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聖女の傀儡  作者: K
8/18

気づかぬ違和感

 現在時刻 十七時

 人通りの多い道を避け、悠一の肩を借りて歩いて行くと、路地裏からものの数分もしないうちに彼の家と(おぼ)しき二階建ての一軒家が見えてくる。

 外観を見ると、それなりに家計は潤っているように伺える。


「本当に家近いんですね……」


「うん、駅前の会社で働いてるからね」


 凛央の勤め先の住所を見せただけで地図無しで歩いていった時は随分と道に詳しいなと思ったが、そういうことなら納得だ。

 玄関の鍵を開け、中に入る悠一に続き佳も覚束無い右足を必死に動かし後に続く。中に入り一番最初に目に入ったものは悠一さんの家族のものと思われる靴が二足。


「お邪魔します」


「少し段差あるから気をつけてね」


 右足が痛まないよう最新の注意を払い靴を脱ぎ、悠一の手を借りホールに上がる。それと同時に左先の扉が開き、おそらくリビングと思われる部屋から女性が現れる。


「日曜日に外ほっつき歩いてると思ったら何? 怪我人なんて連れてきて」


 女性は佳の全身を見渡した後、悠一を鋭い目付きで睨みつける。


「ただいま……こ、この子は知り合いで、怪我したから治療しようと思って連れてきたんだ」


 悠一の言葉を聞いた女性は目を細める。


「そう……知り合いなら家にあげてもいいけど二階には上がらせないでよ」


 女性は吐き捨てるように言い、二階へ続く階段を登っていった。


「今のって……」


「うん……僕の妻だよ」


「俺の第一印象良くなさそうですね」


「ごめんね……誰にでもあんな感じで悪気はないから」


 苦笑気味の佳に悠一が謝罪する。


「リビングのソファまで一人で行けそう?」


「はい、なんとか」


「救急箱持ってくるから先に行って待ってて」


「わかりました、ありがとうございます」


 リビングが何処にあるのか教えてもらった佳は、壁に手を添えながらピョンピョンと片足跳びでリビングへと向かう。しかし、リビングの扉を開けた佳は呆然と立ち尽くす。

 悠一の言っていたであろうソファに先客が居たからだ。


(小学生くらいか……娘さんかな?)


 小学生くらいの小柄な女の子がソファに座ってスマホを眺めている。どうやらイヤホンをしているようでこちらの存在には気付いていないようだ。

 どうしようかと悩んでいたら、救急箱を持ってきた悠一が背後から不思議そうに声をかけてくる。


「あれ、どうしたの? 遠慮せずに座っててくれて大丈夫だよ」


 悠一はそう言いソファに目をやると、溜め息を吐いて再び佳に向け口を開く。


「あぁ未希(みき)か、ごめんね、すぐ部屋に行かせるから」


「いえ、俺は大丈夫なんで……」


 佳が言葉を言い終える前に、悠一は未希を自室に行くように促す。


「未希、悪いけど自分の部屋に行っててくれないか? 怪我人の治療をしたいんだ」


 ソファの前まで行き、少し声音を上げた悠一の言葉に未希はスマホに向けていた目線を下から睨みつけるようにして彼に向けた。その目つきは生まれつきか、それともわざと睨みつけるようにしてるのかは佳には分からなかったが少なくとも親子関係が良好でないことは彼にも明確にわかった。

