討伐作戦 中編
「まずは佳の要望通り少数精鋭での行動になります、東条家からはカメラの監視役として飯塚良子さんと元軍人の芳賀龍馬さんに協力していただきます」
口火を切った麗華がそう言うと、悠一が佳に向けて疑問を呈する。
「なぜ少数精鋭したんだい? 多い方が安全じゃないかな」
「バケモノが見えない人をいくらかき集めた所でむしろ混乱状態に陥るだけだと思ったので、麗華さんに少数での作戦実行をお願いしたんです」
作戦を提案した際に麗華も同意してくれた。
一人不安そうな顔をする悠一に今夜の作戦内容の概要を伝える。
「まずは悠一さんにもこれを付けてもらいます」
そう言い、麗華は小さな通信機を悠一に手渡した。
「これは?」
「通信機です、ここにいる全員と会話が可能です」
麗華は左耳にかかった髪をどけ、通信機を見せてみせた。
「そして事前にこの一帯に仕掛けておいた監視カメラでリアルタイムの情報を得ながら監視役とバケモノの捜索班の二組に別れて行動します、悠一さん、貴方は監視役として良子さんとこの小屋でバケモノの監視をお願いします」
「ぼ、僕ですか?」
佳から本格的にバケモノの捜索をすると連絡を貰った時、てっきり重労働になるだろうと懸念していた悠一だったが、思わぬ自分の役割に彼は驚きを隠せなかった。
「はい、両班に一人はバケモノを視認できる人物がいた方が良いかと思ったので」
麗華は悠一の問いに軽く答え、すぐに説明を続けた。
「捜索班は私と芳賀さんに佳の三人、行方不明者や死亡者の多発しているこの地域の更に特定の範囲を重点的に捜索していきます」
机に広げられた地図に示された捜索地点をなぞる麗華の指を追うようにして佳は地図に目線を向ける。
捜索地点は全てで二つ。一つ目は住居が集中している住宅街。二つ目は住宅街から離れた小さな森林地帯。特に一つ目の住宅街では行方不明者が続出している地域である。
ニュースで報道されている行方不明者の半数がこの地域の住民であることを佳は麗華から聞かされている。
「バケモノと遭遇しなかった場合は後日別の行方不明者多発地域の捜索を、もし遭遇した場合は……芳賀さん」
「はい」
麗華が目配せすると芳賀は部屋の隅に置かれているボックスを開き、おもむろに中から何かを取り出した。
それは銃だった。それも警察が持っているようなちんけな代物ではなく、軍人が持っているような本格的なものだ。
「バケモノに効くかは分かりませんが、全力で応戦しましょう」
佳と悠一、二人に視線を向け麗華がより一層低い声で言う。その視線には決意のこもった強い意志が込められていはように佳には感じられた。しかし、その意志が正義感なのか或いは大切な人を奪われた恨みから来る復讐心によるものか彼女の真意を佳は未だに計り兼ねていた。
二班に分かれて最終準備を始めて数分が経った頃、芳賀から素人でも扱えそうな武器の説明を受けていた佳は背後からいきなり発せられた悠一の大声に思わず身を震わせる。
佳だけでなく、麗華と芳賀、そして共に監視カメラを見ていた良子までもが声の発声元である悠一へと視線を向ける。
悠一は複数あるモニターの一つに身を乗り出すようにして顔を近づけていた。
「お……狼だ、佳くんに見せてもらった写真に映ってたでっかい狼だ……」
音量の抑えられた悠一の声は、微かに震えていた。
先程とは違う、異常なまでの緊張感に一同は硬直している。しかし、佳だけは違った。
武器を隠すためのコートを着て銃を手にし、出入口へと足を運び扉を開ける。
四月にも関わらず、肌を刺すような冷たい風が小さな小屋の中に入り込んでいき、たちまち部屋中の温度が下がる。
「行きましょう、道案内は通信機越しにお願いします」
吐き捨てるように告げた佳を追うように捜索班の二人は急いで後に続き、悠一は既に背中を向けている佳に対して頷いた。
武器を持った手があまりの寒さに震え出す。それを力を入れて抑えようとする。だが、震えは止まらない。
その震えが寒さによるものではなく恐怖によるものだと、彼は気づかなかった。
