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聖女の傀儡  作者: K
14/18

募る意志

 四月十五日月曜日

 まだ日が上りきっていないこの時間に、佳は一人でかつてオフィスビルだったであろう廃墟へと訪れていた。その場所は日当たりが悪く、無駄に高い廃墟が周りに立ち並んでいるため太陽が出ていても全体的に薄暗い。

 月曜日にも関わらず滅多に人が訪れることのない廃墟を私服と複数の武器を身に纏った状態で闊歩しているのには理由があった。

 ここが大狼と人狼の根城であるからだ。




 時は遡り日曜日の午後。佳は東条家へと訪れていた。昨夜電話で話したことを直接伝えるために。


「……本気で言っているの?」


 部屋に招き入れられた佳が全て内容を話し終えると、麗華は驚愕の表情を浮かべながら聞き返す。


「本気ですよ……ただ未希の護衛と少しだけ武器を貸してもらいたいんです」


 麗華に比べ、かなり冷静な佳は要点だけを再度簡潔に伝える。


「でも、だからって……」


 彼女はそう言うと円形のテーブル越しから身を乗り出しそうな勢いでこちらを凝視し、震える唇を動かした。


「一人で大狼と人狼を相手にするなんて無謀すぎるわ!」


 麗華の激昂は当然の反応だろう。大狼一体に複数人で挑んだにも関わらず返り討ちにあったのだ。それなのに大狼だけでなく人狼までもを一人で相手取ろうと言っているのだ。

 誰が聞いても絶望的でしかない。ただの自殺行為だ。しかし、そんな彼女の訴えを拒むように佳は落ち着いた様子で反論する。


「俺以外に誰がやれるっていうんですか?」


 一瞬、室内が静寂に支配された。麗華は彼の問いに対する答えに詰まる。正確には、彼女の見た()()()()()が答えを詰まらせる。


「何故か奴らは俺を殺しきらない、致命傷を負わせてもなんらかの方法で完治させられる……俺だけなら実質的に誰も傷つかないし死ぬことなんてない」


 ならばそれを利用しない手はない、彼は平然とした表情で淡々と言葉を紡ぐ。

 それを黙って聞いていた麗華は思い詰めた表情のまま、今まで誰にも伝えずにいた情報を語り出す。


「白い蝶よ、あなたの傷を治していたのは……」


 その一言は終始冷静を保っていた佳に対して、想像以上の衝撃を与えた。

 彼女は間髪入れずに言葉を続ける。


「あの夜、小屋で瓦礫の下敷きになって死にかけた貴方の体に張り付いていたわ……この右手の傷は、その蝶を払おうとした時につけられたものよ」


 そう言うと麗華は右手に巻かれた包帯を解いて見せる。(あらわ)になったのは彼女の白く美しい肌ではなく、右半分が黒く変色した醜い手の甲だった。傷とは形容し難いその有り様に佳は言葉を失う。

 まるでバケモノたちを彷彿とさせる黒く変色した部分には、所々にでき物のようなものが付いている。そして変色していない部分に比べ、一回り萎縮してしまっている。圧縮したと言った方が正しいかもしれない。

 驚きのあまり口を開いたまま呆然とし、俯く佳をよそに麗華は語り続ける。


「決定的な証拠として芳賀さんにはその蝶が見えていなかったわ、そして翌日には既に貴方は全身の傷が完治していた……私は最初あなたのことを疑ったわ、バケモノの仲間なんじゃないかって」


