討伐作戦 前編
現在時刻 十八時十五分
麗華の車が目的地に着く頃には既に日は暮れており、住宅街からは点々と光が漏れ出している。その中に他の家より一際強い光を放つ見覚えのある豪邸が見えてきた。
「家って……ここに住んでるんですね」
「ええ、ここが私の家です」
麗華が家と豪語する見覚えのあるその豪邸は以前、佳が悠一と共に訪れた東条家であった。
正面の入り口ではなく裏門から車を走らせ、素人が見ても分かるほど一目瞭然な高級車やバイクがいくつも止まった大きな地下車庫に入る。エンジンを止め、麗華は車から降りる。続くように佳も助手席を後にする。
「こちらです、ついてきてください」
言われた通り佳は麗華の背中を追いかける。
一度、地上へ上がり正面の扉とは裏腹にこじんまりと設けられた裏口から豪邸の中へと足を踏み入れる。
まるで迷路のような内装を迷うことない足取りで進んでいく麗華について行く。
道中、壁やら天井やら床やらあらゆる所にある高そうな品々があり、まるで博物館のようだった。ただ一つ気になった事は、広い屋敷のことだから佳は何人ものメイドや執事やらがいるのだと思っていたが、結局目的の部屋に着くまで人一人としてすれ違う事はなかった。
「椅子があるので座って待っていてください、紅茶とお菓子を持ってきますので」
麗華が部屋の扉を開き、彼女に中で待つよう言われた佳は部屋の中に足を踏み入れる。中は、いちメイドが利用するには豪華すぎる内装となっていた。
中でも一際目につくキングサイズのベッドを横目に中央にあるお洒落な円形のテーブルへ歩み寄る。
麗華に言われた通り椅子に腰掛け大人しく待つ佳は、内心とても緊張していた。
女性の部屋で年上の女性と二人きりの状態にドキドキするといった純粋な男心からくる緊張ではなく、恐怖からくる緊張だ。
まさか本当にお茶するだけではないだろう。麗華には何か企みがある、そう佳は警戒していた。
(あ……帰り遅れるの家族に言ってなかった、親だと色々聞かれそうだから万尋に連絡しとこ)
待ち時間の間に佳はスマホで万尋に帰りが遅くなる旨を伝える。ちょうどメッセージを送信したタイミングで部屋の扉が開く。
麗華が紅茶用のポットとティーカップ、そして洋菓子を乗せたシルバーのトレイを両手で持って戻ってきたのだ。
「お待たせしてすみません、お菓子の好みを存じ上げておりませんでしたのでお口に合えば良いのですが」
トレイを机に置き、紅茶をティーカップに注いでから向かいの席に座るまでの麗華の一連の動作はとても洗練されており、さすがはメイドと感心していた佳はハッと我に帰る。そして自分をここに連れてきた麗華の目的を聞くため口火を切る。
「ありがたいんですが、そろそろ俺を何故ここに連れてきたのか話していただけませんか?」
「何故と言われましても、最初に理由はお話ししたと思うのですが……」
紅茶を一口含んだ麗華はゆっくりと穏やかな笑みを浮かべながら再度口を開く。
「ただ貴方とお話がしたい……本当にそれだけですよ、そんなに警戒しないでください」
麗華は疑いの目を未だに向けている佳に対し、微笑みかける。
「じゃあ別に今日じゃなくても良くないですか?」
その言葉を聞いた麗華の表情に少し陰りが出る。
「お嬢様……凛央はバケモノを見て三日で行方が分からなくなりました、だから貴方もそうなってしまうのかもしれないと思ったもので」
「……」
暫くの間、麗華と顔を見合わせる。
麗華が嘘をついていないと信じる事にした佳は、一度深呼吸すると彼女のお茶会に付き合う為、紅茶に口をつける。
「その呼び方、凛央さんとは仲が良かったんですか?」
「え?」
突然話を振られ、戸惑う麗華に佳は溜息を吐く。
「え? じゃないですよ、話をするんでしょ? 付き合いますよ、そのかわり終わったら家まで送ってもらいますからね」
「ふふ、わかりました」
ようやく緊張が少しずつ溶けてきた佳と、最初から変わらない様子の麗華の二人の他愛ないお茶会が始まった。
「それで、凛央さんとは仲が良かったんですか?」