 未希はイヤホンを外すことも、声を出すこともなく悠一の言葉に従いソファから立ち上がる。悠一もそれに対して苦言を呈する様子はない。


「………」


 リビングを出る直前、未希が無言のまま佳を凝視する。頭から爪先、全身を人通りの見た後、結局何も言葉を発することなくリビングを後にする。


「……家族関係大丈夫なんですか?」


 つい心配になり苦笑気味に聞く。


「微妙かなぁ、ははは、それよりほら、ソファ座って足の怪我見ないと」


 催促された佳はソファへと足を運ぶ。


「痛てっ」


 腰を下ろす際に勢いがつき過ぎたせいで右足に痛みが走る。


「それじゃあ足見せて」


 その後、人通り右足を見てもらったが大した怪我はしていなかった。


「思ってたより大丈夫そうだね、今日中はまだ痛むかもしれないけど明日には痛みも無くなってるんじゃないかな、それよりも擦り傷が酷いから絆創膏貼っとくね」


「ありがとうございます」


 これで良しと、佳の治療を終えた悠一が救急箱を机の上に置きソファへと腰を下ろす。

 L字型のソファの為、佳の右斜め前に悠一がいる状態だ。


「いやぁ……この歳で全力疾走は流石に体にくるね」


 悠一は身体をぐったりとソファに預け、冗談めかしく笑いながら言う。


「すみません、俺のせいで悠一さんにも迷惑かけてしまって……」


 悠一とは正反対に落ち込んだ顔つきで佳が謝罪する。


「まぁ、佳くんとバケモノについて調べるってなってからこういったことが起こるんじゃないかなって危惧してたから」


 何故だろう。我が家に戻ってきて落ち着きを取り戻したのか悠一がとても大人に見える。実際大人なのだが、外だといつもソワソワしているイメージがあった為、外出時と自宅でのギャップに佳は少し意外感を抱く。


「悠一さんって家だと頼れる父親って感じしますね」


「外だと頼りないみたいな言い方だなぁ」


「実際、俺よりもビクビクしてるじゃないっすか」


 二人は笑いながら言葉を交わす。


「でも、佳くんの言う通りかもね……家だと弱音は絶対吐かないようにしてるし」


「……ご家族と何かあったんですか?」


 悲壮感漂う彼の表情は、先程までの彼に対する家族の素っ気ない反応が何かしら関係していると思い、佳は多少躊躇いつつも彼の家庭内事情に首を突っ込む。

 何故かこういった複雑な家庭環境に対して、どうにかしてあげたいという感情が芽生えてくるのだ。


「……聞いても何も面白くないよ」


「差し支えなければ聞かせてください」


 いつになく真面目な表情で悠一は語り出す。


「僕たち夫婦の間には元々息子がいたんだ、生きていたら君と同い歳になっているだろうね」


 佳は驚きのあまり声を失う。悠一は佳の反応も気にせず言葉を続ける。


「先天性疾患で決して治らない病気じゃなかったんだ、でも当時はお金が無くてね、若くして結婚したっていうのもあるけど、僕の実家は昔から貧乏で、妻は子供の頃から母子家庭でお金を貸してくれる親戚もいなかった」


 哀愁漂う悠一に掛ける言葉が見つからない佳は只々無言で話を聞き続ける。


「必死に助ける方法を探したんだけど結局間に合わなかった、そんな事があってから妻はお金に執着するようになったんだ、元々お金のない家庭に生まれて不自由な生活をしていたのも起因していてそれが拍車をかけたみたい、数年して未希が生まれたんだけど、自分達の様にいざという時何もできない人間に育って欲しくないって変に教育に力を入れてるんだ、力を入れすぎな節もあるけどね、妻は未希の教育に時間を費やして、僕はその教育費を稼ぐ為に時間を費やしているうちに未希と接する時間が段々と減っていって気がついたときには僕に心を開かなくなっていたんだ」


「思っていたより……深刻なんですね」


 悠一の話を聞き終え、ようやく言葉を口にした佳は動揺を隠せずにいた。


「確かに他の人たちから見たら僕たち家族は関係が冷め切っている様に見えるかもしれない、でも……」


 悠一は一度目を閉じ、一拍おいてからこちらに視線を送る。


「僕は今、しっかり家族を守れてるからそれだけで満足なんだ」


 満面の笑みで言う彼を、佳は純粋に男としてカッコいいと思った。


「なんてカッコつけたけど、本当はもっと二人と良好な関係を築いていきたいって思ってるんだけどうまくいかないんだよね、ははは」


 右手を首に添えて恥ずかしそうに言う悠一からは、情けない事を言っているはずなのに今までの彼に対する頼りないイメージは全く感じない。


「ははは、悠一さんならきっと上手くいきますよ」


「ありがとう……息子が生きてたらこんな風に男同士の気兼ねない会話ができてたんだろうなぁ」


 そんな会話をしていると、佳は扉の方から人の気配を感じ取り視線を向ける。


(誰だろ?)


