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聖女の傀儡  作者: K
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訪問者

「お〜! 佳くん久しぶり〜、俺のこと覚えてる?」


 彼がリビングに足を踏み入れると、ソファに座っていた片方の警官が声高々に言った。多少の距離があってもかなり耳にくる声量だ。

 警官は佳の眼前まで歩み寄り左手を差し出してくる。おそらく久々の再会に握手をしたいのだろうが、佳はその手を握り返せずにいた。


(……誰だっけ? てかデッカ、百九十センチあるんじゃないかこれ)


 男は差し出していた左手を引き、ただただ立ち尽くす彼の左肩を右手でポンポンと大袈裟な動作で叩く。


「やっぱ覚えてないよな! なんせ前に会ったの五年前だしな、君はまだ小六だ、はっはっは」


 動作は大袈裟で声量は大きく、思考はポジティブ。熱血教師か何かかと佳は心の中で思った。


「おい榊原(さかきばら)、一応仕事中なんだからもう少し落ち着け」


 母が入れたであろうコーヒーを片手に、ずっとソファに座っていたもう一人の男が強い口調で(たしな)める。言動と見た目から察するに上司で間違い無いだろう。


「あ〜すんません、ついテンションあがっちゃって」


 抵抗することもなく素直に非を認める榊原と呼ばれた男はソファに戻る。


「うちの部下がいきなり無礼なことをした、申し訳ない」


 上司の男は礼儀正しくその場で頭を下げる。スーツ姿も相まって厳格な印象を受けた。


「そんな謝っていただくほどの事じゃないですよ、それに覚えていない俺も俺ですし」


 悪い印象を与えないためにも、彼は愛想の良い笑顔に控えめな動作を徹底した。このまま礼儀正しい高校生としての印象を保ち、この場をそそくさと去ろうと考えていた佳だったが、上司の男の次の一言に危うく顔を顰める所だった。


「そうか、ところで君さえ良ければ少し調査に協力してくれないかい?」


「調査……ですか?」


 動揺し過ぎず、それでいて不思議そうに首を傾げる演技をして見せる。


「そう難しいことではないよ、ちょっとした質問に答えてくれればいいんだ」


 ここに来て礼儀正しい高校生の演技が彼にとって不都合なものになるとは思ってもみなかった。愛想の悪い印象を与えていれば、今ここで男の言葉を無視して部屋へ直行しても問題なかっただろう。

 リビングには母もいる。下手な嘘をついたところで逆に怪しさが増してしまう。


(仕方ない、逆に情報を引き出すか)


 逃げ場を失った佳は思考を前向きなものに切り替えた。


「お役に立てるか分かりませんが、いいですよ」


 そう言って彼は二人の男が座る向かいのソファへと足を運び、腰を下ろす。


「あ、それじゃあコーヒーのおかわりお持ちしますね〜」


「ありがとうございます」


 いつもより高い母の余所行きの声に高身長の男が反応する。母が台所に入るのを確認した上司の男は先程までとは打って変わって鋭い視線を佳に向ける。


「俺は稲瀬(いなせ)でこのデカブツは榊原だ」


「俺は、碇佳です」


 大雑把で簡易的な自己紹介だっだが、佳は意に介することなくしっかりとお辞儀をして答える。


「それじゃあ早速だけど、鈴木悠一という男を知っているかい?」


「はい、知ってますよ、鈴木さんがどうかしたんですか?」


 彼は躊躇うことなく即答した。相手は警官だ。自分に質問するとしたら、最近話題のバケモノによる大量失踪事件や殺人、あるいは凛央か悠一の事。そう彼は予想していた。後者が聞かれたということは、それはつまり何かしら悠一と佳の繋がりの証拠を持っている可能性が高い。差し詰め、鈴木家に聞き込みに行ったのだろう。

 現時点で彼は容疑者。嘘をつけばより一層疑われるだろう。だから彼は()()つかないことにした。


「彼が何者かに殺害されたことは?」


(何者か、か……)


