戦慄
「人間型のバケモノ……」
悠一が佳の発した言葉を繰り返す。先程までの頼もしい彼は何処へやら、彼の表情は恐怖で塗り固められていた。
「人型であるという確証はありませんが、少なくともサイズは人間と同等だと……」
一度言葉を切り、佳は自分の推測を述べる。
「それと、奥さんが凛央さんに聞いた通りならバケモノは二足歩行である可能性が高いですね」
奥さんは凛央の話を聞いて彼女の跡をつけているのがストーカーであると認識していた。二足歩行でなければ凛央から話を聞く時点でストーカーという発想は思い至らないだろう。
「……」
「どうしました?」
今できる限りの推測をし終えた佳が悠一の意見を聞こうと視線を向けると、彼は両腕を組んで何かを考え込んでいた。暫くしても反応がなかった為、佳は声をかける。
「気になったんだけどさ……」
ようやく反応を見せた悠一は両腕を組み、考え込んだ体制のまま口だけを動かした。
「どうしてバケモノはすぐに襲ってこないんだろう? 佳くんの見た蜘蛛型といい、凛央さんをつける二足歩行型といい」
悠一の疑問は佳も抱いていた。彼はそれをバケモノの習性か何かだと思っていたが、確かによくよく考えてみればいずれ捕食する人間をつけ回す意味などないはずだ。それにニュースではバケモノを見たと言う人の平均生存時間は約一週間であり、それだけの期間を賭してまでする必要のある行動なのだろうか。
「命令でもされなきゃ待つ必要なんてないと思うんだよね……」
この悠一の一言にはさすがの佳でも動揺を隠せなかった。
「!? ……バケモノは何者かに操られてるって言いたいんですか?」
「まだ今の情報量じゃ確証はないけどね、さっき佳くんが言ってた警察の可能性もあるし国自体の仕業かもしれないし、或いは一個人の犯行かもしれない」
悠一の意見を聞き終えた佳は両腕を組み、背もたれにもたれかかった。そして上を見て思考を巡らせる。しかし、答えが出るわけもなく彼は思考を一旦止める。
「ダメだー……いくら考えてもキリがない」
全身から力を抜き、机にベタリと上半身を倒れ込ませる。手掛かりが少なすぎる。佳と悠一の両者ともそう考えていた。
どれだけ思考し推測しても最終的には憶測に頼るしかなくなる。だから佳は行き詰まった現状を打開すべく新たな提案をする為、倒れ込ませていた上半身を起こす。
「このまま考え込んでてもどうにもなりませんね……悠一さん、よかったらこの後早速行ってみませんか?」
「どこに?」
疑問符を浮かべる悠一に彼はウエストポーチからメモ帳を取り出す。メモ帳をパラパラと開き、先程東条家で書き記していたページを悠一の前に開いて見せる。
「凛央さんの勤め先である会社付近に」
佳が開いたページにはメイドの麗華に教えてもらった凛央の会社の住所が書かれている。それを見た悠一は少し驚いた様子だった。
「……近いな」
ボソリと呟いた彼の声を佳は聞き取れなかったが、わざわざ聞き返すほどのことでもないと思い、話を進めることに専念した。
「少し距離はありますけど電車なら今日中に行って帰ってこれますし、何かしら手掛かりがないか調べてみませんか?」
「そうだね」
佳の提案を彼は真剣な表情で受け入れた。ついさっきまでバケモノに怯えていた悠一だったがとてもやる気のようだと、佳はそう感じた。
十五時四十五分
佳と悠一は喫茶店を後にし、電車で凛央の勤めていた会社の最寄り駅まで約四十五分かけて移動した。その駅周辺は日曜日ということもあり人通りが多く、その大半が十代から二十代くらいの若者である。駅周辺には若者向けのお店や流行り物のお店が沢山並んでいる。
「相変わらず人が多いな」
人の多さに佳が愚痴をこぼす。友人と休日に訪れることがあったが、久しぶりに来たためか、何故か今日はいつもより人の数が多く感じられた。
「そうかな……それより道はこっちだよね?」
「あ、はい、そっちですね」
「それじゃあ行こうか」
悠一が指を刺して行き先を佳に尋ねて確認すると、返事を待たずに彼は足早に歩いて行く。五分程度歩き、二人は目的の場所へと到着した。
そこは十階建てのファッションビルで凛央はこのビルの五階でアパレル店員として働いていたらしい。
「着いたのはいいけど、どうやって手掛かり探そうか……」
ビルを見上げながら悠一が呟く。