 その視線に気付いた悠一が不思議そうに声をかけてくる。


「どうしたの?」


「いえ、なんでも」


 視線と扉の先に向けていた意識を元に戻す。既に時刻は十七時三十分を過ぎている。今家を出ればなんとか日が暮れる前には家に着くだろう。


「日も落ちそうなのでそろそろ帰ります」


「でも、まだ近くにあの人型の狼がいるかもしれないから、しばらくここにいた方が……」


「あの人狼だからこそ早く帰った方が安全だと思います」


 悠一の提案を拒否し、頭上に疑問符を浮かべる彼に佳は自分の推測を述べる。


「人狼の弱点は日光だからです、他のバケモノは分かりませんが」


「あ、そういえば」


 路地裏での現象を思い出したのだろう、納得した様子で悠一は呟く。二人とも日光によって炙られる人狼の姿を目にしている。


「なので日の出ているうちに戻った方が襲われる可能性は低いと思います」


「そっか……そうだね、その方が良さそうだね」


 名残惜しそうにする悠一からの同意も得て、今日のところはお(いとま)させていただく事にした佳はソファから立ち上がる。まだ足は少し痛むが一人で歩けない程の痛みではない。

 玄関へ向かおうと二人は扉を開くと、そこには自室へ向かったはずの未希がいた。


「どうしたんだ未希? こんなところで」


 返事はない。未希は悠一ではなく佳を見上げている。どうやら目的は佳のようだ。それを察した佳は膝をかがめ、目線を未希に合わせて話しかける。


「未希ちゃん……だよね? 俺に何か用かな」


 優しく問いかけたつもりだったが、やはり返事はない。ただ佳を見つめているだけで何も反応がない為、二人は困惑し顔を見合わせる。

 すると未希が紙切れを押し付けるように佳に手渡し、逃げるように階段を駆け上がっていってしまった。


「一体どうしたんだ? 未希」


 二階を覗き込みながら悠一が不思議そうに首を傾げる。佳は手渡された紙切れに視線を落とす。

 紙切れには『お話ししたい事がございます、父には内密にお願いします』と、書かれており、彼女の電話番号と思しき数字が記されていた。書かれていた内容と綺麗な文字はとても小学生が書いたとは思えないものだった。


「ごめんね、未希が急に……どうしたんだろう?」


「大丈夫ですよ、気にしないでください」


 悠一の謝罪に軽く返答した佳はその紙切れをポケットに入れ、帰宅するために玄関に向かう。


「車で送って行こうか?」


「それじゃ悠一さんが帰り道危ないじゃないですか」


「あ、そっか」


「気持ちだけで十分です、それじゃあ」


 笑顔で軽く手を振った佳は、玄関の取手に手をかける。


「うん、気をつけてね」


 玄関を開き、悠一の家を後にした佳は何事も無く日が暮れる前に帰宅する事ができた。

 ただ一つ気になる事があるとすれば、未希の助けを求めるような視線が佳の脳裏に焼き付いていた。




 十七時五十五分

「ただいまー」


 自宅の玄関を開け、佳はリビングに向け帰宅の挨拶をしてからすぐに自室のある二階へと向かう。

 部屋に入った佳はウエストポーチからスマホだけを取り出し、机の上に放り投げる。そして身体をそのままベッドの上に預けて、ポケットに入れっぱなしでクシャクシャになった紙切れの(しわ)を伸ばす。

 紙切れに書かれた内容を読み直し、スマホを手に取った佳は電話をかける。数回の電話コールの後、スマホ越しに幼い少女の声が聞こえてくる。


『もしもし』


「未希ちゃん……だよね?」


 未希の声を聞いた事が無かった為、不安気味に佳がスマホ越しに問いかける。


『はい、未希です』


「お父さんのことで話がしたいって紙に書いてあったけど、どうして俺に?」


 少し緊張した様子で答える未希に何故自分に紙切れを渡してきたのかを問う。


『その、最近お父さんの様子が変で、さっきのリビングでの話を聞いて佳さんなら何か知っていると思って……』


 未希に名前を覚えはない。つまり話を盗み聞きしていたのは本当なのだろう。


「聞いてたんだ」


『ご、ごめんなさい!』


 盗み聞きしていた事を咎められたと勘違いした未希が謝る。佳は焦ってすぐに彼女の勘違いを訂正する。


「あ、いや、別に怒ってないから大丈夫だよ、それよりお父さんが変って言ってたけど……」


『はい、水曜日に突然引っ越しすると言い出してお母さんと喧嘩してから落ち着きがなくて……でも、あなたと話しているお父さんはとても穏やかでした、お願いします、何か知っていたら教えてくれませんか?』