 佳は焦らずに質問に答える。


「はい……ご家族の方ともお会いする機会はあったので、知っています」


「ふーむ、なるほど」


 警官に向けていた視線を、膝の上に乗せた両手に移す。俯いた姿勢になる為、二人の表情は読み取れない。それでも声色からまだ自分が疑われているのが分かる。


「それは鈴木夫人から聞いたのかい?」


「え……?」


 佳は一瞬、思考が停止し思わず顔を上げてしまう。それでもすぐに脳をフル回転させ、理解できなかった質問の意図を必死に探る。


(何でそんなこと聞く必要があるんだ? 悠一さんの奥さんに何か問題でもあるのか、それとも意味のない質問……いやそれはない、榊原って人はともかくこの稲瀬って人の表情的にあり得ない)


 彼の思っている通り、稲瀬の表情は真剣そのものだ。それに比べれば榊原は遊びに来た近所のおじちゃんみたくのほほんとしている。


(だったらどうしてこんな質問…………そうか、確信はできないけど二人が聞き込みに行った時に未希ちゃんもいたんだろう、連絡先を交換してるのは未希ちゃんだけ、どちらかと言えば俺と悠一さんの事情に詳しいのもあの子だ)


 佳は開きっぱなしにしていた口を閉じ、稲瀬の目的を理解し、心の中で睨みつける。


(俺にボロ出させる気だったってことか……)


 しかし、それが分かったところで結局は稲瀬の質問に答えなくてはならない。確率は半々。間違えれば疑いが確信に変わるだろう。

 それでも彼は()()つかず、閉ざしていた口を開く。


「いえ、奥さんとはあまり話す機会がなかったので」


 一度そこで言葉を区切り、稲瀬の様子を伺い見る。彼は少し悩んだ後、榊原の顔へと視線を向ける。榊原はいきなり向けられた視線に僅かに驚いたもののすぐさま稲瀬に笑顔を見せる。

 サインを送ったようには見えない。稲瀬の行動に疑問を残しつつも、次に来るであろう質問に構える。


「じゃあ、一体誰から?」


「娘の未希ちゃんとはたまに連絡をとっているので」


 あくまで彼女から聞いたと直接言わない。そう捉えられるような発言をほのめかすだけ。稲瀬は顎に手を当てしばらく考え込んだ後、納得したように頷く。


「うん、そうか、それなら娘さんに聞いた話と一致する」


 その呟きに佳は内心とても驚いた。未希に悠一の死を教えてもらった事実はない。むしろ彼の方が先に知っていたくらいだ。それなのに彼女は警官たちが事情聴取に来た際に、自分が佳に悠一の死を伝えたと証言したというのか。小学生にしては大人びた言動が多い子だったが、これは偶然なのか。


(助かった……)


 思わぬところで未希に助けられ、心の中で感謝している佳に追い討ちをかけるように稲瀬が質問する。


「鈴木家の人たちと交流が深いんだね、どこで知り合ったんだい? 接点があるようには思えないけど」


「今はインターネットがだいぶ発展してますからね、出会いの場なんて沢山ありますよ」


「それって同じ趣味とか何かの出会いってこと?」


 応答をしていると、先程まで上の空だった榊原が突然元気よく話に割り込んでくる。稲瀬が気分を悪くした様子はない。佳は彼を掴み所のわからない人だと感じながらもその率直な質問に答える。


「まぁそうですね、共通の話題ってやつですよ」


 笑顔で答える彼に、榊原も同様の笑顔を浮かべ、立て続けに質問する。


「どういう趣味なんだい?」


「人前では言えないようなものですよ、榊原さんにもそういった秘密の一つくらいあるでしょ?」


 そう言うと佳は左手の人差し指を唇に当て、悪戯っぽく笑って見せる。


「小さい頃にちょっとエロい本隠し持ってたみたいな感じか!」


「そ……そんな感じですね、人に言うのを(はばか)るようなものでして」


 その例えはどうなんだとツッコミたい気持ちを抑えながらも、佳はどんな形であれ共感してくれたのだから結果的に良かったのだろうと考えていた。

 その時、コーヒーを入れていたはずの母が突然台所から身を乗り出すようにしてこちらに顔を向ける。


「エロ本隠し持ってるって本当なの佳!?」


 どうしたらそう聞き間違えるのだろうと疑問に思いながらも、呆れた様子で彼は返答する。


「いや、そうじゃ……」


「そういうのはもう少し大人になったらにしなさい!」


 彼の言葉を遮った母は、腰に手を当て頬を膨らましている。


(子供か)