日が完全に落ち、遠くに家から漏れる光が妙に眩しくなかなか暗闇に目が慣れない中、佳は通信機から聞こえる良子の声に意識を集中する。
『そのまま真っ直ぐ、二つ目の十字路を右に曲がれば森林地帯への入り口があります』
現在、捜索班の三人は住宅街から離れた田畑の道を駆けている。
視界を遮るような建造物はなく、良子の言う森林地帯への入り口を十字路を曲がる前に三人は視認する。
森林の入り口前まで着いた時、ここまで足を一度も休ませずに走り続けていた佳たちを通信機越しに悠一が止める。
『ちょっと待って! 監視カメラ内から狼が移動した』
「まさか、もう居場所がバレたってことですか?」
僅かに息切れしながらも慌てた声で佳は通信機に問いかける。
『分かりません、ですが監視カメラは円を囲むように設置してあります、幸い壊されたのは住宅街の監視カメラですので森林からは出ていないかと』
落ち着いた声で良子が答える。それに続くように麗華が良子の意見を肯定し、補足する。
「良子さんの言う通りです、ですがこの森林は広い上に少し山型になっているので内側は監視カメラの撮影距離外です」
「つまり、いるなら森林の中央ってことですね」
麗華の言葉を聞き終えるや否や、佳は森林への入り口へと足を踏み入れる。佳と同様、僅かに息を切らした麗華と平然とした様子の芳賀も彼の背中に続いて歩み出す。
森林に入ってすぐはある程度道が整えられてはいたが、奥に進むにつれ徐々にその道が獣道へと変わっていった。
慣れない道に苦戦しながらも確実に前へと進んで行くと、前方の木陰から物音がした。佳は咄嗟に物音のした方へと銃口を向ける。少し後ろを歩いていた麗華と最後尾を歩く芳賀も彼の行動を見て、同様に銃を構える。
「……いたのか?」
芳賀の低い声が冷たい風が吹き荒れる森林に微かに響きわたる。
「いえ、バケモノの大きさであの陰に隠れるのは無理でしょう」
「そうか……なら、俺が見てこよう」
そう言うと芳賀は慣れた動きで物音のした方へと、足音を立てずに駆け寄っていく。
それを二人が見守っていると、急に芳賀の動きが機敏になる。周りをクリアリングし始めた彼の顔は遠くからも分かるほどに険しいものへと変わっている。
様子がおかしいと気付いた二人はお互い顔を見合わせて、足音を立てないように気をつけながら芳賀へ歩み寄った。
「気を付けろ! 近くにいるかもしれない」
芳賀の警告を受け、二人はその場で立ち止まる。そこで佳は周りの警戒よりも、木の陰に転がっている物体に意識が吸い寄せられた。
「……!」
佳の言葉にならない声が虚空に響く。陰には見るも無残な姿となった人の死体が転がっていた。
男性か女性かもわからない。それどころか人かどうかも判断し難いその丸まった物体は、死体というより肉塊と言った方が適切かもしれない。しかし、何度も嗅いだこの匂いは人間のものだと彼には理解できた。
「こ……これはなに?」
得体の知れないものを目の当たりにした麗華が、震える声を必死に抑えようとしているのがわかる。
自分よりも肝の座っている麗華が怯えている。しかも動揺によって、周りへの警戒が散漫となっている。
なんとか彼女を落ち着かせようと思案していた佳だったが、芳賀の一言がそれを遮った。
「人間だ! 骨も関節もお構いなしに丸め込まれている……これは人にできる芸当じゃない、鳴神、銃を構えろ」
その言葉に自分を奮い立たせた麗華は慣れない手付きで銃を構える。
聞き覚えのないその苗字は麗華のものなのだろうが、そんな事を今考えている場合ではないと彼も銃を構える。
三人が互いに背を向け合いながら銃を構える中、佳はふと脳裏をよぎった疑問を頭の中で思考する。
(俺たちはここに来るまで殆ど物音を立てずに慎重に歩いてきたし風も吹いていて音なんか聞き取りづらい、それなのにここに居たはずの大狼は俺たちの存在に気がついてこの場を立ち去った、だがあいつには目がなかったはず、ということは鼻か耳がいいのか?)
