第83話 エピローグ②
地元へと辿り着いた時には辺りはすっかりと夕暮れ色に染まっていた。
長い夏の昼は終わり、西の空は茜色から群青へとゆっくり移り変わっている。
少し風が吹けば生暖かい風が体を撫で、昼間の暑さが少しだけ和らぐ。
とはいえ暑いことに変わりはないが。
「いやー、夏休み楽しみだなあ」
美鈴が両手を頭の後ろで組み、大きく伸びをする。
「あはは、美鈴、まだ言ってる」
「だってさ、遊ぶ予定もいっぱいだし!」
「予定はまだ具体的には何も決まってないけどな」
「そもそも学生の本分は勉強だぞ。課題とか課題とか課題とか予習とか」
「うわーっ! 聞いてるだけで頭痛い!」
蓮のツッコミに美鈴は思わず耳を覆って天を仰ぐ。
それを見て桜季がクスリと笑った。
「そんなに心配しないで。わたしも手伝ってあげるから」
「ホント!? ありがと、サッキー!」
美鈴はすぐに桜季の手を握りブンブンと振り回す。
おそらく試験の時と同じで桜季に頼ることになるのだろう。
「まあ、テストの時みたいに四人で集まって集中してやるか。早めに終わらせといたほうが楽しく遊べるし」
「賛成。早めに終わらせた方が精神衛生上楽になるし」
凜も蓮に同意する。
実際に昨年も、蓮と凜は夏休み初日から集中的に課題に取り組み、すぐに終わらせて夏休みを満喫した。
もっとも満喫しながらも合間合間で勉強は積み重ねていったのだが。
そんな他愛のない会話を続けながら歩いていると、やがて分かれ道へと辿り着く。
「じゃあ、アタシこっちだから!」
「オレも。それじゃあな、二人共」
美鈴と凜が揃って手を振る。
「またな」
「さようなら」
蓮と桜季もそれぞれ手を振り返す。
凜と美鈴は曲がり角を曲がり、すぐに姿を消した。
「おれ達も帰るか」
「はい」
蓮も桜季と並んで歩き出す。
「蓮さん。今日はお疲れさまでした」
しばらくすると、桜季がゆっくりと口を開く。
「ああ。応援ありがとな」
「いいえ。優勝、本当におめでとうございます」
そう言って微笑む桜季の表情は、自分のことのように嬉しそうだった。
それを見て、蓮の胸が大きく跳ねる。
「ありがとう。でも、まだ終わりじゃないけどな」
「はい。全国大会がありますから」
二人で顔を見合わせ、小さく笑う。
(…………あれ?)
笑顔でこちらを見上げる桜季。
その顔を見ているだけで、どんどん胸が高鳴っていく。
「とはいえ全国大会まで一か月以上ありますし、少しは息抜きもしないとですね」
「そ、そうだな」
慌てて言葉を返す蓮。
頑張って平静さを取り戻そうと試みる。
少し歩いたところで信号が赤になる。
二人で並んで立ち止まり、行き交う車をぼんやりと眺めた。
やがて信号は青になり、歩を進める。
そのまましばらく夏休みの話題についてあれこれと話し合いながら進んで行く。
「……桜季」
「はい?」
「この前は、本当にありがとな」
そう蓮が口を開くと、桜季は少しだけ目を丸くした。
「この前……?」
「大会のことで、おれが変になってた時」
「あ……」
「桜季があの時言ってくれなかったら、変にこだわって取り返しがつかなくなってた」
そう言って苦笑する蓮。
しかし桜季はゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。それ以上に、わたしは蓮さんに助けていただいていますから」
「それでも、だよ」
「……はい」
照れたように桜季が微笑む。
その時、一台の自転車が前からこちらの方へと向かって来た。
「あっ!」
暗くて分かりにくいがハンドルの付近が光っており、運転手はそちらに注目しているようだ。
おそらくスマホを見ながらの危険運転。
この狭い道、このままでは危ない。
蓮は反射的に桜季を自分の方へと引き寄せる。
「危ない!」
「えっ?」
間一髪、二人の横を自転車がすり抜けていく。
もし桜季の手を引かなかったら接触していたかもしれない。
「あ、あの……、ありがとうございます……」
桜季も今何が起きたのか気付いたのか、蓮の腕の中で頭を下げ、そして顔を上げて蓮を見上げる。
視線が交差する。
ドキリ――
「れん、さん…………」
「さ……き…………」
視線が外せない。
抱き合うような格好で、お互いの顔を見つめ合う。
(え…………? なんだ、これ…………)
桜季と一緒に過ごして来たこの数か月間を思い出す。
道に迷った桜季を案内して、一緒にマドレーヌを作って。
弁当の作り方を教えて、一緒に家で料理をするようになって。
そして、迷っていた自分を導いてくれた。
今では隣にいない方が違和感がある。
一つ一つの思い出と共に、蓮の胸に押し寄せるこの感情。
その笑顔を見るだけで嬉しくて。
その声を聞くだけで安心して。
心臓がバクバクとして――
でも、幸せで――
そして、こんな幸せが、これからもずっと――
(あ……………………)
胸を満たしている、この温かさ。
もっと一緒にいたいという願い。
そんな桜季のことを、自分は――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
え? と思った時には蓮に引き寄せられていた。
一瞬遅れて、今何が起きたのか気付く。
そっと見上げれば蓮の顔。
それを見て、桜季の胸が大きく揺れる。
蓮と一緒に過ごしてきたこの数か月間。
いつもいつも、助けてくれた。
妹の弁当も、自分の誕生日も、そして、大切な家族との事も――
迷っている自分に手を差し伸べて、導いてくれた。
つい先日、エマが訪れた時のことを思い出す。
あの時、エマが蓮のことを好きだと誤解させるようなことを言った時、凄く不安になった。
この人を連れて行かないで、と。
蓮のことを想うと胸が苦しくなる。
ずっと隣にいてほしい。
笑顔を向けてほしい。
(あ…………………)
そんな蓮のことを、自分は――
――――――――
(おれの、この気持ちは――)
(わたしの、この想いは――)
(おれは、桜季のことが――)
(わたしは、蓮さんのことが――)
この気持ち、この想いはきっと――
((好き、なんだ――))
そう見つめ合う二人の胸元には、贈り合ったネックレスが小さく煌めいていた。
今話で第二章は完結となります。ここまでお読みいただきありがとうございました。
第三章は金曜日から開始する予定です。