 一通り怒って鎮まった母は、二人分のコーヒーをトレイに乗せ、警官二人の前の机にそっと置く。


「ありがとうございます、このコーヒーを頂いたらお暇させてもらいますね、長居するのも迷惑でしょうし」


 先程まで真剣な表情をして質問をしてきていた稲瀬は、頬を緩め、母に向け感謝の言葉と笑顔を向ける。

 その言葉を聞いた佳はホッとする。なんとか誤魔化すことができ、全身の筋肉が弛緩する。そして一秒でもこの場を早く逃げ出すために立ち上がる。


「それじゃあ、俺はこれで」


「ああ、引き止めてしまってすまなかった、協力感謝するよ」


 軽く頭を下げてその場を後にしようとした彼は、稲瀬の笑顔が先程よりも不気味に見えて仕方がなかった。




 部屋に戻ってきて早々、佳はスマホを取り出し麗華に電話をかける。三回もコールしない内に彼女は電話に応答した。


『もしもし、どうしたの佳?』


「急に電話してすみま……すまん」


 敬語は無しにしようといったのは彼自身ではあるものの、今だにタメ口に慣れていない。八も歳の差があることもあり、佳は現在進行形で会話に苦戦中だ。自分で自分の首を絞める形となってしまったわけだ。


「実はさ……」


 彼は電話をかけるまでに至った事の顛末を手短に話した。


『なるほど、まさか警察が直接家に来るとは……』


「バケモノと関係を持っているのかはまだ分からないけど、少なくとも悠一さん周辺のことを調べてるっぽい、近い内に麗華さんの所にも」


『麗華よ』


 無意識にさん付けをしていたことを指摘される。彼女的に敬語を使われるのはあまり好ましくないらしい。


「……近い内に麗華の所にも来るかもしれないから念のため警戒はしといて」


『ええ、わかったわ』


「ところで、未希ちゃんの周りで何か変化はなかった?」


 父である悠一が亡くなり、その後バケモノを視認できるようになった未希。佳はその護衛を麗華に頼んでいた。


『今のところは何も変化無しね』


 平然と答える彼女に、彼はずっと気になっていたことを聞いてみる。


「そういえば聞いてなかったけど、護衛の方法ってどうしてるんだ? ……監視カメラとか使ってないよな?」


 それは無いだろうと思う反面、彼女ならやりかねないと佳は不安になる。護衛を任せっきりにしていた彼が文句を言える立場ではないが、流石にプライバシーの侵害は見過ごせない。


『使ってないわよ、私を盗撮魔かなにかだと思ってるの?』


 電話越しからは、呆れたような声と小さな溜息が一つ聞こえてくる。彼女の行動力と経済力、権力を目の当たりにすれば当然辿り着く疑問だろうが、彼も流石に失礼だったと自覚して謝罪する。


「ご、ごめん、そういうつもりで言ったわけじゃないんだ」


 拗ねてしまった麗華を説得するのに数分を費やし、やっとの思いで護衛方法を聞く方ができた。


「つまり、未希ちゃんの家庭教師やってるってことか」


『ええ、だいぶ前から探していたらしくて、条件に合う人がなかなか見つからなかったらしいわ』


 ちなみに未希の母が出していた条件というのが、かなり厳しい。

一つ、女性であること。

二つ、大学に在学中または卒業していること。

三つ、髪は黒髪であること。

四つ、品性がありお淑やか。

五つ、ピアスや派手なアクセサリーをつけていないこと。

 これだけでもかなりの難関であるのだが、一つ一つの条件に更に細かな審査があるとの事だ。悠一さんから聞いてはいたが想像以上の教育熱心な母親に、佳は関心しつつも少しだけ苦手意識を持ち始めていた。


「そっか、まぁ麗華が側にいるんなら安心だな、そんじゃ急に電話して悪かったな」


 安堵した声で呟くように言う。


『いいよ、こっちに警察が来たらまた連絡するわ』


「ありがとう」


 電話を切り、スマホを枕付近にある充電器へと繋げる。片手が不自由だとそれすらも大変だ。やっとの思いで充電器を差し込んだ佳は背中から倒れ込むようにしてベッドに寝転がる。

