11 主人公とランチ
学園の中庭は旧校舎と新校舎の間にある。
高い建物に囲まれているために、日差しが陰ることが多い場所だが、太陽が高い位置にある昼間は惜しみなく日光が注がれ、生徒たちの憩いの場となっている。
パラソルのついたテーブル席が置かれ、昼食時には特に人気の場所だ。授業が早く終わる日は、ここでお茶会が開かれることも多い。
「シャルくん。この間はありがとう。これ、お礼に作ってきたんだ。良かったら食べて?」
「え、おれに? ありがとう、ミシェイラ。すごく嬉しい」
「なんだ、俺の分はないのか?」
「えへへ、もちろんありますよ、殿下。たくさん作ったので!」
飴色髪の少女がバスケットから取り出したクッキーを、二人の男が嬉しそうに受け取る。
無邪気に笑う少女を見て、一人は眩しいものを見たように目を細め、一人は甘やかに微笑んだ。
同じく中庭のテーブルで、昼食を摂っていたベリアは「はぁ」と、溜息を吐く。
「……ねぇ、ルース」
「なんだ? ベリア」
向かいに座るルースは、ベリアお手製のサンドイッチを口にしながら首を傾げた。
ベリアは普段食費を減らすために昼食は手作りランチを持ってくることにしている。ルースの家から通うことになってもそれは変わらない。ただし厨房を借りる条件として、ルースの分まで用意することになったのだ。しかし何やかんやで材料費はルース持ち。ベリアにとって実質タダの昼食だ。
「わたし、実は脇役だったのかな?」
「……まあ、今のところはどう見てもミシェイラ・バートリーが主役だな」
食べる手を一旦止めたルースは、ベリアの視線を追って呆れた表情になる。
「思っていた以上の手際の良さだな。しかも偶然か知らないが、ベリアがプレイしたキャラが真っ先に、だな」
「その理屈で言ったら次はルースだよ」
「やめてくれ。冗談じゃない」
ルースが苦虫を噛みつぶしたような顔になり、ベリアは笑った。
「あはは。もしルースがしつこく絡まれて困ったりしたらわたしも助けるから、大丈夫だよ。今たくさん助けてもらってるからね」
「そうだな。そのときは存分に助けてくれ」
「うん。任せて!」
「しばらく俺はベリアのそばにいるから大丈夫だとは思うけどな。原作主人公がいる前で変に突っかかってくることはないだろ」
フレデリカを襲った犯人はまだ捕まっていない。
目撃者であるベリアに犯人が余計な手出しをできないよう、ルースはここ数日授業以外のほとんどの行動をベリアと共にしてくれていた。登下校にランチ、放課後の時間まで。そこまでしてもらっていてベリアに返せるものはほとんどないのが、申し訳ない。
だから、彼がもしも困っている時は必ず力になろうと思いながら、ベリアは厚切りハムのサンドイッチをぱくりと食べる。
その視線は、自然とミシェイラたちの方へ吸い寄せられていた。
彼女と一緒にいるのは第二王子アンディオ・ルトリードと、騎士団長の息子シャルク・フレイユだ。アンディオのそばにいつもいる従者の姿は今は見えない。
「いつの間にシャルク・フレイユまで落としたんだろ。この間のお礼ってことは、やっぱり似たような出会いイベントがあったのかな?」
「王都じゃひったくりもスリもそう珍しいものじゃないからな。ベリアが捕まえたあいつら以外にも手癖の悪い奴はいたんだろ」
「うわ、治安悪いね」
「一応憲兵がきちんと機能している分、マシだな」
街によっては、街の治安を守るための憲兵が機能するどころか、犯罪者と手を組んでいることもあるらしい。罪を見逃す代わりに、分け前の一部を得ているのだとか。どこにでも楽な方向へと流れる人間はいるものである。
(うん、まあ……お金のために前世の記憶を利用しようとするわたしが言えたことじゃないけどね)
領地のために。家族のために。耳障りのいい言葉で覆ってはいるが、ベリアとて楽な方向へ流されようとしている人間の一人だ。……とはいえ、何一つ上手くいっていないのが現状であり、果たして選んだ道が楽だったのかは定かではない。
「はあ……春のパーティーは上手く行くかなぁ」
「ああ、もうすぐだな、そういえば」
興味なさげにルースが相槌を打つ。
学園では年に数回、公式行事としてパーティーが開かれる。
春のパーティーは、新入生が学園に慣れ始めた頃――入学から約一月後に開かれることになっていて、もう今週末に迫っていた。
「春のパーティーはレミアスとの出会いがあるんだよね」
宰相の息子レミアス・ベルデと出会うのは、春のパーティーだった。
母親の古いドレスを着て参加した主人公が周囲から嗤われているところを正義感の強い彼が助けてくれるのだ。
「ふうん、そうだったか。どうせ何かあるとは思っていたが」
あまり興味がないのか、記憶が薄いのか、ルースは生返事だ。完全に聞き流す体勢で、ルースは卵のサンドイッチに手を伸ばす。
お腹いっぱいになってしまったベリアは残りのサンドイッチをルースの前に押しやって、紅茶を口に含んだ。
「わたしも正直忘れかけてたんだけどね」
ベリアは前世でレミアスを攻略していない。そのため記憶がかなり薄かった。レミアスについての情報は、主人公との出会いのシーン以外ほとんど何も知らなかった。
「でも、せっかく思い出したし、第二王子との出会いは失敗したから、今度こそは上手く行くように頑張ろうと思うんだ」
ベリアを主人公とするのなら、現状はゲームのシナリオとは大きく逸れている。けれど、ミシェイラを主人公とすれば、概ねシナリオ通りだ。だから、ベリアもミシェイラに倣って主人公に沿った行動をすれば、攻略対象に近づけるに違いない。と、思う。たぶん。おそらく。
「まあ、好きなように頑張ってみたら良いんじゃないか」
「応援してくれるの? 珍しい」
「どうせ無理だろうからな」
「と思ったらいつも通りだった!」
相変わらず容赦ないなぁと、しょんぼりちびちび紅茶をすする。
確かにミシェイラが強敵なのは間違いないけれど、ベリアは本来主人公のはずなのだ。望みが皆無なわけがない。
(なんでルースはこういうとき非協力的なんだろう? や、別に良いんだけど)
じとっとした目でルースを見る。すると、似たような目で見返された。
「え、何? ルース」
「いや、何でも。王子へのこだわりは思ったよりなかったんだなと思っただけだ」
「あーまあ、別に好きってわけでもなかったし……」
記憶がはっきりしてるから攻略しやすそうだと思っただけで。
ふうん、そうか、と素っ気なさそうに言いながら、ルースはほんの少し口元に笑みを浮かべる。
「そういえば、ベリアってダンス踊れたか?」
「へ? ダンス?」
突然の話題転換に思わずきょとんとしたが、よく考えたらパーティーの話をしていたのだった。
パーティーとくればダンスだ。
一人一曲必ず踊らなくてはならないというわけではないが、貴族社会では必須のスキル。それが優雅なダンス。ダンスをつま先まで美しく踊れる人というのは男女共に人気が高い。
「……ダンスね、まあ……踊れる、かな?」
「ものすごい目が泳いでるぞ」
「いや、本当に踊れるの、少しは! 上手いか下手かで言ったら下手ってだけで!」
「だったら、練習しないか?」
「え、練習? なんで……あ! もしかしてルースも自信ないの?」
「……しばらく踊ってないからな」
「へえ、意外! ルースって何でもできるのかと思ってた」
「何でもできるやつなんていないだろ」
ゲームやマンガじゃないんだから、とルースは呆れたため息を吐いた。




