第5話 スコーンを食べよう
家庭科部全体の工程を確認し、蓮はアルミカップを用意する。
「それじゃあ型に流し込んで焼いていきましょう」
一通り全員が全ての材料を混ぜ終えたので、それぞれアルミカップに流し込んで予熱してあるオーブンに入れる。
後は二十分程度このまま待てば完成だ。
もちろんこのままぼうっと無為に時を過ごすことはしない。
「ここで一段落ですね。みなさん、お疲れ様でした。焼きあがるまでに多少時間が掛かると思いますので、お茶でも飲みながら待ちましょう」
そう蓮が言うと二、三年生がさっそうとお茶の準備を始める。
作業の合間に蓮がポットで沸かしたお湯を使って紅茶を淹れていく。
その間、蓮は凜と共にお茶請けの準備を行う。
「それじゃあお皿用意しちゃうぞ」
「あ、ストップ。そっちの棚の下にアフタヌーンティースタンドを用意してあるから」
「えっ? あ、これか」
蓮の指示通りに凜が棚を開けると、そこから三段のアフタヌーンティースタンドが姿を見せる。
やはり雰囲気というものは大切にしたい。
「そっちの冷蔵庫にスコーンあるからお願い」
「分かってるって。これだろ?」
「おう。ありがと」
凜が冷蔵庫から数種類のスコーンを取り出す。
真空パックに入れて真空状態にしたそれを、トングで一つ一つスタンドへと移していく。
「後はこれを添えて完成だな」
小分けにした自家製のストロベリージャムとクロテッドクリームを小皿に盛り、スタンドの脇へ添える。
スタンドを使うことで全体のまとまりがぐっと良くなり、家庭科部の簡素な調理台の上でも見栄えが一段上がったように感じられる。
参加人数が二十人を超えるため、各調理台ごとに一つのグループとし、同じように仕上げたスタンドを順に並べていく。
こうして各テーブルにスタンドが置かれると、思った以上に本格的に見える。
「はい。とりあえず焼きあがるまでは雑談タイムねー」
麻美の言葉でお茶会が始まると、さっそく何人かがスコーンへと手を伸ばす。
「二人も遠慮しないで食べてくれ」
蓮と同じテーブルに割り当てられた桜季と美鈴へとそう勧める。
蓮としても良い出来だと思うので是非食べて欲しい。
「あ、はい。いただきます」
「いただきまーす!」
スコーンに手を伸ばす二人。
そして一口食べるとたちまち二人の表情が緩む。
「あ、これ美味しい」
「本当だ! うん、美味しい!」
チョコチップスコーンを食べた桜季と美鈴がそう感想を伝えてくれる。
それを聞いて、蓮も胸を撫で下ろした。
「ありがと。そう言ってくれると嬉しいよ」
やはり自分の作ってくれた物を美味しいと言ってもらえるのは嬉しい。
そんな蓮の言葉に桜季と美鈴は目を丸くする。
「えっ? これ光井先輩の手作りなんですか?」
「ああ。凜、あそこにいるおれの親友に手伝って貰って昨日の放課後作ったんだ。もちろん、衛生面にはちゃんと気を遣ってるぞ」
少し離れたところでポットを片付けている凜を指差しながらそう答える。
「あ、いえ。そういうことではなくて。色々と作れて凄いなあ、と」
「うんうん! せんぱいってお菓子作るの超上手じゃん!」
興奮気味に美鈴が桜季の言葉に同意する。
「ありがと。まあ昔から色々と作って慣れてるってのもあるからな」
「そーなんだ。継続は力なりってやつだねー」
うんうんと頷く二人を横目に蓮もクラシックスコーンへと手を伸ばす。
それにスプーンでジャムとクリームを軽く塗り一口。
それを見て、桜季が目を丸くした。
「あ、それってそうやって食べるのですね」
「ああ。ジャムとクリームを塗るっていうクラシックスコーンの伝統的な食べ方だな。まあジャムとクリームどちらを先に塗るかで派閥があるようだけど」
そう言うと、美鈴がすぐに食いついてくる。
「そうなんだー。じゃあせんぱいはジャムから塗る派?」
「いや、美味しければいい派。順番は特に気にしないな。やっぱり美味しいは正義だ」
変に格式張って食べるよりも、それぞれが美味しく食べることができればそれでいい。
もちろん最低限のマナーくらいは必要だが。
そう思いながら更に一口食べると、甘さとコクが口の中に広がる。
「そっかそっか。アタシもそれ分かるー」
「はい。わたしもその意見には賛成です」
桜季も小さく頷いて、蓮の真似をして一口。
先程と同じように、美味しそうに笑みを浮かべる。
「あ、ちなみになんですけど、他にも決まった食べ方というのはあるのですか?」
「そうだな。そもそもスコーンそのものについても大きく分けるとアメリカ式とイギリス式の二つに分けられる」
「そうなのですね。初めて知りました」
