第60話 花見をしよう
「ふう……」
朝、蓮は部屋で一人、弁当作りを終えた。
腕によりをかけた四人分の行楽弁当。
今から食べるのが楽しみだ。
その理由は昨日四人で遊んでいた時の美鈴の提案による。
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食後の片付けを終えまったりとした空気の中、ふと美鈴が軽い調子で切り出した。
「ねえ、今週さ。お花見行かない?」
「花見?」
「イエス! ちょうど桜もいい感じだしさ。四人で行こうよ」
唐突ではあるが、内容自体は悪くない。
凜が一度こちらを見てから、あっさりと頷いた。
「いいんじゃねえか? オレは賛成」
「おれも問題ない」
蓮としても明日の予定は何もないので提案に乗る。
そして残る一人へと視線が集中する。
「えっと……わたしも大丈夫です」
桜季も少し遅れて頷いた。
それを聞いて、美鈴はやった、と大袈裟に喜ぶ。
「よし決まり!」
満足そうに手を打つ美鈴。
その横で、凜が小さく肩をすくめている。
「でさでさ、どうせならお弁当食べようよ!」
「弁当か」
「外で食べると美味しいじゃん?」
確かにそれはそうだ。
ただ眺めるだけではなく、食事を食べたり軽く体を動かしたり。
そう言ったところまで含めて花見の醍醐味である。
となれば、弁当を作るのは――
「じゃあ蓮。大丈夫か?」
「ああ、問題ないよ」
さすがに朝早くから行うわけではないだろう。
であればそのくらいは問題ない。
「金の方は後で渡すから」
「ああ。それじゃあ弁当はこっちで用意しとくよ」
「うん、蓮さん、お願い。あ、そうだ。お花見の前にサッキー借りていい?」
「……え? え?」
美鈴の提案に桜季は驚いてあわあわと美鈴を見る。
本人の外で話が進んでおり付いていけていない。
「借りるってな……。まあ、弁当はおれ一人で作れるけど」
多少呆れながら蓮が答えると、美鈴は嬉しそうに桜季の手を取った。
「やった! じゃあサッキー、明日なんだけど――」
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そんな感じで花見をやることが決まり、その後は場所や時間について詳しく打ち合わせをした。
突発的な提案のはずが、場所や時間が主に凜と美鈴のアイデアでやけにあっさり決まっていったのは少し違和感を覚えたのだが。
しばらく部屋で一人まったりと過ごしていると、やがて予定の時刻が近づいてくる。
「さて、行くか」
そうして蓮は弁当の入ったトートバックと共に、一人凜の実家へと足を向けた。
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凜の実家は幼稚園を経営している。
中学生までは休日にここで凜と共に体を動かすのが楽しみの一つだったのだが、蓮が引っ越してからはその回数も減ってしまった。
やがて幼稚園が、そして敷地の中で咲く桜が見えてくる。
門の前まで来たところで、蓮はふと足を止めた。
「あ」
そこに、二人の姿があったからだ。
「あっ、蓮さーん!!」
美鈴がこちらへ気付いて大きく手を振っている。
だが、その隣に立っている桜季の姿を見た瞬間、蓮の思考が一瞬止まった。
「……っ」
心臓が、不意に強く跳ねる。
そこにいるのは昨日までと同じ桜季。
しかし、今日はまるで別人みたいに感じられる。
白のカットソーに、淡いブルーのカーディガン。
そして春らしい明るめのクロップドパンツ。
普段の桜季らしい落ち着いた雰囲気はそのままなのに、どこか軽やかで柔らかい。
春の日差しの中に立つその姿は、やけに目を引いた。
風が吹き、さらりと髪が揺れる。
それを払う何気ない仕草だけで、視線を奪われる。
(……なんだこれ)
桜季のことを可愛いとは蓮も思っている。
真面目で、優しくて、少し不器用で。
そういう部分も含めて魅力的な相手だと思っていた。
だが今の桜季は、それとはまた違った破壊力があった。
いつもとは少しイメージが違くて。
けれど気取りすぎていなくて。
自然体なのに、妙に目が離せない。
「れ、蓮さん……」
視線に気付いたのか、桜季がおずおずとこちらを見る。
その頬はほんのり赤い。
美鈴がそんな自分達を交互に見て、にやにやと口元を緩める。
「ね、ね! 蓮さん、どうどう? サッキー今日めっちゃ可愛くない?」
「み、美鈴っ!」
桜季が慌てるが、美鈴は止まらない。
桜季をアピールするように、桜季の後ろに回ってずいっとこちらへと桜季を押し出してくる。
「いやー、頑張ったんだよ? 今日は春っぽくて動きやすい感じにしてみましたー!」
「へえ……」
改めて桜季を見る。
確かに、花見で多少動くことも考えられているのだろう。
動きやすそうなのに、ちゃんとおしゃれだ。
その絶妙なバランスが、いつもとは違った印象とはいえやけに桜季に似合っていた。
「……似合ってる」
「――っ!」
ぽつりと零れた言葉に、桜季の肩がびくりと揺れる。
「え、えっと……」
顔を真っ赤にしたまま、桜季の視線が泳ぐ。
だが蓮の口は止まらなかった。
思考と切り離されたかのように口が動き、素直に言葉が出てくる。
「いや、ほんとに。なんていうか……春っぽいし、桜季に合ってる」
「そ、そう……ですか?」
「蓮さん蓮さん! どう、サッキー、可愛いっしょ!?」
「ああ。その、凄く、可愛いと思う」
「っ……!」
瞬間、桜季の顔が一気に赤くなった。
そのまま俯いてしまい、両手で袖口をきゅっと握る。
「あっはは! 蓮さん、めちゃくちゃ素直!」
「え? いや、だって本当に似合ってるし」
「うわー、追撃きた」
「み、美鈴っ……!」
そのやり取りで、蓮もようやく自分がかなりストレートなことを言っていたと気付く。
桜季のことを素直に可愛いと。
「あ……」
それに気付くと顔が熱くなるのが分かる。
「いや、その……悪い。なんか普通に思ったこと口に出た」
「い、いえ……」
桜季は小さく首を横に振る。
そして恐る恐る蓮の方を見ると、少しだけ嬉しそうに笑った。
「……ありがとうございます」
その笑顔に、再び心臓が跳ねた。
(……駄目だろこれ。今日一日、平常心でいられるかな……?)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――可愛い。
蓮の口からそう言われた瞬間、桜季の胸がどくんと跳ねた。
顔が熱く、自分は真っ赤になっているのが分かる。
けれど、それ以上に。
(……嬉しい)
そんな感情が胸いっぱいに広がっていた。
「……ありがとうございます」
そう返すので精一杯だった。
蓮に可愛いと言われただけ。
ただそれだけのはずなのに、どうしてこんなに嬉しいのか自分でも良く分からない。
俯きながら、そっと袖口を握る。
(……頑張って良かった)
蓮も少し照れたように視線を逸らしていて、その様子に桜季は恥ずかしくなってしまう。
なんだか今日は、ずっと落ち着けそうになかった。




