第16話 酒場でのバイト
「ふにゃー」
すっかり俺にくっついて、なかなか離れてくれない猫耳少女。
人間の女性は苦手だが、子猫だと思えば拒絶反応を起こすことなく頭を撫でることができた。
「ルゥは1年前、君に会ってからずっとこんな感じなんだよ」
「それは……どゆこと?」
ミルが説明してくれた。
どうやらルゥはあの1年前の戦いの際に嗅いだ俺の匂いを気に入ったらしく、またあの匂いを堪能したいとよく言っていたそうだ。
ちょっとよくわからんが、ルゥは匂いフェチというやつらしい。
これもここで初めて知った設定だ。
ルゥは俺の匂いをこれでもかと堪能すると、まわりをグルグルと回り、体を擦りつけ、最後にペロッと俺の頬を舐めた。
ちなみに、この動作に一切の色気やエロスはなく、ただ猫にマーキングされたって感じだ。
「あら、相当気に入られたみたいですね。これからはフェニックスさんにルゥのお世話をお願いしますわ」
「え……」
「それはいいね。フェニックスは悪い人じゃないから、安心して懐くといいよ、ルゥ」
「にゃー」
まあ、反発されるよりはマシだし、可愛いからいいだろう。
癒し的存在が味方になってくれたことは、俺的にも凄くありがたい。
問題があるとすれば、戦闘能力は皆無なのでみんなでルゥを守りながら戦う必要があるってことだ。言い方は悪いが、足手纏い確定のパーティメンバーではあるんだよね。
もはや伝説なのかもわからなくなった勇者パーティの再集合まで、残りひとり。
勇者という、勇者パーティには欠かせないメンバー、アクセルだ。
「どうやら、誰もアクセルの行方についてはわからないみたいだね」
「エルフの街で聞き込みをしたところで、情報は少ない。また王都に戻ってから調べる方が効率的だろう」
エルフの街は他の街よりも閉鎖的だ。
そのため、情報も内的なものが多く、有名人である勇者アクセルの情報だったとしてもほとんどないと考えられる。
デュークはそれを指摘し、再び王都に戻ることを提案した。
これに反論する者はいなかったので、5人で馬車に乗り、王都に帰還する。
王都に帰ってからは、それぞれで聞き込み調査を行った。
だが、引退後の勇者アクセルを見たことがあるという人は現れない。
「今日もダメだったね」
「王都でダメなら、フィアンスフィアに行って聞き込みだ」
「それもいいけど、結局同じだと思うな。僕はこの1年フィアンスフィアで生活していろいろな情報に触れてきたわけだけど、アクセルに関する情報はまったく聞かなかったからね。デュークやエミリーのことは結構耳にしたんだけど」
「……」
アクセルをさがすための聞き込みを始めて1週間。
成果のない俺たちは、今夜もこうして適当に見つけた酒場でダラダラと酒を飲んでいる。最近はこれが楽しいので、もう一生アクセルが見つからなくてもいいかなって思い始めてきた。
「すみませーん、オリジナルウィスキーを4人分、この娘にはオレンジジュースを」
オレンジジュースを飲むのはルゥだ。
この王国では16歳以上からお酒を飲むことができる。
だから16歳のルゥも法律的には酒を飲むことが可能なわけだが、アルコールが入ったらしゃっくりが止まらなくなるとかで、飲まないとのこと。
酒場の店員は若い男だった。
薄汚れた金髪に、青い目。
顔立ちは整っていて、どこかで見たことがあるような感じだ。
だが、全体的に闇属性が強いというか、顔はいいのにどこか暗い雰囲気を漂わせているので近寄りがたい。
「こちらのオリジナルウィスキーは……アルコールが強いので、そちらのお客様にはピーチカクテルがお勧めですが……」
「ピーチカクテル! わたくし、桃が好物ですの。メニューには書いていなかったようですが――」
「それは裏メニューといいますか……」
「おやおや、もしかしてキミ……アクセルじゃないか!」
おどおどした様子を見せ続ける店員。
彼は俺の方をチラチラと見て、怯えたような表情を作っている。
これはもしかして……俺のことが怖いのか?
勇者アクセルとして、1年前、完膚なきまでに叩き潰されたから。
「まさか……ここで再会するとは。久しぶりだ、アクセル」
「……どどどどうして、あの男がここに……?」
あの男とは、100%俺のことだろう。
そりゃあ怖いよね。
自分たちを引退に追い込んだダンジョンのラスボスと、引退して散った仲間たちが仲良く酒場で飲んでいるんだから。
「いろいろあったんだよ。それはそうとアクセル、キミはここで何をしているんだい?」
「……バイト」
「勇者であるキミが、こんな酒場でバイトだなんて……1階層で敗北したことで落ち込んでいたのは知っていたけど……ここまで落ちるものかな」
そこまで言ってやるな、ミル。
酒場のバイトだって立派な仕事だぞ。
「おれは勇者じゃない……勇者だった男だ……今更勇者を名乗る資格は――」
「いいや、残念ながら、キミにはまた勇者になってもらいたいんだ。それを伝えるために、ボクたちはこうして集まり、準備しているんだよ」
「準備……?」
もうなんとなくわかっているんだろうが、その予想を確信に変えるためにアクセルが聞く。
「戦う準備に決まってるじゃないか。フェニックス君という強力な仲間が加わったことで、今では最強の勇者パーティを名乗れるようになった」
どうだろう。
半分は本当に優秀なのかもしれないが、モンスターが怖くて戦えないヤツ、戦闘能力皆無な猫、自信を完全に失って酒場でバイトしている落ちこぼれ勇者がいるパーティだ。
これで最強を名乗るのは恥ずかしいと思うけどね。




