第91話 親友への相談 ~蓮ver~
「いただきます」
「いただきまーす!」
昼休み、蓮と凜は二人、家庭科室で昼食を食べ始める。
普段は教室で食べることが多いのだが、これから話す内容は他の人に聞かれるわけにはいかない為にこの場所を選択した。
ちなみに家庭科室の鍵は基本的に教師が管理しているのだが、家庭科部部員であれば簡単な申請で借りることが出来る。
「その肉団子一個くれ」
「きんぴら一掴みとトレードな」
「オッケー。お、美味い」
二人で美味しく昼食を食べる。
一見すればなんてことない普段の昼食。
食後に待っている重要な話を前に、緊張の無い空気が作られていくことは蓮にとっては有難い。
食後のお茶を飲んで一息つくと、凜は蓮の方へとずいっと体を乗り出して来た。
「で、いったいどういう風の吹き回しだ? お前、前にウザ絡みされてから一緒に登校するのは避けて来てただろ?」
四月に桜季と一緒に登校してきた後、それについて根掘り葉掘り聞かれた。
その後、桜季とマンションの隣同士で一緒の部屋で料理を作り食べているということがバレると根も葉もない下世話な噂に発展する可能性があった為、桜季とは別々に登校していることは凜も知っている。
「嘘はナシな。言いたくないことあったらそう言えよ」
「分かってるって」
「んじゃあ、もう一回聞くぜ。どういう風の吹き回しだ? まさか、ただ単に一緒に行きたくなったってわけじゃないだろ?」
真剣に、それでいて嬉しそうに凜が問いかけてくる。
おそらく多少なりとも予想は付いているのだろう。
そんな親友に、蓮はゆっくりと語りだす。
「昨日、さ。途中からおれと桜季の二人で一緒に帰って行っただろ?」
「オレと美鈴と別れた後な?」
「そう。その後しばらく歩いてたら狭い道でわき見運転の車とぶつかりそうになった。その時に危ないって思って桜季を引き寄せたんだ」
そこで蓮は一度言葉を切る。
凜は蓮の言葉に少し驚いたが、何を言うでもなく無言で先を促してくる。
「その時にさ、桜季とのこれまでのことを思い返して。偶然出会って、部活に招待して、一緒に部活を楽しんで、誕生日を祝って」
「ああ」
「桜季の母親が入院することになって、それで桜季と一緒に料理をしたり、一緒に過ごしたりする機会が増えていった。それが、とても楽しかった」
「だな。お前、桜季と一緒にいる時は結構いい笑顔してたからな」
「……マジか?」
予想外の指摘に蓮が問いかけると凜は苦笑して頷いた。
「マジだ。お前ってさ、基本誰とでも仲良いけど、それでもちょっと壁はあるからな。だけど、桜季には結構早く心を開いてたぞ。割と早い段階で」
「……ああ。今になって思えばそうだった」
そう、基本的に凜といる時と似たような安心感が桜季には感じられた。
だから桜季の前ではクラスメイト達といる時よりも、身体の力を抜いた自然体でいることが出来た。
「それでさ、この前は馬鹿な事ばっかり考えてたおれに、自分の原点に立ち戻ることの重要さを教えてくれた。迷走していたおれを助けてくれた」
再び言葉を切る。
一度お茶を飲んで、乾いた口の中を潤す。
そう、重要なのはここから。
「桜季と一緒にいると安心で、そして幸せで。もっと一緒にいたいって思った。これまでと同じじゃなく、これまでよりももっと。それで、この気持ちを自覚したんだ。おれは、桜季のことが好きだって」
言い切った。
自分自身の自覚した想いを、目の前の親友に打ち明ける。
すると凜は大きく頷いた後、蓮の正面から隣へと移動し、肩に手を回して来た。
「そっか。おめでとさん」
ニヤッと笑いながら肩に回した手に力が込められる。
「おめでとう、なのか?」
まだ恋心を自覚しただけ。
桜季と恋人同士になったわけでもなく、それどころかこの気持ちを伝えてすらいない。
蓮は苦笑しながら凜を見る。
すると凜はパンパンと蓮の背中を叩きながら大きく笑った。
「おめでとうなんだよ。お前が桜季のことを好きだって気付けたのはさ」
「……それじゃあ、ありがとな」
「おう」
そう言って凜は手を戻してお茶を飲む。
蓮も自分のカップを手に取り同じようにお茶を飲む。
時間がたちぬるくなったお茶が、緊張で乾いた喉に染み渡っていく。
「ついに蓮と恋バナする時が来たかあ」
「待ちわびてたのか?」
「そりゃあな。いっとくけどオレは一応恋愛自体には興味あったけどよ、お前の方は全く興味なかっただろ?」
