6・海沿いの街と聖女
旅路は概ね良好。聖女が街道を進むだけで、薄い瘴気はすぐに霧散するようで、魔物に遭遇することはなかった。どちらかというと、たまに原生生物、狼と熊とかには、遭遇した。リクセンくんの魔法で追い払われていたけど。魔法って便利ね。賊とかの心配もなかった。まぁ、治安の良い街道を選んで通っているからかもしれない。街道沿いの街も一日の馬車で移動出来る範囲にある。そのため、野宿の心配も食糧がなくなる心配もなかった。それも、これまでの聖女の働きのお陰だろう。ただし、乗りっぱなしの馬車での移動は辛い。主にお尻が痛い。
「お嬢様、お疲れではありませんか」
メリッサさんが飲み物を用意してくれた。冷たい果実水だ。氷はリクセンくんが出してくれた。安全で快適な旅をするには、魔法使いと神官は必須の職業だと思う。衛生的な水はクリストファー様が浄化してくれる。どうやら、瘴気に侵されたもの以外は聖女の力では浄化できないらしい。回復も自分と聖女が接触した者のみで、基本的な他者の回復は神官がやってくれる。瘴気に触れた者を浄化することしかできない事を考えるとあまり聖女が役に立っているとは思えない時がある。
この、攻略対象である、四人はそれぞれ役割分担があるのだな、とこの旅で理解することができた。そして、今回のこの旅を纏める書記官の存在も大きい。これから、現れる聖女のために文書を残すのは大事なことなのだろう。今回は、聖女が亡くなり、この世界で亡くなるはずだった令嬢の身体に入り込むという、事例もあったばかりだ。何が起こるか分からない。
* * *
二つ目の水晶球のある、神殿はあと半日ほどで到着する。リクセンくんの使い魔である鳥、種別まではわからないが魔法使いの使い魔っていったら鴉とかなんだろうが、少し違う様だ。鮮やかな、南国の鳥のような色合いをしている。その鳥、名前はリルっていうらしい。リクセンくんが教えてくれた。リルに手紙を持たせて、使いに送り出したので、向こうで到着の準備をしてくれるはずだ。
攻略対象だけあって、みんな優しい人柄で、私を丁重に扱ってくれるし、話も楽しい、それが選んだ人たちの思惑かどうか判断は付かないんだけどね。聖女だから、優しくしてくれているだけかもしれない。このゲームは聖女の年齢は特に決められていない。売りは聖女の見た目を好きにカスタマイズ出来ることだって、玲子が力説していた。それはつまり、幼い少女から、おばあちゃん、見た目なら男性ぽいキャラまで作れるらしい。すごい、技術だと感心したのを覚えている。玲子の作ったキャラは、かなりのイケメン女子だった。なにかを察して黙っていた。
そんなわけだから、今回の聖女は私の実年齢で決まっていることになる。二十八歳じゃ、この世界だとかなりの、おばさん、この世界の結婚年齢はかなり早そうだし。なので、攻略対象の人たちは、恋愛対象として見てくれているのか分からない。
「あと、どれくらいで着きますか?」
「二時間ほどかな」
メリッサさんの前に座ったリクセンくんが教えてくれた。交代ではあるが、御者台の御者をしているフラムさんの隣に今はクリストファー様がいる。騎士であるアルベルト様は馬に騎乗して馬車と並走している。そして、私の前には、グラード様が座っている。みんなイケメンなんだけど、グラード様は馴染みのあるイケメン。それでも、私の赤面事件でも、気にした様子はなくて、それは少し寂しいけど。今は、書き物に夢中だが、声を掛けると会話には入ってくれるので、嫌われているわけではないようだ。
グラード様は、これまでの文献と、照らし合わせて、今世の聖女の話を纏めてくれている。これまでの聖女と今回の聖女は違うところがかなりあるらしい。出発も準備も急な話だったので私はその文献を見ていない。というか読めない。馬車の移動中は、メリッサさん、リクセンくん、クリストファー様、グラード様に文字の読み書きを教えてもらっているところだ。会話は出来るのだが字の読み書きができないのは不思議だ。