「それなら麗華さんに凛央さんの同僚との面会を取り次いでもらっているのでまずはその人に話を聞きましょう」
「東条さんの家の帰り際に何か話してると思ったらそのことだったんだね」
「アポなしだと流石に怪しすぎると思ったので」
とは言っているもののこれは佳による腹積りではなく、麗華が自主的にとった行動だった。彼女は悠一が探偵でないことも、ましてや二人が親子でないことも見破っていた。それ自体はあまり驚きはしなかったが、麗華は警察には通報しないで自分たちに凛央の調査を託してくれると言ってくれたのだ。訳を聞いてみたが冷たくあしらわれてしまった。
理由はともあれ、有益な情報を得る機会を作ってもらえたことには感謝している。奥さんには内密にと脅迫まがいな念の押されかたをしたが、この事は悠一に言わないでおこう。
「十六時にお会いしてくれるようなので行きましょう」
そう促した佳はビルの中へと入って行き、悠一が後に続く。
五階でエレベーターを降り、右に曲がって突き当たりのお店が凛央の勤め先である。そのお店は女性向けのアパレルショップで男二人では足を踏み入れるのを躊躇ってしまう。しかし、お店の前で立ち止まっているわけにもいかないので佳は一番近くにいた若い女性店員に話しかけるために歩み寄る。その後ろから躊躇いがちな足取りで悠一が続く。
「すみません」
「はい、あ、もしかして麗華さんの言っていた方たちですか?」
どうやらこの女性店員が麗華の言っていた凛央の同僚らしい。探す手間が省けて悠一が背後でホッとしているのがわかる。
「はい、仕事中にわざわざ時間を割いていただいてありがとうございます」
「大丈夫ですよ、今日はもともと大事な用事があって仕事を早めに上がらせてもらう予定だったので」
佳の丁寧な挨拶に警戒する事なく女性店員は笑顔で答える。これも麗華のおかげだろう。
「凛央についてのお話……でしたよね? 人前で話せるような話題ではないので中にどうぞ」
そう言って女性店員はもう一人の店員に会釈をしてから二人を奥の部屋へと案内する。こじんまりとしたその部屋にはロッカーと机一つに椅子が四つ置いてあるだけで、二人は促されるまま女性店員の向かい側に腰を下ろす。
「狭くてすみません」
「いえいえそんなお気になさらず、むしろ急にお店に押しかけてしまって申し訳ない」
先程までオロオロしていた悠一だったが、ようやく落ち着きを取り戻したようだ。
「凛央を探すためなら協力は惜しみません、それに麗華さんからお願いもされましたし少しでもお力になれればと」
真剣な眼差しの女性店員が力の篭った声で言う。凛央とは相当仲がよかったのだろう。
「ありがとうございます」
悠一が一言、感謝を述べる。
「凛央さんとは仲がよかったんですか?」
まず佳が当たり障りのない話から始める。
「はい、私と凛央は同期で歳も同じだったのですぐに親しくなりました」
「このお仕事は何年目なんですか?」
「大学を卒業してから始めたのでまだ二年目です、だいぶ仕事にも慣れてきて人生これからっていう時に……」
女性店員は少し俯きながら、明らかに表情が暗くなってしまっている。
「そうだったんですか……さぞ凛央さんの安否が心配でしょう」
今にも泣き出してしまいそうな女性店員に悠一が同情する。虚言ではなく本心から。
「凛央さんがいなくなる前に何か不可解な事は起きませんでしたか?」
そのまま悠一が言葉を続ける。当日のことを思い出しているのか、少し間を置いてから再び女性店員は口を開く。
「四月三日の十一時ぐらいだったと思います、私と凛央はいつも通り仕事をしていたんですけど……」
再度、間を置く。
「いきなり凛央が店の外を見つめながら怯え出して、そのまま何かから逃げるようにして店から飛び出していったんです」
「その時、凛央さんは何か言ってませんでしたか?」
すかさず佳が質問する。今度は言うのを躊躇ったのか、女性店員が声を発するまでかなり間が空いた。
「……どうしてここまで、バケモノ、近寄らないで……そんなことを言ってました」
「なるほど、大体状況は理解できました」
女性店員の証言を聞いて凛央が四月三日にどういった状況、どういった経路で仕事場からあの路地裏まで行き着いたのか、佳には想像できた。