そこまで考えた所で佳は僅かに漂う臭いに気がついた。北側、つまり佳たちが来た道の方から香る汚臭が彼の鼻腔を刺激したのだ。
この森林には所々に大きな木々が乱雑に生えており、ちょうど汚臭のする方にはあの狼でもギリギリ隠れられそうな大きな樹木が佇んでいた。
西側に向けていた体を元来た道を見下ろすようにして向き直す。
「麗華さんに芳賀さん、あの木の陰です」
大木に銃口を向け、場所を示す。
「見つけたのか」
「いや、あそこから血の匂いが……」
「血の匂い? 足下の血肉のではないのか」
何を言っているのか分からないと言わんばかりに不審感を露わにする芳賀と麗華。芳賀の問い掛けでようやく自分の言っていることが人間離れした事だと佳は気がついた。
樹木にはかなりの距離がある。その上、足下には強烈な汚臭を漂わせる肉塊がある。そんな状況で犬ならまだしも、人間が細かな匂いを嗅ぎ分けることなど到底できるはずもない。
(……気のせいか)
そう思い至った佳は銃口を下げ、大木に背を向けようとする。しかし次の瞬間、彼の視界の端に大きな黒い影が映り込む。
下げた銃を再び構え、咄嗟に大声で叫ぶ。
「北東です! 木々の影に隠れながら大回りしてこちらにバケモノが向かってくる! 悠一さん、監視カメラに奴の姿は!?」
『う、映ったよ! カメラから遠くてよく見えないけど、すごいスピードでそっちに向かっている!』
悠一も見えていると分かり自分の見間違いでないと確信した佳は、つい先程まで銃など握った事もなかったにも関わらず狼が居る方角へ容赦なく引き金を引いた。
初心者の射撃が当たるわけもなく弾丸はあらぬ方向へ飛んで行く。しかし、元より当てるつもりはなく木の陰に隠れている大浪をおびき出すための威嚇射撃だった。
狙い通り陰から出てきた大狼の正確な位置を佳は芳賀に伝える。
「芳賀さん! 一時の方向に銃ぶっ放してください!」
芳賀は佳の言う方向に向け正確に銃弾を撃ち込んだ。
彼に大狼は見えていないが銃弾は正確に奴の身体を捉えた。正確な位置情報と正確な射撃だったはず。だが、大狼から血飛沫が上がることはなく、銃弾は虚しくも奴の身体をすり抜けた。その事実を目にしたのは佳と悠一の二人だけである。
悠一は驚きのあまり声を出せずにいた。しかし、佳は同じような光景を学校で二度見たことがあり、原因もなんとなく理解している。
一度目は昼放課中の渡り廊下、二度目は体育館。どちらも蜘蛛のバケモノを人がすり抜けていた。
(バケモノが見えてない人は奴らに干渉できないってことか!)
自分がどうにかするしかない。しかし、その為には全員にこの情報を伝え、多少の作戦変更が必要だ。
「弾は当たったか?」
一通り銃を放った芳賀はマガジンを取り替えながら聞いてくる。
「当たってないです、一旦引きましょう! どの道、開けた場所でないとこっちが不利です」
『開けた場所なら南西側に向かってください! すぐに森林から出られます』
監視カメラの映像を見ることに注力していた良子の的確な位置情報に従い、佳と芳賀は駆け出した。しかし、麗華だけは大狼の方を見たまま微動だにしない。それに気づいた佳は足を止めて麗華に呼びかける。
「何してるんですか!?」
彼女は呼びかけに応えることなく、一人しゃがんで何かを呟いている。
反応がなく不穏な空気を感じ取った佳は急いで麗華の元まで駆け寄り肩を掴む。
「麗華さん、どうしたんですか! 早くしないとバケモ」
「見える……」
佳の言葉を彼女は無意識に遮った。
「何……言ってるんですか?」
彼は別に麗華の声が聞こえなかったわけではない。言っている意味を瞬時に理解できなかったのだ。そして次の彼女の予想だにしない一言が佳と芳賀の二人に衝撃を与える。
「大きな狼が……見えるの……」