改めて佳が同じ質問をする。
「はい、私と凛央は血が繋がっていなくとも姉妹のように過ごしてきました、孤児院で育った私にとっては本物の家族のように大切な存在です」
あまり深く干渉すべき内容ではないと感じた佳は話題を変えようと思考を巡らせていると、先に麗華が話を振ってきた。
「バケモノはどんな見た目をしているんですか?」
唐突な質問に一瞬、返答に困った佳だったがゆっくりと口を開く。
「知らない方が良いですよ」
「そんなに酷い見た目をしているんですか?」
「正直、気持ち悪いです」
苦笑ぎみに言う佳を見て、麗華は片手を口に当て驚いて見せる。
「まぁ! そうなんですか、少し気になりますね、私も是非見てみたいものです」
「テレビ見てます? 本当にやめた方がいいですよ」
「バケモノを見た人が平均一週間で亡くなっているという事ですか?」
「そうです」
互いに真剣な表情で言葉を交わす。
「佳さんはバケモノを見て何日目なんですか?」
佳はバケモノを初めて見た日のことを思い出していた。記憶を辿り、日数を頭の中で数えていく。
「もう五日経ってますね、というか呼び捨てで良いですよ」
「そうなんですか……佳はバケモノが怖いですか? ちなみに私も呼び捨てで呼んでいただいて構いませんよ」
呼び方を指摘された麗華は年上ということもあり遠慮することなく言い直すが、対照的に佳は許可されても呼び捨てにはしなかった。
「もちろん怖いですよ、でも何もしないで殺されるなんて御免ですからなんとかしたいとは思ってるんですけど、今のところ手掛かりがほぼゼロなんですよね……」
バケモノ調査にあまり進展がないことを麗華に愚痴るように言う佳は、洋菓子へと手を伸ばす。
「つまり凛央の手掛かりもゼロってことですか……」
残念そうに呟く麗華の言葉に、洋菓子を口に運ぼうとしていた佳の動きが硬直し背筋が凍りつく。恐る恐る開かれた佳の口からは情けない声が溢れる。
「いや、手掛かりゼロってわけじゃないんですけど何というか行き詰まっていると言うか」
言い訳を言い終えた佳は、手に持った行き先を失っていた洋菓子を今度こそ口へと運ぶ。
「そうなんですか、私に出来ることであれば協力いたしますよ? 例えば武器の用意とか」
そう言って麗華は片手を銃の形にして見せる。またしても麗華の口から物騒な言葉が聞こえてきて佳は思わず口に含んだ洋菓子を吐き出しそうになった。なんとか紅茶で流し込み、一命を取り留めた佳は麗華の提案をあしらう。
「ははは、必要になったらお願いします……あ、そういえば」
ふと佳は先ほどから気になっていることがあるのを思い出した。
「ずいぶん大きな屋敷なのにメイドは麗華さんだけなんですか?」
「いいえ、仕事がない時はみんな凛央を探しに出払っているか部屋の中に閉じ籠っているだけですよ、屋敷を彷徨いていると奥様に凛央を探しに行けと怒られてしまいますから」
この部屋に来るまで一人も使用人が見当たらなかったのはそういう理由か。佳は納得するとさらに質問を続けた。
「あれから奥さんの様子はどうですか?」
「日に日に衰弱しています……身体は大丈夫なんですが精神的にかなり追い詰められているんです」
「……そうですか」
佳は冷めてしまった紅茶を飲み干す。
暗い雰囲気の中、二人の間に暫く沈黙が流れる。そしてその沈黙を破ったのは麗華だった。
「佳……本当は凛央がどうなったのか知っているんじゃないですか?」
佳は麗華と目を合わせず、空になったティーカップの中を覗き込みながらどう答えるべきか考えていた。彼も凛央の死に確証を持てていない。
確かに路地裏で撮った写真や運転免許証などの証拠はあるが、写真はバケモノに隠れていて倒れている女性が凛央だと佳には判断できない、そして運転免許証も偶然落ちていただけかもしれない、凛央が死んでいると言い切ることができなければ生きている可能性も拭いきれない。
手に持ったティーカップをゆっくりとテーブルに戻した佳はポケットに入っているスマホを取り出し、一枚の写真を画面に写してからスマホを裏面にして麗華の手前に置く。
