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8/12

害虫駆除

王都でのパーティーから帰ってきた翌日。

 ルナール村の私の家は、いつも通りの穏やかな朝……を迎えるはずだった。

「主、おはようございます。本日の朝食は、昨日王都で手に入れた『毒キノコの胞子』を極限まで精製し、龍の涙で煮込んだ特製ソースを添えた、目玉焼きです」

「わあ、ありがとうシロ! なんだかこのソース、虹色に光ってて可愛いわね」

 私がのんびりと朝食を食べていると、庭の方から「ドォォォン!」という、地響きのような音が聞こえてきた。

「あら、地震かしら?」

「いいえ主。……どうやら、お庭に『大規模な害虫』が湧いたようです。除草班と結界係が既に対応しておりますが、少々数が多いようですね」

 シロが窓の外を指差す。

 そこには、ルナール村を包囲するように展開する、隣国ガリア帝国の誇る「鋼鉄魔導騎士団」の姿があった。その数、およそ三千。最新鋭の魔導戦車や、空を飛ぶワイバーン部隊まで動員した、まさに「国を一つ滅ぼす」ための本気の布陣である。

「報告! ターゲットの住居を確認! 繰り返す、これより『エデンの果実』回収作戦を開始する! 抵抗する者は抹殺せよ!」

 帝国の将軍が叫ぶ。

 しかし、彼らの前に立ちはだかったのは、たった六人の男たちだった。

 庭の入り口。

 そこには、上半身裸で「リーネ様命」と書かれたハチマキを締めたマッチョな男たち(元・精鋭スパイの除草班)と、優雅に杖を回す美青年(元・大賢者ゼノン)が並んでいた。

「……おい、ゼノン。あいつら、リーネ様の『新作肥料』の実験場を荒らすつもりだぞ」

 除草班リーダーのカイルが、バキバキと拳を鳴らしながら言う。彼の筋肉は、肥料入りの食事のおかげで、もはや物理法則を無視した弾力と硬度を誇っていた。

「許せんな。リーネ様が昨夜、楽しそうに『明日はキノコ肥料を撒くの!』と仰っていた聖域を、鉄の塊で踏み荒らすなど……万死に値する」

 ゼノンが冷たく笑い、杖を一振りした。

 瞬間、空を覆っていた数百体のワイバーン部隊が、目に見えない圧力によって「ぺしゃん」と地面に叩きつけられた。

「ぎゃあああ!? なんだ、この重力は!?」

「バカな、大賢者ゼノンだと!? なぜ王都の重鎮が、こんな田舎で雑草を抜いているんだ!」

 帝国軍に戦慄が走る。

 しかし、本当の地獄はここからだった。

「おらぁぁぁ! リーネ様のジャガイモに土を飛ばすんじゃねぇ!!」

 カイルたち除草班が、敵の魔導戦車に向かって突撃した。

 武器など持っていない。彼らの武器は、庭掃除で鍛え上げられた「素手」と、肥料の恩恵で覚醒した「超身体能力」だ。

 ボォォォォォォォォン!!

 カイルが軽くデコピンをしただけで、厚さ三十センチの魔導合金で作られた戦車が、紙屑のようにひしゃげて吹き飛んだ。

「ひ、ひいいいっ!? 怪物だ! 人間じゃない!」

「助けてくれ! 奴ら、笑いながら戦車を片手で投げ飛ばしてくるぞ!」

 わずか五分。

 帝国の誇る無敵の騎士団は、たった数人の「庭師」によって、文字通りゴミのように掃き溜めへと追いやられていった。

 そんな外の騒ぎを余所に、私は買ってきたばかりの毒キノコの胞子を、特製バケツの中で混ぜ合わせていた。

「シロ、この肥料、なんだかすごく『ぷるぷる』してるわ。これ、裏山の枯れ木に撒いたらどうなるかしら?」

「主、それはおそらく……枯れ木どころか、山全体が巨大な意志を持つ精霊の森に変わるでしょう。……さっそく試してみましょうか」

 私はバケツを持って庭に出た。

 すると、そこにはボロボロになった鎧を着て、地面に転がっているたくさんの「黒い甲虫」のような人たちがいた。

「あら? シロ、この虫さんたち、さっきの地震で怪我しちゃったのかしら?」

 私は、逃げ遅れて震えていた帝国将軍の足元に、バケツの中の「新作肥料」をポチャリと一滴、垂らした。

「ちょうどいいわ。試作段階だけど、元気が出る肥料よ。はい、どうぞ」

「……あ、あ……」

 将軍は、その虹色に脈打つ「禁断の液体」を浴びた。

 その瞬間。

 ドドドドドドドドド!!

 将軍の頭から、瞬時に一本の巨大な「真っ赤なキノコ」が生えてきた。

 それだけではない。彼のボロボロだった体は瞬時に完治し、魔力は爆発的に増大したが、彼の意識は今や「キノコとしての幸せ」に支配されていた。

「……あ、あははは……。戦いなんて、どうでもいい……。私は今、森の一部になったのだ……。胞子を飛ばすの、とっても気持ちいい……」

 将軍が、ふわぁぁぁ……と輝く胞子を周囲に撒き散らす。

 その胞子を吸い込んだ帝国兵たちが、次々と「あははは、キノコ最高!」と叫びながら、頭からキノコを生やして、その場で踊り始めた。

「まあ! みんなとっても楽しそう! シロ、この肥料、大成功ね!」

「ええ、主。……敵軍三千人を一瞬で『キノコ人間』に変えて無力化するとは。まさに神の如き慈悲(物理)でございます」

 ゼノンやカイルたちが、キノコを生やして踊り狂う元・帝国軍を見ながら、戦慄のあまり冷や汗を流していた。

「……ゼノン様、俺たち、リーネ様を怒らせたら、マジで『キノコ』にされますね」

「ああ……。私の結界術など、この『肥料一滴』の前では無力だ。……一生、真面目に庭掃除をしよう」

 結局、ガリア帝国が送り込んだ軍勢は、誰一人として帰還することはなかった。

 代わりに、ルナール村の境界には、一年中七色に輝く「踊るキノコの森」が誕生し、そこに入ろうとする外敵を胞子で「幸福なキノコ」に変えてしまう、世界最強の防衛境界線(リーネにとってはただのキノコ園)が完成した。

「さて、次は……。シロ、おじいちゃんのノートの最後の方に書いてあったんだけど、『星の欠片』を肥料に混ぜると、野菜が空を飛ぶようになるんですって! やってみましょう!」

「……主、それは重力制御の魔法を野菜に付与するということですね。……もはや、この庭は宇宙に進出するおつもりですか。喜んでお供いたします」

 リーネの家庭菜園は、ついに国家の枠を超え、星の理さえも超越しようとしていた。

 一方その頃。

 最強の騎士団が「キノコになって踊っている」という衝撃の報告を受けたガリア帝国の皇帝は、あまりの恐怖に寝込んだ後、「もうルナール村には関わらないでくれ……」と、国境を永久封鎖する命令を出したのであった。

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