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野菜が空を飛ぶのは普通です

ルナール村の境界線が「踊るキノコの森」になってからというもの、私の家を訪ねてくる「物騒な人たち」はパタリと姿を消した。

 代わりに、最近の私の悩みは別のところにある。

「うーん……困ったわ。シロ、あのカボチャ、もう雲の上まで行っちゃったみたい」

「主、ご安心を。今、ゼノンが第一宇宙速度を突破する前に魔力結界の網で回収に向かっております」

 私が指差す先、青空の彼方へとぐんぐん上昇していくのは、特製肥料「星の欠片(実は流星の核)」を混ぜて育てた『浮遊カボチャ』だ。

 おじいちゃんのノートには「空飛ぶ野菜は収穫が楽(?)だよ」と書いてあったけれど、楽どころか、油断すると大気圏を突き抜けて「お星様」になってしまう。

「はいっ、回収完了しました! リーネ様!」

 上空から、最高級の飛行魔法を駆使したゼノンが、重さ数百キロはあろうかという発光するカボチャを抱えて降りてきた。

 かつての宮廷魔導師としての威厳はどこへやら、今の彼は「空飛ぶ野菜の捕獲係」としての腕をメキメキと上げている。

「ありがとうゼノンさん。あ、そのカボチャ、お礼に一切れ食べていいわよ。空を飛ぶ魔法のキレが良くなると思うから」

「ははっ! ありがたき幸せ!」

 ゼノンがカボチャを一口かじると、彼の背中から光の翼がバサァッ! と広がり、そのまま音速を超えて空の彼方へ消えていった(数分後、制御できずに戻ってきたが)。

 そんな賑やかな庭で、私が新作の「宇宙肥料(仮)」を調合していた時のことだ。

 突然、空の色が黄金色に染まり、庭の中央に一本の巨大な光の柱が降り注いだ。

「あら、また新作の肥料が暴走しちゃったかしら?」

「いいえ主。……これはどうやら、少々『上の住人』が、主の野菜の香りに釣られて降りてきたようですね」

 光の中から現れたのは、背中に六枚の真っ白な翼を持ち、頭上に光輪を浮かべた、神々しい女性――『天界の主神代理』を名乗る女神アステリアだった。

 彼女は手に黄金の竪琴を持ち、その周囲には百合の花が咲き乱れている。

「……人間よ。私は天界より、警告を与えに来ました。貴女が地上で育てている作物の魔力が、ついに神々の住まう領域を侵食し始めたのです。天界の食堂で出される『琥珀のアンブロシア』よりも、貴女の家の『トマトの汁』の方が美味しいと神々が騒ぎだし、天界の規律が乱れて――」

 女神様は厳かに話し始めたが、途中でその言葉が止まった。

 彼女の視線が、私がちょうど収穫したばかりの『特製・空飛ぶイチゴ』に釘付けになったからだ。

「……な、何ですか、その果実は。なぜ、イチゴから銀河の渦のような輝きが放たれているのですか?」

「これですか? ただのイチゴですよ。ちょっと星の欠片を混ぜただけです。あ、女神様も立ち話はなんですし、お一つどうぞ。イチゴ大福にしてあるんです」

「人間が作った菓子など……神の口に……モグッ」

 アステリア様が、イチゴ大福を一口噛み締めた、その瞬間。

 ピシャァァァァァァァン!!

 晴天の空に、祝福の雷鳴が轟いた。

 女神様の六枚の翼が、白から虹色へと輝きを変え、彼女の背後には見たこともない神聖な文字(古代神代文字)が滝のように流れ出した。

「――――ッッッ!!!!」

 女神様は竪琴を放り出し、その場に崩れ落ちた。

 彼女の頬を、涙が幾筋も伝い落ちる。

「……何……何なの、これは。私が数万年食べてきた『神の食糧』は、ただの消しゴムのカスだったというの……!? このモチモチとした食感の中に閉じ込められた、宇宙の始まりと終わりを感じさせる甘美な衝撃……。これこそが、真の『神性』ではないですか!」

「ええっ、ただの大福ですよ?」

「いいえ! これはもはや『宇宙の核』です! このイチゴ一粒に、太陽系三つ分くらいの生命エネルギーが詰まっています! リーネ様……貴女、自分が何をしているか分かっているのですか!?」

 女神様は、私の手を握りしめて詰め寄ってきた。

「天界では今、神々が貴女の野菜を巡って内乱を起こしかけているのです! 『リーネのナスを食べさせてくれないなら、人類を滅ぼす!』と駄々をこねる戦神や、『あのキュウリでパックをしたい』と泣き叫ぶ美の女神……。このままでは、天界の秩序が崩壊します!」

「うーん……神様たちも大変なんですね。じゃあ、定期的に天界にも野菜をお裾分けしましょうか? その代わり、うちの庭に変な天罰とか落とさないでくださいね」

「……お裾分け……? 貴女、神々を使徒として従わせるおつもりですか!? ……でも、それが一番平和的な解決かもしれません……。分かりました、私が責任を持って、天界への『定期便』を管理しましょう」

 こうして、リーネの家は「地上最強の農家」から「天界御用達の神域」へと昇格した。

 その日の午後。

 庭では、元・隣国のスパイ(除草班)と、元・大賢者(結界係)、そして新たに加わった『女神アステリア(運搬係)』が、真剣な顔で野菜の梱包作業に追われていた。

「おい、女神様! そのイチゴの詰め方が甘いぞ! リーネ様の作物を傷つけたら、天界ごと吹き飛ばすぞ!」

 カイルが女神相手に説教を垂れる。

 肥料水を飲んで神獣化したコロ(巨大犬)の背中で、女神様は必死にイチゴを並べていた。

「分かっていますわ! 私だって、このイチゴの輝きを損なうくらいなら、自分の神核を差し出す覚悟です!」

「……主、なんだか庭のヒエラルキーが完全に狂っていますね。女神が梱包作業をし、大賢者が虫を追い払い、スパイが土を耕す。……そして主は、新作の『ブラックホール肥料』を煮込んでいる……」

 シロが呆れたように呟くが、私は気にしない。

「だってシロ、次は『重力が逆転するスイカ』を作ってみたいの。それがあれば、暑い夏でもスイカが自分から口の中に飛び込んでくるでしょ?」

「……主、それはもはや食事ではなく、弾道ミサイルに近い概念ですが……まあ、主が楽しいなら私も手伝いましょう。……おや、次は天界ではなく、地獄の王(魔王)が『俺にもナスをよこせ』と軍勢を率いて門の前に来ているようですよ?」

「あら、魔王様? じゃあ、ちょうど余ってる『キノコ肥料入りの激辛ピーマン』をあげてみましょうか。きっと元気が出るわよ!」

「……魔王軍が全滅して、魔界がピーマン畑に変わる未来が見えますね。……行ってまいります」

 シロは優雅に一礼すると、庭の門の外で震えている魔王軍を迎えにいった。

 リーネの「普通」の暮らしは、もはや人間界、天界、魔界という世界の枠組みさえも「肥料」によって一つにまとめ上げようとしていた。

 本人はただ、美味しい野菜をみんなに食べてもらいたい、それだけを願っているのだが、その願いが強すぎるあまり、世界の常識は音を立てて崩れ続けていくのであった。

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