「俺にはバケモノに隠れてその写真に写る人が誰か判別出来ません」
一度言葉を切り、登校用の鞄を弄り取り出した運転免許証を裏側にしたスマホの隣に置く。
「これはその写真を撮った路地裏で拾ったものです、これ以上、俺には何も分かりません、バケモノが見えない麗華さんに写真を確認してもらえればと」
麗華は手前に置かれた運転免許証に目を向け、そこに書かれた名前と写真に目を見開き驚愕する。そして裏面に置かれたスマホに視線を移し、手に取る。
暫くの間、無言のまま目を凝らしスマホ画面を見ていた麗華は静かに顔を上げた。
「顔はよく見えませんが、服は当日凛央が着ていたもので間違いないと思います」
いたって冷静な声で麗華は言う。だが、佳の目に写る彼女の顔は憂いを帯びていた。
「提案があるのですが、二日後の水曜にお会いできませんか?」
「何故ですか?」
こちらを真っ直ぐ見つめる麗華の予期せぬ提案に佳は首を傾げる。
二日後は佳がバケモノを見て丁度一週間だ。ニュースの情報が正確であれば、この日を境にバケモノに襲われる可能性は飛躍的に上がるだろう。それを加味しての彼女の発言に彼は嫌な予感がした。
「バケモノを迎え撃ちます」
佳の嫌な予感は的中した。今日で何度目だろう、彼女の口から物騒な言葉を耳にするのは。
「……本気ですか?」
「別にこちらから仕掛けるというわけではありません、襲われた所を返り討ちにするだけです」
(あぁ、こりゃ本気だ)
真面目に語る麗華を見てそう思った佳は、心の中で溜め息を吐く。しかし、協力者が増えると考えるならば悪くない提案だ。
佳は麗華の提案を承諾するが、さすがに具体的な計画がないとあのバケモノに太刀打ちすることはできないだろう。
「良いですけど、作戦もなしに挑んでも返り討ちに遭うだけですよ」
「それなら安心してください、武器なら用意できますし人員の確保もこちらにお任せください」
そう言いながら、麗華は佳の空になったティーカップに紅茶を注ぐ。ありがとうございますと、軽くお礼をする佳に構うことなく麗華は言葉を続ける。
「可能であれば悠一さんにも来ていただけるとありがたいですね」
「まぁ……そうですね、バケモノが視認できる人でなければ対処しようがないですからね、倒すことはできなくても何かしら弱点や対策方法が見つかれば良いんですけど」
その後は具体的な作戦を話し合い、気がつけば十九時を過ぎていた。日も完全に落ち切っており、さすがにこれ以上帰りが遅くなると両親に怒られてしまう為、麗華との作戦会議はまた後日ということでお茶会はお開きとなった。
現在時刻 十九時二十五分
日も暮れて暗く静かな道のりを、僅かな街灯を頼りに麗華が車を走らせる。
助手席では虚空を見つめる佳が窓際に肘をついている。
東条家を出てから約五分、静かだった車内に佳の声が響く。その声はほぼ無音に等しい車内と外の静かさが相まって、とても鮮明に車内全体に透き通った。
「あの時……どうして俺を疑わなかったんですか?」
あの時とは麗華に路地裏の写真と凛央の免許証を見せた時のことだ。本来なら佳が凛央を殺したという考えも十分に考えられる。バケモノが見えない麗華にとっては尚更、彼の事は信用できないはずだ。
「最初は疑ってましたよ、貴方と悠一さんの身辺調査は一通りしました」
なるほど、だから自分の電話番号を知っていたのかと、心の中で佳は納得する。ただ、いくら身辺調査をしたからといってもバケモノの存在を鵜呑みにするものだろうか。
彼の脳裏に浮かび上がった疑念を見透かしたように、麗華は続けて話す。
「それに、私は凛央を信じています、バケモノがいると彼女が言えばそれを私は信じます」
麗華は強い意志がこもった、それでいてどこか暖かく優しい声で自身の決意を告げる。その決意の中に彼女が何かを悔いるような感情が入り交じっていると佳は感じ取った。しかし、それを詮索することなく彼はただ麗華の意志を静かに聞き届ける。