 一度目を伏せた彼女は、俯いていて表情の見えない佳に真っ直ぐな揺るぎない視線を向ける。胸に手を当て自分の意思を曝け出す。


「でも、貴方の行動はそんな風には見えなかった、だから佳……私は貴方のことを信じるわ、武器なら明日にでも用意できる、悠一さんのご息女のことも任せ……佳?」


 だんだん笑顔と活力を取り戻してきていた麗華だったが、ずっと俯いたままの彼の様子がおかしい事に気がついた。


「白い蝶……白い蝶……」


 今の佳には彼女の言葉がほとんど聞こえていなかった。ただ『白い蝶』という一言に思考を張り巡らせていた。

 その言葉に思い当たるような記憶はない。しかし、彼の中の()()がアラームのように鳴り響いている。


「すみません、ちょっと考え事を……」


 頭を抑える佳。彼の額からは一筋の汗が滴れている。

 自分でも何をしているのか理解できず無理矢理その思考を断ち切るかのように、佳は()()()()()()()を述べることにした。


「麗華さんの身に起こっている現象から、恐らくですがその蝶がバケモノを生み出しているのかもしれません、()るならそいつからですね」


「!? 確かに、この右手もバケモノの皮膚に酷似している……」


 彼女は動揺しつつも自分の右手へと視線を向け、言葉を続ける。


「そうね、バケモノを倒すには白い蝶を倒すのが一番手っ取り早いかもしれないわね」


 佳の意見に同意を示した麗華。


「でも貴方一人ではやっぱり厳しいでしょう? だから今回の件、私もついて行くわ」


「それはできないです」


 力強い声で訴える彼女だったが、それを彼は強く拒んだ。一蹴された麗華が異議を唱えるより早く、佳が先に口を開いた。


「自分でも気付いている筈ですよ、喋りが素になって敬語を使う余裕すらなくなっている上に感情の起伏も激しい、貴方らしくない……何を焦っているんですか?」


 麗華は黙ったまま再度黒く染ってしまった自分の右手に目線を落とす。数秒の沈黙の後、彼女はゆっくりと静かな声で話し始める。


「……少しずつだけど、黒い部分が侵食していっているの」


 悔しそうに語る彼女の表情はとても悲痛なものだった。


「最初は小さなでき物で根本から肉ごと切り落としたわ、でもすぐに黒い部分だけが元に戻ってキリがなかった……」


 右手が小さくなっているのは肉ごと切り落とした際に肉だけが再生されなかったためかと理解した佳は、その非科学的な現象に混乱するどころか先程よりも落ち着いた様子で立ち上がる。


「なら一刻も早く根原である奴らを倒さないと、医療機関に行くより最善策でしょうね」


「待って! なら私も一緒に戦うわ」


 出口に向かう彼を、麗華が呼び止める。足を止め振り向いた佳だったが、彼の口から彼女の望んだセリフが出ることはなかった。


「明日には向かうので銃一丁とナイフ一本お願いします、あと、未希の護衛の方も」


 再び歩き出した佳は背中を向けたまま左手を振り、東条家を後にした。




 そこら中に建物の破片が散らばっており足を踏み出す度に耳障りな音が狭い部屋に反響する。それ以外の音が介入していないこともあり、その音だけが鮮明に耳に届く。

 この廃墟は以前、麗華たちがバケモノの討伐に行く際に絞り上げた奴らが潜伏していると思われる場所だ。

 前回の森林地帯とは違い、少し歩けば人の住む家々が立ち並んでいるため、最初は本当にこんな所が奴らの根城になっているのか疑っていた。大口叩いたはいいものの、あてもなかった佳は出席日数を犠牲にし、こうして廃墟に訪れた。そしてすぐに彼の嗅覚が麗華たちの情報がどれだけ正確であったのかを証明した。

 今まで嗅いだこともないような(おぞ)ましい臭い。常人なら無意識に鼻を押さえてしまうほどだ。想像を絶するほどの人間を葬ってきたのだろう。

 その中でも一際、臭いを放つ方へと佳は足を運ぶ。普通の人間ならば鼻が曲がり顔を歪ませるような強烈な臭いに、彼は表情一つ変えず、只々、心の中から込み上がる怒りを押し殺していた。

 一番臭いの濃い部屋へと足を踏み入れた佳だったが、部屋はもぬけの殻であった。しかし、彼の嗅覚は確実に()を捕らえていた。

 次の瞬間、頭上から迫る鋭い爪を華麗に避け、懐から銃を引き抜く。そして攻撃を仕掛けてきた人狼の頭部目掛けて躊躇なく引き金を引いた。

 空中で身体を捻り間一髪のところで銃弾を避けた人狼は、大きく後ろに飛び退き、佳との間に距離を取る。

 しばらく牽制し合う両者。先に動きを見せたのは佳だ。だが、彼はすぐ攻撃することなく懐に銃をしまい、一言、人狼に語りかける。


「よう……元気だったかバケモノ」


 意思の疎通ができないことは既に知っていたが、彼は無意識に声を発していた。

 無反応なバケモノからの返答を待つことなく、佳は腰に携えている刀を鞘から抜き、刀身を人狼に向ける。念のためにと、麗華からナイフだけではなく刀も渡された時は戸惑ったが、想像以上に手に馴染む。

