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5.パパにおねだりする時は床でじたじたが中々効くぞ

 辺境ラングリッサー領から王立魔法学院のある王都まで馬車で五日。

 その間、魔物や盗賊の襲撃といった事件が……別段起きることもなく、俺は平穏無事に学院に辿り着いた。

 俺が若い頃は、こんないかにも貴族の馬車っぽいのが辺境の山道なんぞを走っていたら、まさしく入れ食いというべき勢いでならず者が爆釣出来たものだけど、今はつくづく治安のよい時代である。重畳重畳。

 開かれた馬車の扉から地面に降り立った俺は、目の前に聳える白亜のアーチを見上げた。柱に魔術文字を刻まれた魔法学院の正門は、広大な学舎を守護する防御魔術の要の一つだが、――うん。ちゃんと今も管理が行き届いているな。

 魔法文字に巡り渡る、よく澄み渡った魔力の流れを感じ取り、満足のうちに頷いてから、構内に足を踏み入れる。構内への馬車の乗り入れは特別に許可された上級の教職員や貴族にのみ許されているので、ここからは徒歩である。周囲でも同様に、新入生であるらしき真新しい制服に身を包んだ子供たちが馬車を降り、真っ直ぐ伸びる並木道を歩いている。

 希望に目を輝かせている者、緊張した面持ちで足早に歩を進めている者、友人同士はしゃいだ様子で戯れ合いながら歩いている者。浮かべる表情はそれぞれだが、皆一様にこれからの日々に想いを馳せているのが伺える。その様は実に初々しく微笑ましい。

 もし孫なんぞがいたらこんな気持ちだったのかななどとついつい目を細めてしまう自分に気がついて、おっとと自分を戒める。同世代同世代。ぼんやりと祖父目線でいたら出来る友達も出来ないぞ俺。

 先般、父から中等科進学をもぎ取った時の説得材料として、じたじた駄々をこねながら、

「同年代の友人関係を構築しないというのは貴族の子息として大変不利益に働く、特に僕のような三男坊はいずれ家を出る身、将来の事を考えると交友関係の浅さは致命的にもなりかねない、だから中等科行かせろください」とも弁舌を振るってきたので、交友にも力を注いでいく所存なのである。ともだちたくさんできるといいな!


 洋々たる前途に心躍らせながら並木道を進んでいると、ふと周囲の喧騒がなくなっていることに気が付いた。

 あれ?……あっ。

 正門から、ついついうっかり真っ直ぐ突き進んできてしまったが、この先にあるのは長年通い詰めた本館――研究科の棟だ。中等科の校舎はこっちじゃなかった。入学早々何やってるんだ俺。

 ぺろりんと一人寂しく舌を出し、俺は並木道を逸れて木立の合間に入っていく。道なりに戻るよりこっちの方が近道なので。まだ時間に余裕はあるからそこまで急ぐ必要もないけれど。

 雑木林と言う程は雑然としておらず、庭園と言う程整然としていない木々の隙間を縫っていく。魔法学院構内は大部分はこんな感じの林で、その中に各課程の校舎や運動場といった学内設備が点在するという作りになっている。少し歩いていると、やがて木々の向こうに煉瓦造りの建物が見えて来た。ああ、確かあれだな、中等科校舎。

 裏手の方角から来てしまったようなので、まずは人通りのある所に出ようとそのまま進むさなか、どこからか、何か揉めているかのようながなり声が耳に触れた。

「ん?」

 少し距離があるようで会話の内容までは分からない。声のする方に気配を消して近づいていくと、校舎裏の死角になるような場所に、七名ほどの学生の集団を発見した。正確を期して表現すれば、一人の……眼鏡をかけた小柄な男子生徒を残り六名ほどが壁際に追い詰め、半円状に取り囲む、そういった構図である。

 おやおや、これは?

「お前みたいな魔力なしのボンクラに入学を許すたぁ、この魔法学院の栄光も地に落ちたもんだぜッ!」

 ようやくはっきりと聞こえた声はそんな嘲弄だった。


 集団を従えるように中央に立つ、恐らく集団のリーダー格なのであろう体格のよい生徒が、壁際の眼鏡の生徒に顔を近づけ、ねちりとした声で恫喝する。

「平民並みの才能しかねえ男爵家の面汚しが。お前如きがこの学院に存在する事それ自体が、主家の子息たる俺の顔に泥を塗る事になるんだよ。……って訳で、お前は誠意ってもんを見せなきゃなんねえ。どういう意味かは分かってんだろうな?」

 これだよ、これ。とばかりにリーダー格の生徒は手をひらひらさせる。眼鏡の少年は可哀想なくらいに真っ青になって小刻みに震えていたが、やがて唇を噛んで俯き、制服のポケットから財布を取り出す。それをすかさずひったくるリーダー格。

 おやおやおや、これはこれはこれは!

「なんとも古式ゆかしいカツアゲだなあ、おい!」

 見事な古典芸術を見たような心持ちになって感動してしまい、喜色満面に木影から躍り出てしまってから、ちょっとだけしまったああと思ったが、もう遅い。

「な、何だてめえ!?」

 ギョッとしたように上級生たちはこちらを振り返り、声を上げる。びっくりするよね。俺もびっくりした。いじめをそのまま見過ごすつもりも別になかったんだが、我ながら、こんな真正面から飛び込んでしまうとも思っていなかった。


 ――先生って時々急に馬鹿になりますよね!? 何か面白いものを見つけた時とか! それ全ッ然面白くないですからね周りは!!