「……そうですか」
麗華に向けていた視線を窓の外へと戻すと、やがて見覚えのある風景が彼の視線に入り込み、やがて家が見えてきた。場所を教えていないにも関わらず、麗華の車は佳の家の前まで行き停車する。
住所もバレているのかと、心の中で唖然とする。一体どこまで調べているのかと考えただけでも気が滅入ってしまう。
「ありがとうございました」
助手席から降り、運転席に座る麗華にお礼の言葉を述べる。
「構いませんよ、付き合わせたのはこちらの方ですから」
窓ガラスを下げ、麗華がこちらに笑顔を向ける。
「それでは水曜に学校が終わり次第、指定の場所で」
了解です、と佳が一言返答したのを確認した麗華は窓ガラスを閉めて車を走らせその場を後にする。佳は彼女の車を視界に収め、やがて角を曲がり見えなくなった所で玄関に向かう。
それからは時間の経過が異様に速く感じられ、気がつけば麗華との約束の日が訪れた。
事前に今日の計画を伝えておいた悠一から送られてきた予定時刻に間に合わない旨のメッセージを佳は帰宅ラッシュ真っ只中の電車の中で吊革を握りながら目を通し、眉を顰める。
今回麗華が指定した集合場所である住宅街は、昼に比べて夜中は人通りの少なさが顕著に現れる地域である。それに加えて近辺には小さな山があり、悠一や凛央の勤め先付近の都心と比べると少し田舎臭さを否めない。そんな場所でバケモノがいつ襲ってくるかわからない状況のなか一人目的の場所まで向かうのは怪談話や幽霊などといったものに耐性のある佳でも、恐れを感じずにはいられなかった。
「こんばんは、予定より早いご到着ですね」
外に軽トラが置かれた小さな木造の小屋の扉を開けると、そこには既に麗華と東条家の使用人が二人待機していた。
中には広さに反してペンダントライトが一つしかなく、全体的に暗い。
やっとの思いで集合場所に辿り着いた佳だったが、置かれた椅子に座るや否や、落ち着く暇もなく二人の使用人に声をかけられる。
「初めまして佳様、今日はよろしくお願いいたします」
「麗華ちゃんから話は聞きました、出来る限り助力させていただいますね」
「よ……よろしくお願いします」
五十代くらいの大男、三十代前後の女性の順に挨拶された佳が軽く返事をすると二人はすぐに視線を手元に戻す。
大男は部屋の奥に置かれたボックスを開き、女性は机上にある複雑な構造をした機械の前へと腰を下ろし、互いに何か準備をし始めた。
しばらくして十九時三十分を過ぎた頃、小腹が空き麗華に貰ったエナジーバーを頬張っていると扉の開く音がした。
「ごめんね、仕事が長引いて遅くなっちゃった」
一番最初に目に入ったであろう佳に対して遅刻の謝罪をした悠一は、すぐに他三人の存在に気づき会釈する。
「大丈夫すよ、見ての通りまだ準備に時間かかるようなんで」
佳はよく分からない機械を滑らかな手つきで操作する女性へと目線を向ける。
「すみません、設置したカメラがいくつか破損してまして、復旧できないか模索中です」
「カメラ?」
何も知らされていない悠一は目の前の女性の発言に首を傾げる。当然だ。なんせ事前に麗華と話し合った佳でさえ、ここに来て初めて伝えられた事だったのだから。
「全員揃ったことですし、そのことも含めて説明するので集まってください」
椅子から立ち上がった麗華は、近辺の地形の描かれた紙媒体の地図を中央にある机に置く。
「良子さんと芳賀さんも作業は後で構いませんのでこちらに」
佳が来た時から手を止めることなくずっと作業をしていた二人の使用人は、麗華の指示に従い手を止める。
エナジーバーを食べ終わった佳と、入り口付近に突っ立っていた悠一も合わせて、計五人が中央の机を囲むように集まった。全員が集まったのを確認した麗華が、机上いっぱいの大きな地図を開く。
「それでは、今宵のバケモノ討伐の作戦内容の再確認、及び説明を始めます」
落ち着いた声色で麗華が宣言し、室内にいる全員に緊張が走る。
時刻十九時三十五分、遂に作戦開始前の最後の話し合いが始まった。