 左に寝返りを打ち、壁に掛けられた時計に目を向ける。時刻は既に十七時を半分は切っている。窓からは夕焼けが差し込んでおり部屋を赤く染め上げる。そんな部屋を見て佳は、自分が別世界にいるような感覚に陥った。




 周り一面が薄暗い部屋で彼の意識は目覚めた。ここが何処か確認するため周りを見渡す。どうやらこの部屋は和室のようで四方が引き戸に囲まれており、自分は部屋の中央に位置するあたりで畳の上に正座しているのだと彼は理解した。

 人の気配が一切しないこの不気味な部屋を出ようと彼は立ち上がろうとする。が、何故か立ち上がることができない。足と畳がまるで強力な磁石にでもなったように離れない。仕方なく彼はその場に居続けた。

 しばらくすると何処からともなく足音が近づいてくる。やがて音が止むと彼の正面の引き戸が勢いよく開かれた。そこには夫婦と思しき男女が佇んでいた。顔がぼやけていて口より上はハッキリと見えない。

 夫婦はこちらを見るや否や血相を変えて迫ってくる。正座する彼の眼前まで迫った夫婦は互いがバラバラに何か言葉を発している。声はくぐもっており、何を言っているか分からないが、こちらを罵倒している事だけ彼には理解できてしまった。

 圧迫感と恐怖が彼を精神的に追い詰めていく。反抗する気にもなれず、逃げようにも足が棒のように動かない。

 彼は俯き、ただこの悪夢が終わるまで耐え忍ぶしかなかった。




 右頬に走る痛みによって、佳は悪夢から無理矢理引きずり起こされる。


「ひ……ひはいひはい」


 ハッキリしない視界が光に慣れるまで、目を細めて開く。そこには人影があったが、ぼやけていて誰かはよく分からない。


「ひはひんへふへほ」


 だいぶ光に慣れ、視界が広がるとそこには自分の右頬を摘んでいる万尋の姿があった。


「ご飯だよ」


 その一言を言い終えると、彼女は頬を摘んでいた指を離す。佳は半身を起こし、ヒリヒリと痛む右頬を左手で(さす)る。


「起こしてくれるのはありがたいんだけど、もうちょい優しく起こしてくれない?」


「兄上すごい(うな)されてたから、つい」


「だったらむしろ優しく起こしてくれても良かったんじゃ……」


 『まあいいか』と、肩から力を抜いた彼は違和感を感じる。右腕が妙に軽くなっているのだ。動かすだけでも一苦労だったにも関わらず、問題なく動く。腕を固定している三角巾が邪魔だと感じる位に。

 試しに彼は恐る恐る右手の拳を強く握り、腕全体に力を加える。


(……痛くない)


 何度かグーパーグーパーと繰り返してみたが、痛みは一切しなかった。むしろ以前よりも力が強くなったような感覚がある。

 思考を巡らせようとした佳だったが、怪訝そうにこちらを見つめる万尋の視線に気付き、すぐに笑顔を取り繕う。


「悪い先に行っててくれ、俺もすぐ行くから」


「ん、分かった」


 いつもより手の振りを大きくして部屋を後にする万尋を見て、今日のご飯は彼女の好物なのだろうな、などと呑気なことを考えている自分に活を入れる。


(なんでこんなにも俺を贔屓するようにして守るのかは知らないけど……)


 佳は眠りにつく前まではボロボロだった右腕の掌を見つめ、強く握りしめる。


「感謝するよ、これで俺は記憶を取り戻せるし、皆んなを守れる」


 一見、カッコいい宣言をしたように聞こえるが、しかし彼は無意識に自分自身にそう言い聞かせるようにしていた。


(悠一さんみたいな犠牲者は二度とゴメンだ……)


 家族、友人、そしてバケモノ関連で知り合った人たち。その全員を理不尽なバケモノの餌食にはさせない。再び心の中で強く誓う彼だったが、そんな彼でも空腹には勝てないようだ。静まり返った部屋に佳の腹の音が大きく響き渡る。


「……腹減ったな」


 彼は右腕の三角筋を外すことなく、そのまま階下へと降りていった。

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