第90話 教室での追及 ~桜季ver~
蓮と別れた後、桜季は自分の教室へと入り席へ向かう。
「おはよう」
「おはよう、桜季」
「おはよー」
いつものように友人達へと挨拶を返し、鞄を机へ置く。
「今日は暑くなりそうだね」
「うん。もう七月だしねー」
「正直もう外出たくない」
「夏休み待ち遠しいよね」
そんな他愛もない雑談が始まり桜季も会話に加わる。
先程まで蓮と話していた時とは違い、今は緊張もなく完全にいつも通り。
(うん。いつも通り)
話しながら桜季は心の中で一息ついた。
先程蓮と登校の誘いを受けた時は、恋を自覚したこともあり緊張で言葉が出なかった。
途中、パン屋の話題から徐々に会話が増えていったが、とはいえ心の仲間でいつも通りというわけでもなかった。
落ち着いて友人達と談笑している――その時だった。
「そういえばさ」
一人の友人が何気ない調子で口を開く。
「桜季が登校してくるところ見かけたんだけど」
「……え?」
登校してくるのを見かけた、ということは蓮と一緒に登校してくるのを見られたということ。
いや、もちろん他の生徒が多くなってからも一緒に登校していたので見られていたこと自体は不思議ではないのだが。
「またあの先輩と一緒に登校してなかった?」
「…………え?」
そう、一応予想された質問を相手に、桜季は一瞬止まってしまう。
「え、えっと……」
通学中に偶然出会っただけ、以前と同じようにそう説明すればいいだけなのだが言葉が出てこない。
頭の中が真っ白になる。
「昇降口まで一緒だったよね?」
「え、マジで?」
「うん。すっごく仲良さそうだった」
言葉が続かない。
どう説明すればいいのか分からない。
普段なら『途中まで一緒でした』くらいは言えたはずなのに、今日は違う。
焦れば焦るほど口が動かなくなる。
「まあ、前みたいに偶然会ったってことだろうけどさ」
「でもさ、偶然会ったからって男女が一対一でそのまま一緒に来るってあんまないよね」
「うんうん。付き合ってるみたい」
からかうような言葉と表情。
しかしその言葉に桜季は動揺してしまう。
「あ……あの、それは……」
しどろもどろになり言葉がうまく出てこない。
すると友人達が自分に向けてくる視線が変わった。
「えー?」
「桜季、何その反応」
「顔赤いよ?」
「えっ!?」
思わず両手で頬を押さえてしまう。
自分でも分かるくらい熱くなっていた。
「え? その反応ってマジ?」
「ち、違うって……! わたしと先輩はまだ付き合ってないって」
そう答えた桜季だが、すぐに墓穴を掘ったことに気付いた。
そんな言い方をしてしまえば、まるで付き合いたいと思っているようではないか。
目の前の友人たちの表情がにんまりと変わっていく。
「まだ?」
「ってことはー?」
「い、いや、ち、違くて……!」
ニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤ
周囲からの視線に完全に言葉を失ってしまう。
「前までの桜季だったらこんな反応しなかったよね?」
「これはもう黒じゃない?」
「ち、違うから!」
必死に首を横へ振る。
違う、いや違わない、でも違う。
自分でも何を否定したいのか分からなくなってしまう。
「ほらほら、顔真っ赤!」
「かわいー」
「ねえねえ、どんなとこが好きなの?」
「きっかけは?」
「だ、だから……!」
質問が次々と飛んでくる。
(助けて……)
そう思った、その時だった。
「おっはよー!」
教室の扉が勢いよく開き、明るい声と共に美鈴が教室へ入ってきた。
「あ、美鈴!」
「おはよう、みんな。……って、何この人だかり?」
美鈴の席(桜季の前の席)へ向かいながら、美鈴は不思議そうに首を傾げる。
すると桜季を囲っていた友人達が、今の出来事を次々に口にする。
「ちょうどいいところに!」
「聞いてよ美鈴!」
「桜季がさ、あの家庭科部の先輩と一緒に登校してきてたんだけど!」
「しかも付き合ってるみたいって言ったら、この反応!」
そう言って桜季を指差す。
桜季は恥ずかしさのあまり俯いたまま動けない。
(もう無理……)
穴があったら入りたい。
「……なるほどね」
美鈴は事情を察したように小さく笑った。
苦笑しながら皆の方を向く。
「ほらほら。あんまりサッキーを困らせないの」
「えー」
「だって見てよ、この顔」
友人達の言葉に美鈴が探るような顔を向けてくる。
一瞬の後、ニヤッと笑った。
「あ、ほんとだ」
「でしょ? 桜季、可愛いよね」
「これはもう確定じゃん」
「はいはい、その辺にしときな」
美鈴は笑いながら周囲の友人達へ手をひらひら振る。
「朝っぱらから質問攻めにしたら、サッキーが可哀そうだって」
「えー」
「もう少し聞きたいー」
「もう授業始まるし」
美鈴がそう言うと、友人達も顔を見合わせる。
小さく笑いながら、美鈴の言葉に頷く友人達。
キーンコーンカーンコーン
ちょうどその時、教室に予鈴が鳴り響いた。
「あ、やば」
「先生来るじゃん」
「じゃあ席戻ろー」
友人達が慌ててそれぞれの席へ戻っていく、前に桜季に顔を寄せて
「頑張ってね」
「応援してるから」
「幸せになりなよー」
そう言って皆は笑いながら自分の席へ戻っていった。
「いや、だから――」
呼び止めようとした時には、もう誰も聞いていない。
恥ずかしさから、桜季は顔を両手で覆ってしまう。
(頑張ってって……)
何を頑張ればいいのか。
分かっている。
分かっているからこそ、恥ずかしくてたまらない。
「サッキー」
顔を上げると、前の席から美鈴がくるりと振り返った。
「うぅ……。助けてくれても…………」
一番の友人に小さく恨み言。
そんな桜季を見て美鈴は苦笑する。
「いやいや、出来る事なら助けてあげたかったんだけどさ。もうあれ無理だったから」
「無理って……」
「だってさ、アタシが来た時点でサッキーの顔、真っ赤だったし態度もおかしかったし分かりやすすぎ。もう完全に答え合わせが終わってたからね」
「うぅ……………………」
友人からの根も葉もない指摘に、再び両手で顔を覆ってしまう。
美鈴の言っていることは理解出来る。
美鈴にどうしようもなかったことも含めて。
だからこそ、美鈴はあえて否定しようとはせずに、あの場を収めてくれたのだろう。
「…………でさ」
「え?」
美鈴の声に、桜季は再び顔を上げて美鈴を見る。
先程までとは違い、真剣に先を見る美鈴の目。
「お昼、ちゃんと教えてね」
「……うん」
「なら良し!」
美鈴はニヤリと笑って桜季の肩を叩き、そして前を向いた。
その一言だけで、桜季は胸の奥に張り詰めていたものが少しだけ軽くなる。
恋を自覚したばかりで、不安だらけだった。
それでも――
(応援、してくれてるんだ)
その事実が少しだけ嬉しくて、桜季は誰にも気付かれないように小さく微笑んだ。