凛央が路地裏で血を流し倒れていたことや、死んでいる可能性があることを知らない悠一は当然、今の証言だけでは佳のように理解しきれず戸惑っている。
「え、ほんとに?」
女性店員に聞こえないよう小声で佳の耳元に近づき悠一が呟く。しかし、佳はお構いなしに女性店員にも聞こえる音量で返答する。
「ええ、人間型のバケモノは恐らく……」
「あ、あの!」
佳の言葉を遮るようにして女性店員が声を張る。
「あなた達は……バケモノが見えるんですか?」
「!? あ……えっと」
「はい、俺たち二人とも見えますよ」
予想外の質問に困惑していた悠一とは正反対に佳はあっさりと返答する。
「やっぱり……麗華さんの言う通りだ、凛央はおかしくなったわけじゃないんだ!」
本来なら他人にこんなことを言っても馬鹿馬鹿しいと一蹴するだけだろう。しかし彼女は佳の言葉を疑おうとはしなかった。むしろ彼女の顔からは歓喜のあまり笑みが溢れている。
「あの、どういうことか教えていただいてもいいですか?」
自己完結して大いにはしゃぐ女性店員に少し引きながらも、佳は尋ねる。
「あ、すみません、他の同僚も警察の人たちもみんな口を揃えて凛央が精神病だとか変な宗教にハマったなんて言っていて……弁護しようとしても私にはバケモノが見えないのでどうすることもできなかったんです、警察もまともに凛央の捜索をしてくれなくて、でもあなた方が証言してくれれば警察もちゃんと捜査してくれるはず!」
「無理だと思いますよ」
力のこもった声で興奮気味に語り続けていた彼女の言葉を冷静に佳が遮り否定する。
「ちょっと、佳くん……」
ストレートすぎる佳の返しに悠一が動揺する。
「警察を納得させられるほどの情報を俺たちは持っていません、ただバケモノの存在を視認できているだけなんです」
狭い部屋の中が静まりかえり、重苦しい空気に包まれる。佳は女性店員を真っ直ぐに見つめ、女性店員は俯き、悠一はそんな二人をあたふたしながら交互に見ている。
「それに……」
数十秒の間を経て佳が再び口を開く。間が空いたのは彼が今からする発言に確証が持てなかった為であり、そしてそれを信じたくなかったからだ。
「少なくとも俺自身は自分がおかしくなっていないとは言い切れないですから」
彼がそう思い当たったのは四月三日に自身の身に起こった出来事が原因だ。
あの日、佳は確かにバケモノから致命傷を受けたのだ。しかし今となっては彼の体には擦り傷すら残っていない。そしてある時、彼の脳裏にその出来事が全て幻覚だったのではないかという考えがよぎった。
ボロボロになった制服がその出来事の証拠と言えるかもしれないが、全てが幻覚ならバケモノによってできた傷とは言い切れない。疑問が浮かんでも答えだけが一向に出てこない。とにかく本当に情報がなさすぎるのだ。
「佳くん……」
佳の視線は女性に向いたままだが、隣で悠一が驚愕の表情を浮かべているのが分かる。
女性は俯いた状態のまま肩が少し震えている。
「お役に立てず本当に申し訳ありません、今日はありがとうございました」
謝罪と感謝を述べた佳は、この場を立ち去る為に腰を上げる。これ以上居続けても更に気まずい雰囲気になるだけだと判断したからだ。
「あ、え、えっと……失礼します」
佳の後を追うようにして悠一も部屋を後にする。その時、俯いたままの女性店員の僅かに見える横顔からは涙が零れていた。
アパレルショップを後にした二人はファッションビルを後にする為、エレベーターに乗り込む。
「佳くん、本当にあれでよかったの?」
エレベーターの中で悠一が不安そうに尋ねる。
「いいんですよ、変に期待させるのも良くないですし……それよりさっきの話の続きしません?」
すぐに話題を変えられてしまった悠一だったが、あまり気にすることなく佳に聞き返す。
「あの日凛央さんがどうなったかって話?」
「そうです、凛央さんは先程のお店で勤務中、バケモノに襲われ逃走した」
「そうだね」
エレベーターの上部で光る階数表示を見上げながら佳は話を進め、悠一はそれに相槌を打つ。
「おそらく凛央さんは自宅に向かったんだと思います、この運転免許証を拾ったのが俺の家の近くの商店街の路地裏なんです」
そう言い悠一にウエストポーチから取り出した運転免許証を見せ、言葉を続ける。