 きっと悠一は水曜日にバケモノを見て混乱し、咄嗟に家族を守るため遠くへ行こうと考えたのだろう。

 未希に真実を伝える事は簡単だ。しかし、佳はそのまま伝えると混乱を招くと思い内容を(ぼか)して曖昧な回答をした。


「君のお父さん……悠一さんはね、未希ちゃんとお母さんを守るために悪者と戦ってるんだ」


『悪者?』


「そう、すごく強大で凶悪な悪者だよ、俺はそれを手伝ってる、うーん、パートナーみたいなもの、かな? だからね、未希ちゃんが心配なのも分かるけど、お兄さんがついてるから安心しな」


 佳はスマホ越しで見えないにも関わらず、カッコつけた台詞を吐き捨てながら胸に拳を当ててみせた。が、内心では適当な事を言い過ぎたのではないかと少し不安を覚えていた。


『ふふ……本当のことは教えてくれないんですね』


「え?」


「いえ、ふふふ……強大で凶悪な悪者、頑張って倒してくださいね、ふふッ」


 頑張ってバレないようにしているのだろうが、未希がスマホの向こう側で笑いを必死に抑えているのが目に浮かぶ。


(あれ? 小学生を諭してるつもりだったのに俺の方がめっちゃ笑われてるじゃん……)


「う、うん」


『右足、お大事にしてくださいね……ふふッ、それじゃあ失礼します』


 その言葉を最後にスマホからはビジートーンが聴こえてくる。通話が切られている事を確認した佳はスマホに充電器を差し込む。


(あの子、ほんとに小学生かよ……)


最近の小学生は侮れないなと、佳は身をもって感じる。そして就寝するまで、妙な敗北感を感じながら過ごすことになった。




(……またか)


 佳は意識がハッキリしない中、又しても同じ光景を目にしていた。夢を見るのはこれで三日目、今のところ一日として夢を見ない日は無い。


「ほんとに何なんだ? この村は」


 三日連続で同じ村が偶然夢に出てくるとは考えにくい。何かしら自分の記憶と関係があるのではないかと感じ始めた佳は夢の中にも関わらず、その村に記憶の手掛かりがないか注意深く散策する。

 ただでさえ人口が少なそうな村を散策していると、いつの間にか目の前に更に人気(ひとけ)のなさそうな雑木林が広がっていた。佳はその雑木林を楽しげに駆け抜ける五人の少年少女を目撃する。

 見覚えのある三人に、見覚えのない二人の少年と少女が楽しそうに駆けている。


(俺と万尋に夢で見た銀髪の少女と……あとの二人は誰だ?)


 見たことのない二人の人物に首を傾げている佳は自分と夢で見た銀髪の少女が親しげに手を繋いでいるのが目に入った。

 佳は無意識に手を伸ばしていた。どう足掻いても届くはずのない光景なのに、自然と身体も動く。しかし、足を一歩前進させた佳の意識は覚醒し、現実へと戻ってきた。


「あぁ……くっそ頭いてぇ、最近寝起きが悪いな」


 痛む頭を抑え、重い身体を無理矢理起こし学校へ行く準備をする。

 あまりに続く朝一の頭痛に学校を休もうかと考えたが、流石に三日連続で拓哉との部活の約束をドタキャンする訳にもいかず、気怠い身体を奮い立たすため、洗面所に向かう。やつれ気味の顔面に冷水をかけ、意識を完全に覚醒させる。

