第88話 登校時の話題は?
エントランスを出て二人並んで歩き始める。
(…………ヤバい。一緒に行くって誘ったのはいいけど、どうするか……)
住宅街の朝は静かだった。
蓮の耳に届くのは、周囲の生活音と並んで歩く二人の靴音。
つまるところ、一緒に登校しながらも、会話らしい会話が一切行われていない。
「…………」
「…………」
互いに一言目が出ない。
何かを話そうと隣を向くと、お互いに目が合って慌てて逸らしてしまう。
これまで二人でいる時には自然と話題が浮かんでいた。
登校前に二人で簡単に雑談をすることもよくあった。
授業のことや家庭科部の活動。
放課後に買い物に行くスーパーの特売。
昨夜見たテレビの内容。
そんな何気ない話で盛り上がっていたのだが、今日は何も思い浮かばない。
(何か話さないと……)
蓮は横を歩く桜季をちらりと見る。
ちょうど同じタイミングでこちらを向いた桜季と目が合った。
「「あっ……」」
二人同時に慌てて前を向く。
(マズいな……)
今はこうして会話なく並んで歩いていても気に留める人もいない。
とはいえ学園に近づけば近づくほど、知り合いと出くわす可能性は高まってしまう。
普段は別々に登校している二人が揃って登校している、それだけならいい。
しかし、こうして一緒に登校しているにもかかわらず、全く会話が無くただ並んでいるだけでは不審に思われてしまうだろう。
(…………こういう時は、天気の話が良いんだっけっかな?)
こうしてこのまま黙っているわけにもいかないので、蓮は意を決して桜季の方を向く。
「あ、その……」
「は、はい」
「今日は……暑くなりそうだな」
「そ、そうですね」
「…………」
「…………」
会話が終わった、終わってしまった。
(いや違うだろ……)
心の中で思わず突っ込んでしまう。
もっと他に話すことはいくらでもあったはずなのに、出てきたのは天気の話だけ。
緊張してその先が全く続かない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(ど、どうしよう……。蓮さんが話しかけてくれたのに、すぐに話が終わっちゃった……)
桜季も沈黙に耐え切れずに話し出そうとしたのだが、どうしても一言目が出てこなかった。
そんな中、蓮から話題を振られたのだが、美味く返すことが出来ずに会話が終了してしまう。
もっと話したい。
だが、何を話せばいいのか分からない。
昨日まで当たり前だったことが、こんなにも難しい。
(な、何か話題は…………)
焦って話題を探すが頭の中は混乱中。
むしろ拍車がかかっており、何も考えられない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…………」
「…………」
会話が無いまま学園への道を進んで行くと、前方で工事を行っていた。
二人が普段通る歩道には、カラーコーンとバーが並べられ、警備員が誘導を行っている。
そう言えばここのところ、工事計画の看板が出ていたことを思い出す。
「すみませーん。この先通れないので、向こう側へとお願いしまーす!」
案内に蓮は桜季と顔を見合わせる。
「えっと、工事だな」
「はい。道、変えましょうか」
誘導された通りに別の道へと足を向ける。
いつもとは少し違う道のり。
すると、蓮の鼻に美味しそうな香りが漂ってきた。
その発生源は少し前方。
以前に蓮も何度か訪れた、この辺りでは比較的大型のベーカリーショップ。
淡いクリーム色の外壁に赤茶色の瓦屋根。
正面はガラス張りで、店内に並ぶ焼きたてのパンが外からでも見える。
店の前には二十台以上は停められる広い駐車場。
休日には開店直後から車が次々と入り、昼前にはほぼ満車になることも珍しくない。
特に大きめの牛肉の入ったカレーパンが大人気で、蓮もここを訪れた際に必ず買っている。
「あれ、ここにパン屋さんがあったんですね」
それを見て、桜季も驚いたように呟き足を止める。
「そっか。桜季は四月に越して来たばかりだからな」
「はい。通学のルートもここを通るのは初めてでしたので、気付きませんでした」
「ここ、結構美味しいんだ。おれも休日は朝のランニングの時間をずらして、朝食に買うこともあったな」
今は桜季と共に朝食を作っているので、その機会は無いのだが。
「そうなのですね。少し、気になります」
そう言って桜季はくすりと笑った。
それを見た蓮もつられて笑顔が浮かぶ。
「そうだな。今度の休みに一緒に買いに行ってみるか?」
「いいんですか?」
「ああ。たまにはそういうのもいいだろ」
「はい。約束ですね」
そう言って小指を差し出してくる桜季に、蓮も自分の小指を軽く重ねる。
指切りをして、再び学園への道を歩き出す。
「あそこのカレーパンって人気なんだ。カレーの味もそうだけど、中に入ってる牛肉が柔らかくて美味しい。出来たと思ったらすぐに売れていく」
「そんなになんですね。食べてみたいです」
「衣もザクザクでな。揚げたては一度食べてみる価値あるぞ」
「揚げたて……」
想像したのか、少し嬉しそうに微笑む。
そして蓮の方へと顔を向けて、楽しそうに問いかけてくる。
「他にはどんなパンがあるんですか?」
「クリームパンも人気だな。あと塩パンも結構好きだ。朝はああいうシンプルなのもいいんだよ」
「なるほど……」
桜季は店の方をもう一度見つめる。
「いっぱいあって迷いそうです」
「たくさんのパンを見て悩むのも楽しみの一つだからな」
「ふふっ、それは分かる気がします」
その笑顔を見て、蓮の肩から少しだけ力が抜ける。
先程までは何を話せばいいのか分からず、言葉を探してばかりいた。
それなのに今は、会話が自然と続いている。
「桜季はパンなら何が好きなんだ?」
「えっと……クロワッサンです」
「へぇ」
「バターの香りが好きなんです。外はサクサクで、中はふわっとしていて」
「分かる。焼きたては特に美味いよな」
「はい」
気が付けば、先程までのぎこちなさを忘れていた。
肩の力が抜け歩幅も自然と揃っていく。
(そう、だよな。好きだって自覚はしたけど、まだ何も関係は変わってない。まずは一つずつだ)
パン屋の他に、今日の授業や部活のことなどを話しながら大通りへ出る。
同じ制服に身を包んでいる学生の姿も少しずつ増え始めた。
そんな中、いつも以上の仲の良さで、二人並んで学園へ向かって歩いていく。