「凛央さんは電車に乗って自宅に向かう際、なんらかの理由で彼女の家の最寄駅に着く前に俺の家の最寄駅で降り、そのまま徒歩で自宅へと向かおうとした、そして自宅へ行くにはここの商店街を通るのが最短ルートです」
スマホの地図アプリを軽快な指先で操作しながら悠一に分かりやすく説明する。
「確かに地図的にはそういうことで間違いなさそうだね、でもどうして路地裏なんかに入ったんだろう?人通りも少なくてむしろ危ないと思うんだけどな」
路地裏は地図的に見ても彼女の家とは反対方向にしか道がない。首を傾げている悠一の疑問は最もだ。
「路地裏に追い込まれたんですよ、おそらく凛央さんを襲っていたバケモノは少なくとも二体いたんじゃないかと」
言い終えると同時に目的階に到達したエレベーターの扉が開く。
「二体!? そこまでして凛央さんを襲う理由があったのか?」
エレベーターを降りて歩く佳の後ろに続きながら悠一が驚きの声を上げる。
「それはわかりません、まだ時間もありそうですし少し周囲を調べてみましょう、何かしら痕跡を見つけられるかもしれないので……」
自動ドアを出てファッションビルを後にした佳は空を見上げ大体の時間を把握し、調査の延長を提案する。
「別にいいけど、あてはあるの?」
「……ないっすね」
痛いところを突かれた彼は遠くを見つめながら、あてがないことを正直に告げる。
「路地裏とか……とりあえず人気のなさそうな所を探してみましょう」
「あんまり危ないことしないでよ?」
彼の心配をよそに、佳は適当に歩み始めた。あてもなく進む二人は凛央の職場と駅付近の路地裏へと足を踏み入れる。その路地裏は陽の光が入っており、思ったほど暗くはなかった。
「凛央さんの職場と駅の間にある路地裏はこの辺りだけですね、近道をしたのならここを通っていてもおかしくないはずです」
地図アプリで道を確認しながら先に進む佳に対し、悠一が注意を促す。
「ちゃんと前見て歩きなよ」
「わかってますよ」
二人は少しでも痕跡がないか隈なく周りを見渡しながらゆっくり進んでいく。奥に進むにつれ、表からの光が届いておらず徐々に暗くなっている。しかし、それよりもこの路地裏の異様な汚さに二人は顔を顰めていた。
「ゴミと落書きしかないね、それになんか奥から凄い匂いがしない?」
悠一があまりの臭いに鼻を抑える。
「本当ですか、!? ……この匂いって」
周りのゴミの腐敗臭に紛れて分かりにくいが、忘れたくても忘れられないこの鼻につく汚臭。血の匂いだ。
鼻を手で抑え、歩みを止める。冷や汗が止まらず、心臓の鼓動が早くなる。この先にバケモノがいるかもしれない。そう直感し、悠一に警告する。
「いるかもしれません……この先にバケモノが……」
「え!? じゃあこの匂いって……」
声量を抑えて喋る悠一は警告を受け、匂いの正体を悟る。すでにその場所には陽の光がほとんど届いておらず、まばらに設置された街灯の僅かな光だけを頼りに恐怖で竦む身体を少しずつ前へ進ませる。
「引き返した方がいいんじゃないかな?」
「血の匂いがこんなにするってことは、もしかしたら人がいるかもしれません、その人を助けないと」
本音を言うと今すぐにでも引き返したかったが、自分のようにバケモノに襲われている人がいると考えるといてもたってもいられなかった。
「わかった、でも危ないと僕が判断したら無理矢理引っ張ってでも逃げるよ、いいね?」
かなり緊張していたせいか、今の悠一の言葉のおかげで少し安心することができた。あの時とは違い、今は一人ではないと言う安心感がある。
「わかりました、お願いしますね」
安心したからか自然と頬が緩む。そんなやりとりをしながらも二人は確実に前に進んでいく。
しばらくすると突き当たりで左右に道がわかれている。すると、左右の別れ道から物音がした。二人は一瞬硬直し、さらに慎重に足音を忍ばせる。
「俺は左を見るので悠一さんは右をお願いします」
佳は顔だけ振り返り、悠一に聞こえるか聞こえないかくらいの音量で伝える。その声は僅かに震えていた。
悠一は声を出さず、頷きだけで同意を示す。そして二人は互いにゆっくりと左右の道を見る。
(なんだ、カラスか……)
左の道にはゴミ溜めに群がりゴミを突く数羽のカラスがいた。胸を撫で下ろした次の瞬間、背後から物凄い力で引っ張られる。
彼を引っ張り、影に隠れるようにして悠一がしゃがみ込んだのだ。
「いた……」
(!?)
