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第58話 三途の川のヌシ

 渡し守の仕事はただひたすらに舟を漕ぎ、訪れた死者を『三途の川』の向こう側に送るだけだ。

 あとは同行する水先案内人の猫が、その死者を死者の国の関所まで連れて行くことになっている。

 舟棹(ふなざお)の扱いは慣れなかったけど、コツさえ掴めばなんてこともなかった。

 僕は『僕が何者なのか』という過去の記憶を全く思い出せなかったが、不思議なことに人間として生きるために必要な物事や言語などの記憶は残っていた。


 労働者への食事を担当していたあのガタイのいい男は、この辺りの労働者を取りまとめているハチワレ猫のおじさんを紹介してくれた。

 そのハチワレ猫のおじさんは、この川を大昔から見てきた年長者らしく、随分と恰幅(かっぷく)が良く、でっぷりと肥えていて、どこか貫録を感じさせる(たたず)まいだった。

 皆はそのハチワレ猫のおじさんのことを『ヌシ』と呼んでいた。

 ヌシは水先案内協会とつながりが深いらしく、協会との仲介を行ってくれたり、渡し守の仕事の斡旋を行っていた。

 料理番であるその男も元々は、ヌシに渡し守の仕事を紹介してもらったそうなのだが、そのガタイに似つかわしくない、とても繊細な味の(まかな)い料理の腕を認められ、渡し守たちの健康維持を担う役割として、料理番の仕事をあてがわれたのだ。

 労働や転生に対しての意欲を無くしてしまった死者たちが群がる水銀灯の灯るスラムに、この川のほとりは近かった。

 男が料理番をするようになった当時はそのせいもあり、台所事情はあまり良い状況だと言えなかったらしい。

 だが彼がここで料理番をするようになってから、彼の作る現世の味に懐かしさを感じ、生への渇望を抱くものが増えているようだ。



 僕が渡し守として働き始めて二週間くらい経った頃、川辺に兵士の猫の群れが何やら慌ただしく走り回っていた。

 水先案内人である猫とヌシ以外の猫が、関所から川辺まで来ることは珍しく、労働者たち一同は、なんだなんだと不審そうに騒ぎ出していた。


 僕にはその騒ぎの理由に覚えがあった。

 ――そう、僕は脱走した。

 だからきっとあの猫たちは僕を探している。

 でも僕は、あの病室には戻りたくはない――。


「おい、坊主。お前まさか追われてるのか?」


 僕が小屋の隅っこで丸くなり物陰に潜んでいると、その様子を見たヌシが声を掛けてきた。

 僕はその声にビクッと体を震わせると、ヌシはそれ以上は何も聞こうとはせず、黙って少し薄汚れた大きなローブを僕にバサッと投げた。

 そのローブの後ろ首のあたりには、フードのようなものが付いていた。


「それやるよ。少し大きいが、きっと坊主に似合う」

「あ、ありがとう……ございます」

「いいってことよ。今日も頼むな。俺ら渡し守は、ただヒトを運んでるだけじゃない。そのヒトの大切な記憶に寄り添い、それを来世に届けているんだ」


 そういうとヌシは、僕が羽織ったローブのフードを僕の頭に被せてくれた。

 少し猫くさいローブだったが、顔がいい具合に隠れてくれた。

 そしてとても暖かかった。



「行ってきます!」

「おう! 行ってこい」


 ヌシは口に咥えた煙草に火をつけながら、その重そうな体を持ち上げて僕を見送ってくれた。

 僕は渡し守の仕事に遅れないよう、足早に駆けていった。

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