神殿のある街は、水晶球が設置されたことで栄えた街だ。海沿いの高台に建てられた、神殿は白い石造りの建物だった。規模はそれほど、大きくはない。中には神殿長と数人の神官のみが暮らしている。聖女や王家の人たち、有力貴族は神殿から少し離れ領主邸に滞在する事になる。そちらの規模の方が格段に大きい。
ロドス領を治めるのは、ロドス辺境伯領。つまり、グラード様の生家のある土地だ。姓が違うのは、爵位によって、グラード様が得た姓だからだ。辺境伯領にいるのは、グラード様のお兄さんになる。父である公爵は、息子に辺境伯の地位を譲り、今は王都で宰相の地位についている。少し複雑だがグラード様の事なので、頑張って覚えた。順当にいけば、グラード様が次の宰相に着くと、周りは思っているようだ。
そんなわけで、何不自由なく旅が続けられている。水晶宮に触れるのも、大したことでもないので、一日置きに浄化して、それが五回ほどで終わる。それ以外は身体を休ませることと、その地域の観光を楽しむぐらいだ。もちろん、その時は、攻略対象の誰かが同行してくれる。
グラード様のお兄さんは、グラード様とは対照的な騎士様だった。隣国や海岸付近の辺境伯領は、外部の襲撃など遭遇の可能性があるので、軍事力の面を強化しているらしい。ここ何年も隣国とは友好な関係を続けているので、最近はお飾りの面もある。
今日は、休暇と称して、メリッサさんとリクセンくんが同行してくれた。海辺の街なので、潮風が気持ち良い。水平線まで広がる海は前の世界にいた頃を思い出す。リクセンくんは途中で飽きたようで、散歩をしていたグラード様と護衛を交代して一人で出掛けてしまった。
突然の事に、私は固まったまま、グラード様の横顔を見つめた。さらさらの柔らかそうな髪が海風に揺れる。一枚の絵画のような美しさだった。「浅生さん」微かに呟いた私の声にグラード様が振り返るが私の声は聞こえなかったようだ。思わず、あの人の名前を呟いてしまった。なんでもありません、と首を左右に振って私は視線を水平線に移動させた。
「エミコ様は海がお好きなのですか、リクセンが飽きるほど、かなりの時間をここで過ごされていたのでは」
「海は好きです。私の育った場所も海の近くでした。まぁ、山も近かったのですが」
「それは、僕私と一緒ですね。王都の学院に入る前までですが、この地で育ちました。海の近くと言っても山もあるので、幼い頃は海にも山にも行きました」
「貴族なのに…?」
「ここでは、あまり貴族らしい育ちはしていなかったですね。海に潜って魚を捕まえたり、山の畑で野菜を育てるのを手伝ったり。いろいろ体験するのは悪くはない、というのが父の教えでしたからね。屋敷の山側には菜園もあって、今は、祖父母が何か植えているはずです」
文官で、剣術などはやったことはないと思っていたが、違ったようだ。お兄さんは騎士であり、お父さんは宰相なので、家系的には文武両道なすごい人たちなのかもしれない。貴族は貴族らしい生活をしているとばかり思っていた。しかし、ここに住むロドス領の人たちは、自給自足で、身の回りのことも自分でやるようだ。それに、親近感を覚えて、私もここに滞在している間は自分のことは自分でしようと思う。忙しくなければ、菜園にも案内してもらおう。
「ここにいて良いんですか?」
「ええ、私は、屋敷にいるのが、辛くて、王都に出た身です」
しかし、話してくれたのはそこまでだった。何がるのかは、分からないが、グラード様の表情は少し寂しそうだったのが、気になった。グラード様のその表情が気になって私は、その横顔を気付かれないように見つめていた。