口元を手で塞がれ一瞬パニック状態に陥った佳だったが、それを悠一だと一瞬で理解し、なんとかパニック状態は免れた。
「ぷはっ……ひ、人は?」
塞いでいた手を退かしてもらい、おそらく怪我を負っているであろう人の安否を確認する。
「手遅れだ……今すぐ逃げよう」
背後から聞こえた悠一の声は、音量は小さいものの言葉の圧で冗談ではないとひしひしと伝わってくる。まさかと思い、佳は右の道を覗き込む。
そこには人間であったであろう肉塊が床一面に散らばっていた。一人や二人ではない。少なくとも四、五人の血と肉の量だ。そしてその中央には全身に黒い布を纏った身長二メートル程あろう巨体が二足で佇んでいる。
佳はすぐに顔を引っ込めた。ただでさえ早くなっている心臓の鼓動がさらに早くなる。今すぐ逃げろと本能が訴えかけている。悠一と目を合わせ、二人は無言で頷き逃走を図る。
「カアァァァ、カアアァァ」
足を踏み出そうとした瞬間、背後からカラスが羽ばたき鳴き声を上げた。二人は驚き後ろを振り向く。
右の道から微かにこちらに向かう足音が聞こえてくる。それが聞こえた二人は振り返ることなく全速力で来た道を戻る。
「や、やばいですよあれ! 人間がどうにかできるレベルじゃないですよ!」
「話は後! 今はとにかく逃げないと!」
言い合いながら逃げる二人は大通りまであと少しというところで背後から物凄い勢いで追いかけてくるバケモノに気がついた。後ろを振り向いてバランスを崩した佳は躓きその場に倒れ込む。
(やばっ!)
すぐに立ち上がろうとしたが運悪く足首を挫いてしまったらしく、うまく立ち上がることができない。
「佳くん!」
「悠一さん! 先に行ってください!」
立ち止まる悠一に先に逃げるよう促すが、悠一は踵を返しこちらに向かい走り出した。だがバケモノは既に佳の眼前まで迫っている。間に合わない。
咄嗟に守りの体制を取るが無意味だろう。バケモノは腕を大きく振り被り、鋭い爪を佳に向けて振り下ろす。その時、バケモノが被っていた黒い布が取れ、隠れていた全身が露わになる。
ここは陽の光が届いており、より鮮明に姿を捉えることができた。
身体は他のバケモノと同じで、全体的に人間の部位が散らばって埋め込まれている。足は人間のものと酷似しており、腕も爪が異様に長いこと以外は至って普通の腕だ。しかし、唯一顔だけがその生物が人間とは全く別の生き物であることを証明している。
その顔はあの日、路地裏で佳を襲った大狼のものと酷似していた。瞳は無く、大きく開かれた口からはこちらへの殺意が伝わってくる。
まるで人狼のようだ。人狼の爪が佳に迫る。もう避けられない。しかし、佳にバケモノの攻撃が当たることはなかった。そのかわりに熱気が彼を襲う。
(なんだ?)
恐る恐る目を開け、目にしたのは、陽の光が当たり身体が燃え上がったバケモノの姿だった。悶え苦しみ悲痛な叫びをあげた人狼は、燃えたまま尻尾を巻いて路地裏の奥へと逃げていった。
「はぁ、はぁ……なんだ今の?」
肩で息をして呼吸を整えた佳は目の前で起こった出来事を理解できずにいた。ただ自分が助かったのだということだけはハッキリとわかった。
「佳くん! 大丈夫?」
そばまで駆け寄ってきた悠一が心配そうに尋ねる。
「だ、大丈夫です……ってて」
「おっ……と、全然大丈夫じゃないね」
立ち上がろうとしてバランスを崩した彼を悠一が支え、肩を貸す。
「すみません……ありがとうございます」
「とりあえず僕の家まで避難しよう、この近くだから」
そして悠一に連れられるまま、佳は路地裏を後にした。




