12 主人公とダンス
「ねぇ、ルース……やっぱりわたし、この世界はゲームだと思うんだ」
王都に構えるロシュード家の屋敷。その広間でステップを踏むベリアは投げやりに呟いた。
「藪から棒になんだ?」
涼しい顔でベリアをリードし、時にフォローして踊るルースは、呆れ顔で返した。
昼間に約束した通り、ダンスの練習をする二人の間には心地良いヴァイオリンの音色が流れている。ロシュード邸を取りまとめる優秀な執事による演奏だ。執事に何をさせてるんだと思わなくもないが、ルース曰く彼の趣味だそうだ。
優雅な楽の音を聞きながら一生懸命身体を動かすベリアは、むう、と唇を尖らせる。
「だって、完璧じゃん。あんなこと言ってたけど、ルースダンス上手だよね? 練習の必要ないよこれ」
「ベリアはもう少し練習した方が良さそうだな」
何か良いことでもあったのか、ルースは機嫌よさげに口元に笑みを刻む。
おそらくそんな意図はないのだろうが、必死でルースの動きについていっているベリアとしては余裕の笑みに見えてしまう。
(まあ、実際余裕なんだろうなぁ。社交歴が違うもん)
考えてみたら当然だ。ルースは幼い頃から社交場に出てダンスを踊っているのだから、ちょっとやそっと踊らない期間があろうと忘れるわけがない。特にダンスなんて頭よりも身体で覚えるものなのだから。
「あんまり足の動きは気にすんなよ。下より上を見ろ。下を向いてると動きがどうしても小さくなるからな。上を向いて堂々としてた方がそれっぽくなる」
視線が下に下がりそうになるとそんな声がかけられ、ベリアは慌てて視線をあげる。
「そう、それでいい」
しっかり目が合うと、ルースは満足げに微笑む。今日はやけに機嫌が良いみたいだ。
(もしかして、ルースってダンス好きだったのかな?)
それは知らなかったなぁとどこか意外に思い目を丸くしていると、ルースが「そういえば」と口を開く。
「ベリアと踊るのは何だかんだ初めてだな」
「そうだね。わたしはきちんとしたダンス自体、去年初めて踊れるようになったし……そもそもパーティーに出席できる余裕なんて家にないからね」
着ていくドレスもなければ、日々畑仕事や家事、その他金銭の工面に追われていれば時間も無い。ちなみに誘ってくる貴族の知り合いも少ない。
「そう思うと、よく来たよな、あの日」
「ああ、ルースと初めて会ったパーティー? あれは差出人がルースだったからね。攻略対象だって思ったらどうしても気になって。あのときは結構お父さんに無茶言ったなぁ……」
ルースと出会ったのは八歳のとき。
ルースの誕生日を祝うためのパーティーにベリアは招待されたのだ。
「ああ……だよなぁ。パーティーに来たベリアを見たとき、招待したのは失敗だったと思ったよ。あのときは一気にいろいろ思い出して結構混乱してたんだよな、今思うと」
当時、一切交流がなかったベリアが招かれたのは、ルースが前世の記憶を思い出したため。ルースはこの世界が自分の知るゲームとどの程度類似性があるのか測るために、主人公との接触を試みたのだ。
そのとき、すこんと頭から抜け落ちていたのは、ベリア・コグニスがドのつく貧乏伯爵令嬢であったことだ。
会場に現れたベリアとその父親は型の古い質素な衣装を纏っていて、周囲から嘲笑を浴びていた。
ベリアはそれを思い出して、くすくすと笑う。
「あー、すごい笑いものにされてたよね、わたしとお父さん。でもあれはルースが気にすることじゃないよ。わたしはそれが分かってて行ったんだから」
笑われることなど百も承知だった。それでもベリアは参加することを選んだ。
滅多に来ないパーティーへの招待状の差出人がゲームの攻略対象と同じ名前だったのだ。気にならないはずがない。それに加えて、「ルース・ロシュード」を助けたいという気持ちがあった。
ゲームのルースは芸術家を目指していたが、親にきつく反対されていた。それというのも、ルースが幼い頃に、父親が骨董品詐欺にあったため。それまで骨董品や美術品を集めるのが好きだった父親だが、詐欺に遭って手ひどく損をして以来、手の平を返すように芸術作品を毛嫌いするようになったのだ。
詐欺に遭うまではルースの夢は応援されていた。だからベリアは詐欺事件を回避すれば、親子仲をこじれさせることなく、ルースが夢を追えるようになるのではと考えたのだ。
実際に出会ったルースはそもそもそんな夢は持っていなかったのだが、当時のベリアが知るよしもない。
「あのときのベリアは格好良かったな。どれだけ笑われても、縮こまるどころか堂々として、言い返すし。勇ましいなこいつって思ったよ」
「覚悟ができてたからね。ルースを探す方に集中しててあんまり気にならなかったっていうのもあるけど」
「余所の令嬢に絡まれてるところを俺が助けに入っても、ルース・ロシュードだって全く気づかなかったけどな」