 お互いに交差し合う殺意の中、先に動いたのは人狼だ。

 恐ろしいほどの俊敏な動きで、あっという間に佳の眼前に迫る。

 以前ならこの人狼の動きを捉えることはできなかっただろうが、今の彼の目には何故かしっかりと見えていた。理由は分からないが、その事実に対して彼は一切の疑問を抱かなかった。

 人狼の右爪が左肩関節目掛けて迫っていたが、佳は左足を引くようにして身を躱し、右手に握られた刀を人狼の右腕目掛けて思い切り振り上げる。

 見事、人狼の肘から下を切り落とすことに成功した。


(!?)


 大量に噴出される血飛沫の間から見えた奴の切断面には、何故か()が見当たらないことに佳は気がついた。

 悲痛な叫びを上げる人狼は、追撃してくることなく踵を返して他の部屋へと逃げていく。

 臭いで追尾は可能と判断した佳は人狼をすぐ追うことはせず、地面に切り捨てられている奴の腕を拾い上げる。

 妙に重いその腕の切断面には肉だけが詰め込まれている。

 刀を使い指先や手首、細切れになるまで切り刻んだが、やはり骨格と思われるものは一切見当たらず、血管の構造もどこかおかしかった。

 手にした肉の塊を地に捨て、血塗れになった掌を軽くはらう。彼は臭いを頼りに人狼の後を追うことにした。

 人狼の臭いを辿り、四部屋ほど移動したところで強烈な臭いが二つに分かれていることに気がついた佳は、より一層警戒心を強めた。

 臭いの薄い方が人狼、濃い方が大狼だと判断した彼は手負いの人狼を先に仕留めようと臭いの薄い方向へと駆け出す。そして臭いが発せられている部屋へ辿り着いた佳は、予想外の光景に固唾を飲んだ。

 そこには人狼ではなく、数十体にも及ぶ人の死体があり山をなしていた。しかも、死体一つ一つがバラバラに引き千切られている。

 下に埋もれた死体の中には既に腐っていたり、白骨化したと思われるものまである。まるでこの部屋全体がゴミを一箇所に纏めておくためのゴミ置き場のようになっていた。


「何だこれ……あいつらは食事を摂るために人間を襲っていたんじゃないのか? ……なんで……こんな……」


 彼の中の怒りの感情が急速に昂りだす。必死に抑えていた怒りが、憎しみが、理由なき理不尽な死を目の当たりにして膨れ上がる。無意識に両手に力が入る。右手に握りしめていた刀の(つか)から僅かに鈍い音がしたことにも佳は気づかなかった。

 そんな彼の背後から足を忍ばせた人狼が迫り来る。

 ゆっくりと振り返り、先ほどよりも殺意の増した鋭い目付きで彼は人狼を捉える。何故か切り落とした筈の右腕が再生していたが、平常心を欠いている今の彼の意識にはどうでも良いように思えた。


「なんで……お前らは人間を襲うんだ……なぁ、教えてくれよ、なんで悠一さんや凛央さんを殺したんだ?」


 こちらの様子を伺い見ている人狼に対し、佳は僅かに上擦った声で問い詰める。


「凛央さんには未来があった、悠一さんには大切な家族を守りたいという強い意志があった……てめぇらが理由(わけ)もなく奪っていいほど安っぽいもんじゃねぇんだよ!」


 右手に強く握りしめられた刀の(きっさき)を人狼に向けた佳は、一言、落ち着いた声で呟いた。


「てめぇはここで仕留める、確実に……」


 再度、殺意が交差した瞬間、両者は自らが持つ(やいば)を相手に突き立てるためだけに、動きだした。

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