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義理チョコキングと頑張り屋さん ~心優しい二人が寄り添っていく、幸せに包まれた半同棲生活~  作者: バランスやじろべー
第二章後編 お菓子を作る理由

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第72話 エマからのお願い

(ええっと……)


 夜、蓮の部屋のリビング。

 その中で桜季は、エマと一対一で向き合って座っていた。

 エマはニコニコとしながらお茶の入ったカップを傾け、そしてこちらを見つめてくる。

 ちなみに部屋の主である蓮は、今は風呂に入っている。

 桜季は予定通りに琴乃と二人で夕食を食べたのだが、その後でエマから話があると蓮を経由して連絡があった。

 てっきり蓮もいるのかと思ったのだが、先述の通り蓮は風呂に入っている。


「その、お話があるとのことでしたが……」


「うん。でもまずはサキ、今日は助けてくれてありがとね」


「……その、どういたしまして」


 ぺこりと頭を下げてくるエマに、桜季も同じように頭を下げる。

 再び顔を上げたエマは、やはりニコニコと笑っていた。


(……なんだか、凄く見られてるな)


 エマは終始笑顔で威圧感など一切ないのだが、その視線に若干怯んでしまう。


「あはは、そんなに緊張しないで」


「え……す、すみません……」


「謝らなくてもいいってー」


 そう言いながらお茶を飲むエマ。


「話ってのはね、ゆっくりサキとお話ししたいなーって思ったの。ダメ?」


「い、いえ……、それはかまいませんが……」


 天真爛漫なエマが少しばかり不安そうに問いかけて来て、慌てて桜季も言葉を返す。


「やった!」


 エマは再び嬉しそうにパン、と手を叩く。

 本当に感情表現が豊かで、そのまま表情に現れていく。


「ホントに警戒しなくていいよ。サキに興味があって、色々と話したいって思ったんだからさ」


「わたしに興味、ですか?」


「うん! レンと凄く仲良さそうだったしね」


「は、はい……」


 その言葉にドキリと胸が揺れる。

 蓮と仲が良い。

 それが、何を意味するのか、何を言われるのか。


「そう、見えますか……?」


「うん!」


 桜季の問いにエマは迷いなく頷いた。


「レンもサキといる時、すっごく自然だったし」


「そうですか?」


「そうだよー」


 エマは楽しそうに笑う。

 その笑顔に、桜季も少し心が軽くなる。

 おそらくは、自分にとって不安になるような話ではなさそうだ。


「ねえ、サキ」


「え?」


「お昼にさ、レンとは恋人同士じゃないって言ってたよね?」


「え…………は、はい…………」


 エマの指摘に慌ててしまう。

 確かに自分と蓮は恋人同士ではない。

 しかし、それは――


「で、ですがそれはエマさんもですよね……?」


 おそるおそる問いかける。

 するとエマはにぱっと笑って口を開いた。


「うん。今はねー」


「えっ……!? 今、は…………?」


「あははっ。そんなに焦らなくてもいいって」


「え…………あ…………」


 エマの指摘に先は慌てて口を閉じる。

 そんな桜季に、エマはずいっと顔を寄せて来た。


「ねえ、サキはレンのこと、異性として好き?」


「ええっ!?」


「嫌いなの?」


「は……え……い、い、いえ、そ、そんなことはないです…………!」


「じゃあ好き?」


「そ、それは――ッ!」


 何と答えていいか分からない。

 蓮のことはもちろん嫌いではない。

 人としては好きだということは自信を持って肯定出来る。

 しかし、必ずしもそれが異性としての好意に結びつくというわけでもない。

 だが、今自分が蓮に抱えている感情は――


「ふふっ」


 気が付けばエマはおかしそうに口を押えて笑っていた。

 からかわれた。

 そう思って桜季は顔が真っ赤になる。


「あはは、ごめんごめん。でもね、もしもサキがレンのことが好きなら、今は好きじゃなくてもこの先好きになったとしても心配はしないでね」


「…………え?」


 顔を上げてエマを見ると、エマはこれまでとは別の、柔らかな笑みを浮かべて桜季を見ていた。

 その表情に、桜季は恥ずかしさを忘れてエマと向き合う。


「ワタシはね、レンのことは友人としては好き。だけど、恋人になりたいとかそう言うことは全く考えてないってこと」


「え、ええっと……それは……」


 桜季は戸惑いながら言葉を探す。

 だが、理由も分からずになぜか安心した。


「アナタがね、どんな人なのか知りたいんだ」


「それは……」


「お昼にも話したけどさ、ワタシがレンと出会ったのは、去年の全国高校スイーツクリエイトグランプリなんだよ」


「はい」


「正直に言えばさ、ワタシは優勝する自信があった。ワタシの両親はパティシエで、大きな賞もいくつか受賞してる。ワタシはそんな両親の下でパティシエールとしての腕を磨いてきたし、将来は両親の様なパティシエールになりたいと思ってる。だから学校も製菓を専門に学べる所を選んだの」