「だって、全然違ったじゃない。今もだけど。気付けって方が無理があると思う」
意地悪く笑うルースにベリアは唇を尖らせて抗議する。
「違うったって、顔のパーツは一緒だろ? そんなに違うか?」
「いや全然違うよ! ゲームの方はなんかこう、熊のぬいぐるみとか抱いて寝てそうだったけど、ルースは熊を狩って床に敷いてそう」
「どんな野生児だ……」
「あ、違う。狩るっていうか罠にかけて仕留めた熊かな」
ルースは武闘派というより頭脳派だ。真正面から仕掛けるよりも、罠を使う方が似合っている。
「……たとえ仕留めたとしても綺麗に加工処理して余すとこなく売り払うわ!」
「さすがルース。商魂たくましい」
「おまえな……俺のことを何だと思ってるんだ」
「うーん……?」
少し考えて、ベリアは答えた。
「抜け目がないけど、優しいせいで不器用な人」
ルースはベリアよりもよっぽど頭が回る。教育もきちんと受けていて、貴族としても商売人としても上手に立ち回れる。損得勘定にも聡いけれど、でも決してそれだけでは割り切れない優しさを持っている。その優しさが彼を不器用にしている。とベリアは思っている。
「――って、わっ!?」
それまで完璧だったルースのステップが乱れ、ベリアはぐらりとよろけた。転ばぬように咄嗟にルースにしがみつく。
「ご、ごめん、ルース! ――ルース?」
とんでもない失敗だと慌てて顔を上げ謝罪するが、すぐにルースの様子がおかしいことに気がついた。
ルースはまるで亡霊でも見たかのように驚き、青ざめていた。
「ルース?! 大丈――」
ぶ、と言い切る前に、強い力で腰を引かれ抱き寄せられる。
「え、な――」
(なんか今……光るものがこっち目がけて飛んできたような)
そうっと首を巡らし、つい先程までベリアが居た位置に視線を遣る。そこにはよく磨かれたごく小型のナイフ。どう見ても暗器と呼ぶそれが床に突き刺さっていた。
「トマス!」
「ええ、こちらに」
いつの間にか我を取り戻しているルースが叫ぶと、広間の隅でダンスの練習のためにヴァイオリンを演奏してくれていた執事が心得ているとでも言う迅速さでルースに剣を手渡す。一瞬の――本当に一瞬のことで、ベリアは呆然と目を瞬く。
(ええと……結構な距離があったんだけど、今一瞬でこっち来たよね? 執事って、俊敏なんだなぁ……?)
一度にいろいろ起こりすぎて、もう何に驚いていいのか。目を回すベリアのすぐ上から冷静な声が降ってくる。
「ベリア。そばを離れるなよ」
「え、あ、うん」
ベリアがこくりと頷いた直後に、どこからともなく襲撃者たちは姿を現わした。人数は三人。皆一様に人相を隠すように口元を布で覆っている。手にはナイフが鈍く光り、臨戦態勢で真っ直ぐこちらへ向けてくる。
ルースもそれに応じるように剣を抜く。直後に三人の襲撃者たちは散り散りに動いた。素早い動き。だが、執事トマスが軽く手を振り払ったかと思うと、襲撃者の内一人が倒れこんだ。他二人は、何かを躱すような動作をし、遅れてストッと壁に銀のナイフが突き刺さるのをベリアは見た。
(……うん、銀器を磨くのは執事の仕事だもんね。普段から持ち歩いていてもおかしくない……よね?)
ベリアが執事の仕事と現状を照らし合わせるのに気を取られていると、金属同士がぶつかり合う高い音が響く。投擲されたナイフをルースが剣で弾いた音だった。
「殺すなよ、トマス」
「心得ております」
それからはあっという間だった。
二人の手によって――というよりほとんどトマスの手によって襲撃者たちは沈められた。
(あの人絶対執事じゃない……。ほとんど一対三だったのに、圧勝するとか)
実は屋敷の警備員たちも戦闘が始まってすぐに駆けつけていたのだが、彼らの出る幕がない内にトマスが終わらせてしまった。ルースが抜いた剣も一度ナイフを弾いたのみ。圧倒的な強さだった。
「トマス。あとのことは頼んだ。俺はベリアを部屋まで送ってくる」
「かしこまりました。よろしければ、エマをお嬢様におつけください」
「エマ?」
馴染みのあるメイドの名前に、思わずベリアは声をあげる。
執事は先ほどの戦闘が嘘のように、柔和に頬を持ち上げ顔のしわを深くさせた。
「はい。彼女がそばに居ればお嬢様も安心できましょう」
さすが執事。エマとベリアが仲の良いことを把握済みというわけだ。
「エマならばどんな事態にも対応できますので、坊ちゃんも安心できるかと」
「……。なるほど、やけに身のこなしのいいメイドだとは思ってたがそういうことか」
何だか訳知り顔で頷くルースに、ベリアははてなと首を傾げる。
「え、何? どういうこと」
「大したことじゃない。行くぞ、ベリア。トマス、エマを呼んでおけ」
「かしこまりました」
綺麗に一礼をするトマス。その姿はどこからどう見ても、屋敷を守る礼儀正しい執事だった。




