第84話 恋を自覚した二人の朝
月曜日の朝、珍しくも蓮の部屋に目覚ましのアラームが鳴り響く。
いつもであればアラームが鳴る前に自然と目が覚めるのだが、昨晩は気が高ぶっていたせいかいつもよりも寝つきが悪かったのが原因だろう。
問題はその原因の原因。
気が高ぶっていた理由は、全国高校スイーツクリエイトグランプリの地区大会での優勝――などではなく、その帰り道。
(おれは、桜季のことが――好き、なんだ――)
気付いてしまった桜季への想い。
その後、アパートに帰るまでのやり取りがふわついている。
たどり着いた後は、桜季と共に簡単な夕食を作って――その最中も、桜季の顔を恥ずかしさから見ることが出来ず、会話も少なかったように思える。
(おれ、大丈夫だったか……?)
不自然に桜季を避けて、変な風に思われなかったのだろうか。
はたして夕食の時、桜季と琴乃はどのように感じていたのだろうか。
(ヤバイ…………)
もし変な目で見られていたとしたら――
そう嫌な想像が浮かんでしまい、ベッドの上で半回転、うつ伏せのまま枕に顔をうずめてしまう。
「いや待て、落ち着け……」
再び仰向けになり深呼吸。
心を落ち着かせるように胸を撫でる。
これまでの桜季との思い出を一つ一つ頭の中思い浮かべていく。
出会いは特別なことなどない、ありきたりな出会い。
迷っている桜季を案内した。
そして、家庭科部へと招待した。
一緒に弁当を食べたり、一緒に部活をしたり。
妹の弁当を作るのを手伝ったり、一緒に料理をすることになったり。
桜季の家族の事情を知った。
凜と美鈴と四人で一日中遊んだ。
そして、コンテストに向けて迷走している自分を助けてくれた。
(……好きに、なっちゃうよな)
出会いは偶然、そこから先も、別に下心をもって接していたわけではない。
だが同じ時間を一緒に過ごしていくうちに、自分でも気づかないうちに桜季に惹かれていった。
そして、その想いに気付いた。
時計を見れば普段であればとっくにランニングに出掛けている時刻を過ぎている。
しかし、蓮は未だにベッドの上。
「…………どうしよう、もうすぐ桜季が来るんだよな……………………」
そう、しばらくすれば、桜季は朝食を作る為にこの部屋を訪れる。
どうしていいか分からない。
「駄目だ、時間が過ぎていく……」
桜季が来た時にまだ身支度を整えていないわけにはいかない。
好きな人の目の前で、起きたばかりで顔も洗っていない、髪も整っていない最悪な状況を晒すわけにはいかない。
そんなことを考えて、つい首をブンブンと振ってしまう。
「と、とにかく起きるか……」
そう考えてベッドから降り洗面所へ。
軽く身だしなみを整えるが、今からランニングは難しいので部屋で簡単な筋トレを行う。
その最中も、桜季のことが頭から離れない。
全く身が入らないまま筋トレを終え、シャワーを浴びて着替える。
最後に蓮の花を模したネックレスを着用。
桜季からプレゼントされた大切な宝物。
(…………)
かけがえのない大切な相手、そんな相手からのプレゼントを身に着けているとなんだか落ち着かなってしまう。
今すぐに桜季に会いたい、しかし会ってしまったら何を話せばいいか分からない。
どう対応して良いか分からない。
いつも通りを装えるのかが分からない。
会いたいけど会いたくない。
そんな矛盾と胸のドキドキを抱えたまま、蓮は朝食の準備に取り掛かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
月曜日の朝、桜季の目覚まし時計が鳴り響く。
「ん……」
慌てて目覚ましを止めると、うっすらと聞こえてくるのは琴乃の声。
普段であれば目覚ましが鳴る前に目を覚ましているのだが、今日は違う。
昨夜はなかなか眠りにつくことができなかった。
理由は分かっている。
全国高校スイーツクリエイトグランプリの地区大会で蓮が優勝したこと。
それももちろん嬉しかった。
蓮がどれだけ努力していたのか、近くで見てきたから。
自分のことのように嬉しかった。
だが――眠れなかった理由はそれではない。
(わたしは、蓮さんのことが――好き、なんだ――)
帰り道、蓮と並んで歩きながら気付いてしまった気持ち。
確かに自分にとって、蓮は特別な人だった。
出会いは迷っている自分を助けてくれた。
それだけであれば、ただ優しい先輩と出会っただけだった。
だが、その縁で家庭科室に入部することに決めた。
学食で偶然会った時に弁当をご馳走になった。
妹の弁当を作るのを手伝ってくれた。
火傷をさせてしまっても、怒るどころか自分の方を気に掛けてくれた。
誕生日を祝ってくれた。
家族のことで悩んでいた自分に、誰よりも優しく寄り添ってくれた。
(好きに、なっちゃうよね……)
その気持ちを認めてしまった瞬間から、今までとは何もかも違ってしまった。
昨日、アパートに帰ってからのことを思い出す。
いつものように蓮と一緒に夕食を作った。
いつもなら、料理をしながら楽しく話をして、笑って。
そんな時間が楽しくて仕方なかった。
なのに昨日は――
(わたし、ちゃんと話せていたかな……)
蓮の顔を見ることが出来なかった。
声を掛けようとしても、何を話せばいいのか分からなくなった。
蓮はどう思ったのだろう。
急に黙り込んだ自分を、不自然だと思わなかっただろうか。
(どうしよう……)
胸の奥が締め付けられる。
もし蓮に変だと思われていたら。
もし今までみたいに接してもらえなくなったら。
そんな考えが浮かんでしまい、桜季は布団の中で小さく丸まった。
もちろん蓮は、そんな人ではないだろう。
誰かを簡単に嫌いになったり、見放したりするような人ではない。
それは分かっている。
分かっているのに不安が止まらない。
桜季は目を閉じ、これまでの蓮との時間を思い返す。
気が付けばいつも隣に蓮がいた。
困った時には助けてくれて、嬉しい時には一緒に喜んでくれて。
蓮がいることが、いつの間にか当たり前になっていた。
時計を見るとそろそろ起きなければいけない時間。
いつもなら朝食の準備をするために迷うことなく蓮の部屋へ向かう。
でも今日は――
「……どうしよう」
ベッドから出ようとして、足が止まりそうになる。
今までと同じように笑えるだろうか。
いつも通り『おはようございます』と言えるだろうか。
蓮の優しい笑顔を見た時、自分は平静でいられるだろうか。
そんな不安が頭の中を巡る。
それでも行かないという選択肢はなかった。
蓮の隣にいること。
一緒にご飯を作ること。
それはもう、桜季にとって大切な日常だから。
「……大丈夫」
自分に言い聞かせるように呟く。
深呼吸をして、ベッドから降りる。
髪を整え、身だしなみを確認する。
いつもより少しだけ時間をかけてしまったことに気付き、顔が熱くなる。
(何を気にしているんだろう……)
胸元にあるマーガレットを模したネックレスへそっと触れる。
蓮からもらった大切な贈り物。
自分の瞳をマーガレットの様だ、と言ってくれたあの日の言葉が蘇る。
今すぐに蓮に会いたい、しかし会ってしまったら何を話せばいいか分からない。
どう対応して良いか分からない。
いつも通りを装えるのかが分からない。
会いたいけど会いたくない。
そんな矛盾と胸のドキドキを抱えたまま、桜季は蓮の部屋へと足を向けた。