「……でも、エマさんは実際に優勝したんですよね?」


 そう問いかけると、エマは少し苦笑した。


「そうなんだけどね……。そもそもね、その大会ってのは調理系の学校や製菓コースじゃないと、地方大会を勝ち抜くのは難しいんだ。一般の高校の家庭科部が勝ち上がってくることが出来るレベルじゃないんだよ。でもね、その男の子達が、凄いスイーツを作たんだ。驚愕しちゃったよ。ワタシも食べたけど、一歩間違えればワタシが負けてもおかしくなかった。だから、レンに興味が湧いたの」


 天井を見上げながら懐かしむようにエマが呟く。

 その表情は、とても穏やかで、憧れているようで。


「で、色々と話して更に驚いちゃった。確かにレンの先生は有名なパティシエだったんだけどさ、レン自身は本当に趣味のレベルでそこまで来ちゃってて」


「そうだったのですね」


「うん。でもね、少し不安に思ったんだ」


「不安に?」


 そう問いかけると、エマはカップを置いて、少しだけ悲しそうに目を伏せる。


「普通ならああいった大会に出るような人って、もっと勝ちたいとか、有名になりたいとか、そういうのあるんだよ」


「……ああ。それはなんとなく分かります」


 桜季にも想像は出来る。

 大会とは競う場所であり、勝利を目指すのは当然だろう。

 だが、以前に蓮は『とりあえず大会に出とけば活動実績は作れるってんで出ることにしたんだよ』『おれにとっての料理ってのは優劣を競うよりも、自分が食べて、誰かに食べて貰って『美味しい』って思ってもらえればそれが一番だし、そういう物だと思ってる』と言っていた。


「蓮さんは、作ったり食べたり、誰かに食べてもらったり。それで美味しければ、美味しいって言ってくれればそれでいいって言っていましたね」


「うん。もちろんそれはそれで構わないと思ってる。ワタシもレンの考えを否定なんかする気は一切ない。だけどね……」


 そこでエマは一度言葉を切る。

 お茶を飲もうとカップを手に取るが、その中身は桜季が見ても空だった。

 あはは、と笑ってエマはカップを置き話を続ける。


「レンが今みたいに楽しんでお菓子を作ってるのならいいと思うよ。でもね、もしそれが崩れたら。自分や誰かに食べてもらう為にじゃなくて、そういった楽しいモチベーションが無くなったら……。義務感とか責任感とかだけでお菓子を作ることになったら……、作ることが楽しめない、ただの作業になっちゃったら……、多分レンは深く傷つくと思う」


「それ、は…………」


 エマの言うことが現実として考えられない。

 これまで、何度も蓮と料理をしたりしてきたが、基本的に蓮は楽しく料理をしていた。

 ローストビーフを教えてもらう時でさえ、嫌々ではなく真剣に、食べる人のことを考えて。

 その蓮が楽しめずに作業としてお菓子を作るところなど想像出来ない。

 エマの言葉が、どこか遠い話のように思えてしまう。


「まあ、今すぐどうこうなる話じゃないよ? そもそもそうなるって決まったわけでもないしね」


 エマは苦笑しながら言葉を続ける。

 その言葉に桜季も、ああ、と胸を撫で下ろす。

 確かに今の蓮にその様な兆候が見えているわけでもない。

 あくまでも可能性ということだろう。

 そしてエマは真っ直ぐに桜季を見つめる。


「だけどね、もしそんな時が来たら、サキが支えてあげて」


「……え?」


 桜季は目を瞬かせた。

 予想していなかった言葉だった。


「どうして、わたしなんですか? 凜さんとか……」


 蓮と知り合ったきっかけから考えるに、おそらくエマは凜とも知り合いだろう。

 蓮を支える人物としては親友である凜以上に自分がふさわしいとは思えない。


「リンはさ……、レンと似てるから」


「似てる……?」


「うん。考え方とか思考とかがさ」


 確かに凜は連の親友と言うだけあって、考え方が良く似ているのは桜季にも分かる。


「もしもレンがそうなりそうになったら、助けられるのは別の考え方を持つ人だから。だからね、サキ。今、ワタシが言ったこと、覚えておいてね」


「は、はい……」


 もう少し話を、そう思ったところでリビングの扉が開く。


「二人共、何話してたんだ?」


 風呂上がりの蓮がリビングに姿を現した。

 不思議そうに問いかけてくる蓮に、エマはにこりと笑う。


「女の子同士の秘密だよー」


「……そう言われちゃそれ以上は聞けないな」


 つられて笑う蓮。

 一方で桜季の胸には今のエマの言葉が残り続けていた。

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