをやってみたい。それが人情ってもんでしょう。
「というわけで中等科行きます」
そんな思考過程はショートカットして要求だけ宣言する俺に先生は滅茶苦茶困惑した顔をした。
「し、しかし御父君とも相談した上で最早セラヴィス様には中等科は」
「学校行かせてくれるって言ったから何年も一生懸命頑張って勉強して来たのに一生懸命頑張ったから学校行かせないとかどういう理不尽ー!? 父上約束したじゃないですかー! うそつきー! 嘘ついたらいけないと思いますー!!」
困った先生は駄々をこねこねする俺をそのまま父に丸投げしたのだが、父の前でも立派に駄々をこねまくって無事中等科行きを勝ち取った。寝っ転がってじたじたすることだって辞さぬ。常に寡黙で冷静沈着な父をしてうっすらドン引きの様子であったがそんなことで怯む俺ではない。子供だから恥ずかしくないもん。
そして、念願の春がやって来た。
懐かしい制服に袖を通し、俺は鏡の中にある自分の姿を見た。
まだ少し大きくて真新しい紺色のジャケットを着て、期待に爛々と目を輝かせる少年の姿がそこにはある。
制服があるのは高等科までなので、これを着るのは久々だ。ジャケットを感慨深く撫でつけ、胸部にきらりと輝く徽章に視線を留める。
制服のデザイン自体は初等科から高等科まで変わらないが、右肩と左胸の徽章が所属を示していてモチーフが異なる。中等科の星の紋章、その下に一学年を表す横一本線が、俺の制服に燦然と輝いている。高等科は太陽、初等科は花だったかな。
ともあれ晴れて、今日から念願の中等科、ピッカピカの一年生である!
中等科は入学に際し特に試験などはなかったのだが、入学早々座学と実技双方のテストがあるそうだ。頑張らねばならない。清く正しい一学生として!
「……やり過ぎてはダメですからね?」
「やり過ぎとかハハハ先生ご冗談を。僕はたかだか魔力量27の小童ですよ?」
この数年で魔力量もちょっとだけ成長した。と言っても2! 思った以上に俺成長しない体質なのかもしれん。あれ輪廻の神様約束の平凡に届いてなくないこれ? いいけどさ。
晴れて魔法学院に出発する門出の日。当然今日は授業はないのだが、シーケンス先生も見送りの為に屋敷に来てくれていた。とはいえ別に師弟関係はこれで終わりという訳ではない。なんだかんだ続く。生きてる間ずるずると続く。すごくよく知ってる。
それでも一つの節目ではあるので、俺はここ数年の感謝を込めて先生に真っ直ぐに頭を下げた。
「シーケンス先生。ここまで僕を導いて下さり有難うございました。先生の教えを胸に更なる飛躍を誓います」
「どこまで飛躍する気なのか末恐ろしいですけどね……いえこの場面で無粋なツッコミはやめておきましょう。セラヴィス様の歩まれる道が輝かしいものであることを心より願っております」
餞の言葉はシーケンス先生らしい真面目な定型句であったが、「飛ぶな。歩け。ゆっくりゆっくり歩いていけば大丈夫だから?な?」という落ち着きのない子供を見るような親心ならぬ師心がちょっぴり滲み出ているように感じたのは気のせいだろうか。勿論ですよ先生。着実に一歩ずつ歩んでいきますとも。
少ない手荷物をまとめ、階下に降りるとロビーでは既に父母が待っていた。
入学に当たっては保護者も臨席しての式典などはない為、両親ともここでお別れである。数か月もすれば夏の長期休暇だからすぐに戻ってくるんだけどね。
……そういえばこの春期休暇では、オスカーもマチスも帰宅していなかった。それぞれ、委員会だか交流だかで何やら忙しいらしい。オスカー兄上はともかくとしてクソマチスと学院まで馬車で二人旅とか血を見る予感しかしないので助かった。俺の可愛いおててが汚れるのは嫌だからね。
「父上、母上。行ってまいります」
「うむ」
「身体に気を付けるのよ」
兄たちは六歳から宿舎にいるので父母たちももう慣れたものだろうが、それでもやはり、最後の末子を送り出すのは少し寂しいことなのかもしれない。母は、まだわずかに自分より背の低い俺を、ぎゅっと抱きしめた。その背を俺も抱き返し、改めて父にも黙礼すると、静かに頷き返してくれた。
大切な人々の期待を一身に受け、屋敷から一歩を踏み出した俺は、意気揚々と小さな馬車に乗り込んだ。