 そんな風に昔もよく叱られたっけなー。

 懐かしく微笑ましい思い出は胸にしまっておき、ともあれ、現実に意識を戻す。

 全く無計画な発作的行動ではあったが、まあ出てきてしまったものはしょうがない。開き直って俺も声を張る。

「新学期早々にカツアゲたぁ不景気なことだな!? 小遣い貰えてないのか!? パパにおねだりする時は床でじたじたが中々効くぞ!」

 割と最近の経験を親切心から語ってやると、カツアゲ集団は俺の的確な助言に対し、感謝ではなく困惑の念が浮かんだ目でこちらを見返してきた。

「っ? はぁ? 訳わかんないこと抜かしてんじゃねえ! 新入生がしゃしゃり出て来んじゃねえよ!」

 件のリーダー格が、若干戸惑いながらも精一杯に凄んで恫喝してくる。ていうか! 魔術よりも言葉の方が先に出てくる! 新鮮! 魔術にまだ不慣れな中等科だから!? それとも今時の喧嘩では即座に暴力に訴えずに言葉でワンクッション置いてあげるのが流儀なの!? 優しい!

 不良グループが魔術も拳も出して来ないのにいたいけな一年生であるこちらが魔術を振るうというのも無粋だろう。彼らの流儀に従い言葉での説得を試みる。 

「だって気になっちゃったんだもんその財布! 財布ごと取り上げる普通!? 魔術師の財布は所有魔法を掛けてある場合も多いからカツアゲするならその場で中身を本人の手で出させるのが鉄則だと思うぞ!?」

 いや俺はやったことない、やったことないぞー。一般論としてな?

 不良グループの面々が面食らったような顔でこちらを見ている。何故か先程よりも一層困惑の程度が増した様子で、すぐには言葉が出てこないようだったので、俺は初々しい新入生らしく小首を傾げて待ってやる。

 数秒して、ようやく反論の準備が出来たのか、リーダー格が唇を開き、「なん、……」とかなんとか声を漏らし始めた。

 その時だった。

「先生ー! こっちです! こっちで喧嘩している生徒がいますー!」

 高らかな声が遠くから響いてきて、一団は弾かれたように顔を上げた。

「やべぇ、行くぞっ!」

 今度の判断は比較的、迅速だった。リーダーの号令一下、揃ってばたばたと校舎の向こうへと走り去っていった。


「大丈夫か?」

 丸い眼鏡を半分ずらしてへたり込む男子生徒に声を掛ける。彼はいまだ色を失った表情のままではあったが、どうにか俺の声に反応し、かくかくかくかくとからくり人形のように頷いてみせた。大丈夫そうだ。

 次いで俺は、助けを呼ぶ声が聞こえてきた方を振り返り、手を上げる。

「助かった。礼を言う」

 こちらに向かって歩いてくるのは、輝く金色の長い髪をした、華奢な女生徒だった。胸の徽章を遠目に見れば、同級生である事が窺えたが、身に纏う制服は既に身体に馴染んでいるように見えるので、初等科から繰り上がりの内部生かもしれない。

 実際には先生は来ていないようだ。彼女が機転を効かせてくれたのだろう。お陰でスムーズに事態を収束できた。

「口惜しい事ですわ。あんな悪辣な輩、進学早々目立つような真似をするなと言いつけられていなければ、この手でぎったんぎったんにのして差し上げましたのに」

 艶やかな髪をふわっとたなびかせ、憤慨したように女子生徒は言う。育ちの良さを感じさせる口調から発せられたなんとも勇ましい台詞に、俺は一瞬虚を突かれて目を丸くするが、覚えた好感のままにすぐにそれを細めた。なかなか、正義感の強そうな少女だ。

 そんな俺の所感を裏付けるように、少女はへたり込む眼鏡の少年の方に顔を向けると、ぴしり、と級友を叱責する学級委員長の如く告げた。

「そこのあなたも! 誰かに助けて貰った時はお礼の一つも述べるべきですよ! 私にではなく彼にですよ、分かりますね!?」

「あ……、う、うんごめん、ありがとう。ええと、二人とも」

 眼鏡を直しながら慌てて言う少年に俺は片手をあげて応じる。いいってことよ。そもそも俺、何にもしてないし。

 そんな様子を逐一見守って、少女は満足したように頷いた。

「あなたたちは中等科からの外部生ですね。案内して差し上げたい所ですけれど、わたくしちょっと、この後先生に呼ばれていて時間が取れませんの。ごめんなさいね、お先に失礼するわ。校舎の玄関は、ここを真っ直ぐに行けばすぐだから、迷うことはないでしょう」

 言って彼女は今しがた自分のやってきた方角を示し、再度真っ直ぐにこちらに向き直ってから、綺麗な所作でお辞儀をした。

「ごきげんよう」

 言って、凛と背筋を伸ばして踵を返す。一連の態度も、堂々と歩み去っていくその姿も幼いながらも立派なことだ。さぞ名の通った家の子女なのだろうな。

 ……おっといかんいかん、俺もそろそろ校舎へ向かわないとな。

「ほら、早く行こうぜ」

 親指で、少女の示してくれた方角を差し、俺は眼鏡の少年に声をかけた。

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