 リビングに向かい時間を確認すると、朝練まであまり時間に余裕がない事がわかった佳は軽く朝食を済ませる。


「行ってきまーす」


「行ってらっしゃーい!」


「気を付けろよ」


「行ってらっしゃい兄ちゃん」


 母、父、万尋の順に声が返ってくる。佳は玄関の扉を開け、バス停へ駆け足で向かった。




 四月八日 現在時刻 十七時三十分

 朝練、授業を終えて放課後。佳は拓哉と共に部活動に勤しんでいた。

 部活が終わり、バスケ部員たちは疲れ切った足取りでゾロゾロと部室へ向かう。


「はぁ、はぁ……あー、疲れたー」


 水分補給をしている佳の横で息を切らした拓哉が寝転がる。平然としている佳は汗を拭かずに寝転がる拓哉に視線を向ける。


「床汚したら怒られるぞ?」


 そう言われた拓哉は納得いかない様子で佳に文句を並べ立てる。


「いや、逆になんで部活サボってたお前はそんな平気そうなんだよ、おかしくね? 体力どうなってんの」


「拓哉はもうちょい自分の体力考えて動け、常に全力じゃんお前、そりゃバテるわ」


 床に倒れ込む拓哉を見下ろすと、彼はこちら視線を向けていた。


「なに?」


 凝視したまま黙っている拓哉を佳は訝しむ。そして少し間をおき、拓哉が口を開く。


「いやさ……なんか佳、ゴツくなった?」


「そうか?」


 実際にトレーニングをしていたのなら拓哉の言葉を素直に受け入れ喜んだだろうが、佳はこれといって覚えがないため複雑な気持ちになる。

 自分自身で見たり触ったりして確認してみても普段との違いが分からない。


「気のせいだろ、それより片付けするぞー」


「えー、もうちょい休ませて」


 子供のように駄々をこねる拓哉を引きずり体育館に向かおうとした佳は自分のリュックの中から鳴る電話の着信音が耳に入り、足を止める。

 引きずっていた拓哉を放ったらかし、見覚えのない番号に怪訝しながらも佳は電話に出る。


「もしもし、どちら様ですか?」


『昨日ぶりですね、東条家のメイドの麗華です』


「……なんで俺の電話番号知ってるんですか」


 佳は引きつる顔を隠し、周りの部員に怪しまれぬよう部室を出て人がいない所まで移動する。


『連絡先を教えていただくのを忘れていたので、こちらで勝手に特定させてもらいました』


 佳の疑問に悪びれもなく平然と答える。


「それ犯罪じゃないすか?」


『探偵のフリをして家に入り込むのも犯罪なのでは?』


 ぐうの音も出ない。

 これ以上の反論は得策ではないと思い、佳は用件を聞き出す。


「それで、俺になんの用ですか?」


『いえ、これといって急ぎの用事はないです』


 じゃあなんで犯罪行為に及んでまで電話なんかしてきたんだと文句を言いたい欲を佳は必死に抑える。


「じゃあ、なんで電話なんてしてきたんですか?」


『少しお話をしたいと思いまして、良ければお茶でもどうですか?』


「いや、急に言われ」


『それでは校門でお待ちしていますね』


 佳の言葉を遮り、麗華は自分の言いたいことだけ言って電話を切った。


(行きたくねぇ……)


 逃げ場のないこの状況に嫌気が差すが、佳は諦めて片付けを終えたら彼女の所へ向かうことに決めた。




 十七時四十五分

 片付けを終えた佳は重い足取りで校門に向かう。

 直前に紗七に途中まで一緒に帰ろうと誘われたが、用事があると断りを入れた。

 校門に着くと、反対車線にすでに私服姿の麗華が私物と思われる車を止めて待っていた。

 お金持ちの家のメイドなだけあって清楚でお嬢様のような服装だ。その姿からは初対面の時の威圧的な態度は全く感じられない。

 左右から車が来てないことを確認した佳は反対車線で待つ麗華の元に駆け寄る。こちらの存在に気がついた麗華が手を前に組んで綺麗な姿勢でお辞儀する。


「よかった、来てくれなかったらどうしてやろうかと思いました」


 開口一番に物騒極まりない言葉を笑顔で言う麗華に、さすがの佳も引きつる顔を隠しきれない。もし逃げていたら何をされていたか、想像するだけでも恐ろしい。


「……勘弁してくださいよ、笑えないですよその冗談」


 引きつった笑顔で冗談とは言ったものの、この人が言うと全く冗談に聞こえなかった。

 個人の電話番号を特定してきた麗華だ、どんな手を使ったかは分からないがその気になればなんでも出来てしまいそうで恐ろしい。


「どうぞ乗ってください、お茶する場所は私の家でも構いませんよね?」


 そう言うと麗華は助手席の扉を開く。


「俺はいいですよ……」


 麗華に半ば強制的な誘いを受けた佳は反論したところで意味がないだろうと悟り、大人しく彼女の車に乗り込み目的地へと連行されていった。

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