第142話 過去と未来
白君はすぐには返事をしなかった。静寂が、数秒間だけ二人の間に流れる。
その沈黙の重さに、あたしはほんの少しだけ不安になる。だけど、白君ならきっと……そう思っていた。
『……そっか』
白君の返事は、それだけだった。
驚きも、否定も、疑いもない。ただ、あたしの言葉をそのまま受け止めてくれた。
「……本当に、信じるんだ?」
『英さんが意味もない嘘をつくような人じゃないことくらい、僕は分かってるよ』
「意味はある嘘はつくって言いたいの?」
『それもある』
「あるんかい」
こんなやり取りに、あたしの胸がじんわりと温かくなる。
そうだ、彼は昔からこういう人だった。
『というか、僕は未来から自分が来た人間第一号だよ? 信じない理由はないでしょ』
白君の軽い言葉に、思わず苦笑が漏れる。
「……話すよ、全部」
過去に戻って、あの頃のあたしを見つめ直したこと。
そこで感じた想いと、未来に戻ってからの葛藤。
紅百合として、そして今のあたしとして。
あたしはゆっくりと話し始めた。
白君は、ときどき相槌を打ちながら静かに話を聞いてくれていた。
「正治さんのこと。あたしは白君と関係ができないように妨害しちゃったりしてたけど、結果的に別の形で繋がりはできた」
『それで?』
「予想外だったけど、彼の本音を過去の白君が引き出してうまいこと解決したわ。本当にさすがね」
『あはは、過去の僕には感謝しないとね』
白君は正治さんの顛末を聞いて嬉しそうに笑っていた。
「それから、リラのこと。彼女の家庭の問題にはずっと踏み込めなかったけど、過去のあたしは友達として本気で向き合うことを選んだわ」
『過去の英さんは、変われたの?』
「うん。完全に解決したわけじゃない。でも、少なくとも、あたしは彼女に寄り添えたし、彼女も一人で戦わなくてもいいって思えるようになった」
『英さんは、元の未来よりもずっと前に進んだんだね』
「……そうかもしれない」
そして、最後に白君のこと。
「あと、あたしと白君は、過去で……付き合ったんだ」
その言葉に、白君の息が詰まるのがわかった。
『……そっか』
「でも、それは今の白君とは違う。あの頃の白君と、あの頃のあたしが選んだ未来。でも、だからこそ……今のあたしは、ちゃんと向き合いたいと思ってる」
『英さん……』
「過去のあたしは、たくさんのことを変えてしまった。でも、未来をどうするかは、今のあたしたち次第なんだよね」
『……うん』
白君の声は、少しだけ前向きに聞こえた。
しばらく、二人の間に静かな時間が流れる。
「だから、あたしもここから始めようと思うんだ」
『そっか』
白君は小さく笑った。
『なら、僕もここから始めないとね』
あたしは、その言葉に少し安心した。
未来をどうするかは、これからのあたしたち次第。
今度こそ、後悔しないように。
『英さん』
「うん?」
『僕も、ちゃんと向き合うよ。自分の気持ちと君の気持に』
「……うん」
あたしは、少しだけ微笑んだ。
過去に固執していたあたしと、未来を変えようとする白君。
それぞれの決意が、ようやく交わった気がした。