「……まあ、な」
これまで異性のことを可愛いとか綺麗とか思うことはあっても、好きになることはなかった。
そんな自分がこんなことを言うとは自分自身でも思ってもいなかった。
「それで、これからどうすんだ?」
「…………どうしようかなって悩んでる」
そう言うと凜は意外そうに首を傾げた。
とはいえ蓮としてもそこは許容して欲しいところだ。
なにしろ恋心を自覚したのがつい昨日のこと。
そこから今朝勇気を振り絞って一緒に登校しようと提案したのだ。
正直これから先の考えなど頭の中には一切ない。
「まあ、その辺り相談に乗って欲しくてな」
「……ま、それはいいけどよ」
そう言って凜は腕を組み、考えるように天井を見上げた。
「で、最初に確認するけどよ、どうしたいんだってのは置いといてさ。最終的にどうなりたいんだ?」
どうしたい、ではなくどうなりたい。
凜の質問に、蓮は自分の想いを正直に口にする。
「…………桜季と、付き合いたいなって」
「そうか。まあ、そこが目標としてちゃんと定まってんならいいだろ。それじゃあそこの目標に向けてどうしていくかってとこだな」
蓮の返答に、凜は優しく笑う。
しかし蓮の気持ちは晴れない。
「どうかしたのか?」
「今言ったようにさ、おれは桜季とは付き合いたいって思ってる。たださ、それってあくまでもおれだけの気持ちなんだよ。大切なのは、桜季の気持ち。桜季がおれのことを好きになってくれるかってとこ」
「……………………」
「…………おい、なんだその顔は。別に変なことは言ってないだろ」
「…………まあ、変なことは言ってないけど言ってるって言うか……」
呆れた顔をしてこちらを見る凜。
蓮としては至極真っ当なことを言ったつもりではあるのだが。
「良く分からんな。まあとにかく、おれは桜季のことが好き。だからと言って、それを無遠慮に桜季に押し付けることはしたくない」
胸に手を当て、服の上からネックレスに触れながら考える。
今の生活は楽しいし、こんな生活が続いていけばいいとも思っている。
もっと桜季と一緒にいたいし、色々なことをやってみたい。
桜季の笑顔が好きだし、自分にそれを向けてくれるのが嬉しい。
「…………まあ、お前らしいな」
「そうか?」
「ああ。ちゃんと相手のこと考えてる」
「それはな」
自分の気持ちばかりを押し付けては、相手にとって負担なだけだ。
それは恋愛に限らず友人関係でもそう。
蓮も凜もお互いにその辺りの関係が心地良く、だからこそ他の友人達とは一線を越えた友情という物で結ばれている。
「だけどな、お前はもっと桜季のことを見るべきだと思うぞ」
「…………もっと?」
「ああ。お前の気持ちを押し付けるのは良くないけどさ、桜季がお前に対してどういう想いを持ってるかってのも、ちゃんと見てやれってこと。お前といる時、ホントに楽しそうにしてるぞ」
「……………………ああ」
凜の言葉に蓮はゆっくりと頷く。
好意を自覚する前から桜季のことは見ていた。
しかしそれはあくまでも桜季本人が楽しいとか、悲しいとか、嬉しいとか、辛いとか、そういったことについて。
楽しそうに料理をしていたり、小説を読んで悲しそうな顔をしたり、今日会ったことを嬉しそうに話したり、勉強で壁に当たってつらそうにしていたり。
そういったところではなく、自分に対して向けられた想いというのはあまり考えたことはなかった。
「アドバイス、ありがとな」
「おう。まあ何か悩みあったら言いに来いよ。話すだけでも変わるぜ」
「サンキュ。その時は頼りにするよ、親友」
「おう。まあオレはそもそも恋愛経験ないんだけどな」
あはは、と二人で笑い合う。
すると昼休み終了を告げる予鈴が鳴り、二人で席を立つ。
「蓮。頑張れよ」
「ああ。頑張る」
そう言ってコツリと拳を当てる。
そう、まずは桜季のことをちゃんと見る。
そこから始めよう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
蓮と廊下を歩きながら、凜は先ほどのやり取りを見て苦笑してしまう。
『大切なのは、桜季の気持ち。桜季がおれのことを好きになってくれるかってとこ』
蓮のあの言葉、突っ込みたいのを我慢した自分をほめてあげたい。
(……とっくにお前のこと好きになってんだけどなあ。それも、お前より早く。まあ、オレがそれを言うのは野暮ってもんだけど)