「ほうほう」
質問した桜季だけではなく美鈴も興味深そうに聞いてくる。
「アメリカのスコーンはチョコとかナッツといった具材が入ってる。具材の食感と生地のザクザク感が特徴」
「なるほどー」
「一方でイングリッシュスコーンは食パンの触感に近いな。中はふんわり、外はカリっと」
新しいスコーンを手に持ち二人に見えるように前に出す。
「加えてジャムやクリームと一緒に食べる。中はふんわりサクサク。食べ方としては、こうやってまず真ん中を手で割る。後は少しずつちぎってトッピングと一緒に食べる」
指先に軽く力を入れると生地が割れ、美味しそうな香りが広がる。
割ったばかりのスコーンの断面を見せると二人共興味深そうに覗き込んでくる。
「なるほど」
「へえー」
早速言われた通りの食べ方を試す二人。
ジャムとクリームをたっぷり塗って口へと入れると、たちまち二人の顔が驚きに染まる。
「んっ……。これもとても美味しいです」
「うん! さっきのチョコのヤツも美味しかったけど、これも美味しい!」
「ありがと。遠慮しないでどんどん食べてくれ。誘ったのはおれの方だからな」
こうして喜んでもらえるなら何よりだ。
もともと甘い物を食べに行こうとしていた二人を、部長命令を守る為に(別に守らなくても良かったのだが)半ば強引に誘ったのは蓮の方。
だからこそ遠慮などせずに食べてもらいたい。
「ちなみにこのジャムとクリームも蓮の手作りだぞ」
いきなり蓮の後ろから声が掛けられる。
席に戻って来た凜が、会話に割って入って来た。
突然の闖入者に桜季と美鈴は驚いたような顔で凜を見る。
そんな後輩二人からの視線を受けて、凜はしまった、と言った表情を浮かべた。
「あ、悪いな。オレは峰岸凜。二年生で蓮の親友だ」
蓮の肩に手を回しながらそう自己紹介する凜。
そんな凜に桜季と美鈴は食べる手を止めて頭を下げる。
「わたしは渡利桜季です。よろしくお願いします」
「アタシは白川美鈴です!」
一応部活の開始前に流れから名乗ってはいたのだが、再度二人の自己紹介が入る。
「てかこれもせんぱいが作ったんだねー。ホントなんでも作れるんだー」
「二人共凄いですね」
スコーンに塗ったジャムとクリームを見て美鈴と桜季が呟く。
その言葉に蓮は苦笑し、一方で凜は誇らしげに胸を張る。
「そうだぞ。蓮は凄いんだ」
「なんでもってわけじゃないけどな」
「ですがスコーンだけではなくこれもとても美味しいです」
「二人とも褒めすぎ。まあ嬉しくはあるけど」
二人の言葉に蓮は少し照れて頬を掻く。
美味しいと言ってくれるのは嬉しいのだが、こうまで褒められると恥ずかしい。
「それとな、あくまでもオレは手伝っただけで、基本的に作ったのは蓮だぞ」
凜も席に着き、スコーンを食べながら補足説明。
とはいえ蓮としては凜が手伝ってくれたことが凄く大きいのだが。
「謙遜するなって。凜が手伝ってくれるとおれもやりやすいしな」
「それこそ謙遜が過ぎるだろ。実際にレシピとかは全部お前が決めてるんだし」
蓮からすれば、凜はこちらを褒めすぎな気もするのだが。
そこでふと凜が桜季と美鈴の方を見て問いかける。
「あ、そだ。さっきから気になってたんだけどさ、二人って蓮とどんな関係なんだ? オレも蓮と同じ中学だったけど、多分二人共いなかったよな?」
もちろん凜にしろ、後輩全員の顔を覚えているわけではないだろうが。
とはいえ親友として蓮に近い位置にいた為に、蓮と仲の良い後輩であれば見たことはあるということだろう。
「あ、はい。それなんですけど、さっき――」
そんな凜の質問に、桜季と美鈴は先ほどの蓮との出会いを凜へと話し始める。
それを聞きながら、凜は時折うんうんと頷いていた。
「――ということなんです。光井先輩には大変お世話になりました」
「うんうん。ありがとね、せんぱい」
「それならおれの方もありがとう、だな。二人が来てくれたおかげで部長の無茶振りも何とかなったし」
まあ例え新入生を連れてこなくともそれはそれで何とかなったであろうが。
「いやいや、むしろアタシらがこんなに美味しいお菓子をタダで食べさせてもらってるわけだし」
「はい。美鈴の言う通りです。本来であれば、この後はどこかのお店でお金を払って食べようと思っていましたので」
「うんうん。これでお小遣いも浮いたしね。ウィンウィンってことで」
ニヤッと笑って美鈴が親指を立てる。
蓮と桜季もそれにつられて笑みを浮かべ
「そっか。ウィンウィンだな」
「うん! ウィンウィン!」
「はい。ウィンウィンですね」
そう三人で笑い合った。




